白居易「長恨歌」
全120句。七夕の日の夜に交わした言葉、
117 在天願作比翼鳥
118 在地願為連理枝
天にあっては、願わくは、「比翼の鳥」となり、
地にあっては、願わくは、「連理の枝」になりたい。
しか覚えてないけどね。
「比翼の鳥」とは、2羽の鳥がくっついて、1羽になった鳥で、運動会の2人3脚のように、お互いの気を合わせないと飛ぶ事が出来ない。
「連理の枝」とは、「連理木(れんりぼく、れんりぎ)」のことで、一つの枝が他の枝と連なって理(木目)が通じた様が吉兆とされ、神社の「夫婦楠」など、「縁結び」「夫婦和合」等の象徴として信仰の対象になっています。日本でも時々発見され、お正月に天皇に献上されたことが正史に記載されています。玄宗皇帝(685-762)と楊貴妃(719-756)の時代では、
『続日本紀』慶雲元年(704/06/15)阿波国、献木連理。
『続日本紀』和銅5年(712/03/19)美濃国、献木連理並びに白鴈。
『続日本紀』和銅6年(713/11/16)近江国、献木連理十二株。
『続日本紀』天平3年(731/01/01)美作国、献木連理。
『続日本紀』天平6年(734/01/01)但馬、安芸、長門等三国、各献木連理。
とあります。(「献木連理」は「木連理を献ず」なのか、「連理を献木」なのか? 前者でしょうね。今は「連理木」と言いますが。)
蓬州(尾州の別称)では、萱津神社の連理木が有名です。
なお、「長恨歌」は「唐の玄宗皇帝と楊貴妃」の話ですが、配慮して「漢の王・武帝と李夫人」の話に置き換えられています。ですから、「蓬莱宮の漢天(漢の天子)」なのです!
001 漢皇重色思傾国
002 御宇多年求不得
漢(唐)の皇帝(玄宗皇帝)は色を好み、傾国(絶世の美女)を望んだ。
在職中、長年にわたって求めていたが、(傾国は)得られず。
003 楊家有女初長成
004 養在深閨人未識
楊家にようやく一人前になった娘がいた。
「深窓の令嬢」として育てられ、誰にも知られていなかった。
005 天生麗質難自棄
006 一朝選在君王側
生まれつきの美人を隠し通せるはずはなく、
ある朝、選ばれて、皇帝のお側に上がった。
007 迴眸一笑百媚生
008 六宮粉黛無顔色
視線を巡らせて1度微笑めば、100の媚が生まれる。
宮中の奥御殿にいる女官たちは、皆、色あせて見えた。
009 春寒賜浴華清池
010 温泉水滑洗凝脂
春まだ浅い寒い頃、華清池(温泉)を賜った。
温泉の水は滑らかで、きめ細かな白い肌を洗う。
011 侍児扶起嬌無力
012 始是新承恩沢時
侍女が助け起こすが、力が入らない。(「真海堂睡未足耶」)
こうして初めて皇帝の寵愛を受けたのである。
013 雲鬢花顔金歩揺
014 芙蓉帳暖度春宵
雲のように柔らかな髪、花のように美しい顔、歩くと揺れる簪。
芙蓉の花を縫い込めた寝台の帳は暖かく、春の宵を過ごす。
015 春宵苦短日高起
016 従此君王不早朝
春の宵が短い事を悩み、日が高くなってから起きる。(「春眠不覚暁」)
此れにより、皇帝は、早朝の政務をやめてしまった。
017 承歓侍宴無閑暇
018 春従春遊夜専夜
皇帝の心にかない、宴では傍らにはべり、暇がない。
春には春の遊びに従い、夜は夜で皇帝のお側を独占する。
019 後宮佳麗三千人
020 三千寵愛在一身
後宮には三千人の美女がいるが、
三千人分の寵愛を、その一身に受けている。
021 金屋粧成嬌侍夜
022 玉楼宴罷酔和春
黄金の御殿で化粧をすまし、なまめかしく夜を共にする。
玉楼での宴がやむと、のどかな春のような気分に酔う。
023 姉妹弟兄皆列土
024 可憐光彩生門戸
楊貴妃の兄弟姉妹は、皆、諸侯となり、
うらやましくも、一門は美しく輝く。
025 遂令天下父母心
026 不重生男重生女
ついには天下の親たちの心も、
男児より女児の誕生を喜ぶようになった。
027 驪宮高処入青雲
028 仙楽風飄処処聞
驪宮(驪山の華清宮)は、雲に隠れるほど高く、
この世のものとも思えぬ美しい音楽が、風に飄り、あちこちから聞こえる。
029 緩歌慢舞凝糸竹
030 尽日君王看不足
のどやかな調べ、緩やかな舞姿、楽器の音色も美しく、
皇帝は終日見ても飽きることがないその時に(「安史の乱」が起こり)、
031 漁陽鞞鼓動地来
032 驚破霓裳羽衣曲
漁陽の進軍太鼓が地を揺るがして迫り、
霓裳羽衣の曲で楽しむ日々を驚かす。
033 九重城闕煙塵生
034 千乗万騎西南行
宮殿の門には煙と粉塵が立ち上り、
兵車や兵馬の大軍は西南を目指す。
035 翠華揺揺行復止
036 西出都門百余里
カワセミの羽を飾った皇帝の御旗は、ゆらゆらと進んでは止まる。
都の門を出て西に百余里。
037 六軍不発無奈何
038 宛転蛾眉馬前死
軍隊は進まず、どうにもできない。
美しい眉の美女(楊貴妃)は、馬の前で命を失った。
039 花鈿委地無人収
040 翠翹金雀玉搔頭
螺鈿細工の簪は地面に落ちたままで、拾う人はいない。
カワセミの羽の髪飾りも、孔雀の形をした黄金の簪も、地に落ちたまま。
041 君王掩面救不得
042 迴看血涙相和流
皇帝は顔を覆うばかりで、救けることもできない。
振り返っては、血の涙を流した。
043 黄埃散漫風蕭索
044 雲桟縈紆登剣閣
黄土の黄色い土ぼこりが舞い、風は物寂しく吹きつける。
雲の桟橋は、うねうねと曲がりくねりながえら剣閣山を登っていく。
045 峨眉山下少人行
046 旌旗無光日色薄
峨眉山の麓は、道行く人も数少ない。
(皇帝の所在を示す)旌旗は輝きを失い、日の光も弱々しい。
047 蜀江水碧蜀山青
048 聖主朝朝暮暮情
蜀の川は深い緑色の水で満ち、蜀の山は青々と茂るも、
皇帝は朝も、日暮れも、(楊貴妃を)思い続ける。
049 行宮見月傷心色
050 夜雨聞鈴腸断声
行宮(旅先の仮の宮殿)で月を見れば心が痛み、
雨の夜の鈴の音は、「断腸の思い」で聞く。
051 天旋日転迴竜馭
052 到此躊躇不能去
天下の情勢が大きく変わり、皇帝の御車は都へと向かう。
ここに到って、躊躇し、去ることができない。
053 馬嵬坡下泥土中
054 不見玉顔空死処
馬嵬の土手の下、泥の中に、
玉のような美しい顔を見ることはない。空しく死んだところなのだが。
055 君臣相顧尽霑衣
056 東望都門信馬帰
君臣、互いに見合い、旅の衣を涙で湿らす。
東に都の門を望みながら、馬に任せて帰る。
057 帰来池苑皆依旧
058 太液芙蓉未央柳
帰って来ると、池も、庭も、皆、元のままであった。
太液池の芙蓉、未央宮の柳も元のまま。
059 芙蓉如面柳如眉
060 対此如何不涙垂
芙蓉は(楊貴妃の)顔のよう、柳は眉のよう。
これを見て、どうして涙を流さずにおられようか。
061 春風桃李花開夜
062 秋雨梧桐葉落時
春の風に桃や李の花が開く夜、
秋の雨に梧桐(あおぎり)の葉が落ちる時、
063 西宮南苑多秋草
064 宮葉満階紅不掃
西の宮殿や南の庭園には、秋草が茂り。
落葉が階を赤く染めても掃く人はいない。
065 梨園弟子白髪新
066 椒房阿監青娥老
梨園(玄宗皇帝が養成した歌舞団)の弟子たちも、白髪が目立ち、
椒房(皇后の居室)の阿監(宮女を取り締まる女官)も、その美しい容貌が老いてしまった。
067 夕殿蛍飛思悄然
068 孤灯挑尽未成眠
夕方の宮殿に蛍が飛んで、物思いは憂い悲しく、
ひとつの明かりを灯し尽くしても、まだ眠れない。
069 遅遅鐘鼓初長夜
070 耿耿星河欲曙天
時を告げる鐘と太鼓を聞くにつけ、夜の過ぎるのが初めて長く感じられる。天の川の輝きが弱まって、空が明けようとしている。
071 鴛鴦瓦冷霜華重
072 翡翠衾寒誰与共
鴛鴦の瓦(オシドリの形をした瓦)は冷ややかで、霜が重なり、
翡翠の衾は寒々しく、共に寝る人はいない。
073 悠悠生死別経年
074 魂魄不曾来入夢
(楊貴妃と)生死を分かって幾年、
(楊貴妃の)魂魄は夢にも出て来ない。
075 臨邛道士鴻都客
076 能以精誠致魂魄
(このとき)臨邛の道士が都(長安)を訪れていた。
精誠(真心を込めた念力)で、魂魄を招き寄せられるという。
077 為感君王展転思
078 遂教方士殷勤覓
眠れなくて、何度も寝返りを打つほどの皇帝の気持ちを思い、
遂に方士に(楊貴妃の魂魄を)懇ろに探し求めさせた。
079 排空馭気奔如電
080 昇天入地求之遍
大空を押し分け、大気に乗り、雷電の如く走り巡る。
天に昇り、地に入って、くまなく(楊貴妃の魂魄を)探し求める。
081 上窮碧落下黄泉
082 両処茫茫皆不見
上は青空を極め、下は黄泉国(地の底)まで探したが、
どちらも広々としているだけで、(楊貴妃の)姿は見えない。
083 忽聞海上有仙山
084 山在虚無縹緲間
忽ち聞いた話によると、海上に仙山(蓬莱山)があるという。
その山は何物も存在しない遠くかすかなあたり(尾張国)にあった。
085 楼閣玲瓏五雲起
086 其中綽約多仙子
(蓬莱宮の)楼閣は美しく、五色の雲が湧き上がっている。
その中に、若く美しい仙女がたくさんいた。
087 中有一人字太真
088 雪膚花貌参差是
その内の一人に、「太真」という名の女性がいた。
雪のような膚、花のような容貌、楊貴妃にそっくりであった。
※「太真」は楊貴妃の道士時代の名。
089 金闕西廂叩玉扃
090 転教小玉報双成
黄金造りの御殿の西側の建物を訪れ、玉で飾られた扉を叩き、
小玉(しょうぎょく)に頼んで双成(そうせい)に取り次いでもらう。
091 聞道漢家天子使
092 九華帳裏夢魂驚
聞けば、漢の天子(唐の玄宗皇帝)の使いであるという。
華麗な刺繍の帳の中で、夢を見ている(楊貴妃の)魂は驚き目覚める。
093 攬衣推枕起徘徊
094 珠箔銀屛邐迤開
服を纏い、枕を押しやって、起き出して徘徊する。
真珠の簾や銀の屏風が、次々と開かれていく。
095 雲鬢半偏新睡覚
096 花冠不整下堂来
雲のような鬢の毛は、半ば偏って、目覚めたばかりの様子である。
花の冠も整えないまま、(楊貴妃は)御堂を降りて来た。
097 風吹仙袂飄颻挙
098 猶似霓裳羽衣舞
風が吹き、仙女たちの袂は、ひろひらと舞い上がる。
まるで霓裳羽衣の舞のようであった。
099 玉容寂寞涙闌干
100 梨花一枝春帯雨
玉のような容貌は寂しげで、涙がはらはらとこぼれ落ちる。
それは、まるで、一枝の梨の花が春の雨に打たれるようだった。
101 含情凝睇謝君王
102 一別音容両渺茫
想いを込めてじっと見つめ、皇帝に謝辞を述べる。
お別れしてから、(玄宗皇帝の)声も姿も共に遥かに遠ざかり、
103 昭陽殿裏恩愛絶
104 蓬萊宮中日月長
昭陽殿での寵愛も絶え、
この蓬萊宮の中で過ごした月日の方が長くなった。
105 迴頭下望人寰処
106 不見長安見塵霧
頭を巡らせ、遥か人間界を望めば、
長安は見えず、塵や霧が広がっている。
107 唯将旧物表深情
108 鈿合金釵寄将去
思い出の品で、ただ深い情を示したいと、
螺鈿細工の小箱と黄金の簪を、(方士に)預け持って行かせる。
109 釵留一股合一扇
110 釵擘黄金合分鈿
簪の片方の脚と、小箱の一方を残す。
簪は黄金を裂き、小箱は螺鈿を分かつ。
111 但令心似金鈿堅
112 天上人間会相見
金や螺鈿のように心を堅くすれば、
天上と人間界に別れた二人も、必ず会う事が出来るであろう。
113 臨別殷勤重寄詞
114 詞中有誓両心知
別れに臨み、丁寧に重ねて言葉を送る。
言葉の中に二人だけが知る言葉があった。(それは、)
115 七月七日長生殿
116 夜半無人私語時
七月七日、長生殿でのこと。
誰もいない夜中、親しく語った時(に交わした言葉である。)
117 在天願作比翼鳥
118 在地願為連理枝
天にあっては、願わくは、「比翼の鳥」となり、
地にあっては、願わくは、「連理の枝」になりたい。
119 天長地久有時尽
120 此恨綿綿無絶期
天地はいつまでも変わらないが、いつかは尽きる時がある。
しかしこの悲しみは綿々と、いつまでも絶えることがないであろう。
実は「長恨歌」には続きがあります。それは、玄宗皇帝が楊貴妃に会いに蓬莱宮(熱田神宮)へやって来て、八剣宮の神になるという話です。
まぁ、「長恨歌」といえば、映画『空海―KU-KAI― 美しき王妃の謎』ですね。(原作は夢枕獏『沙門空海 唐の国にて鬼と宴す』です。)
楊貴妃を演じるのは、台湾出身のチャン・ロンロンさんです。
空海を演じるのは、『麒麟がくる』では織田信長役の染谷将太さんです。
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