江戸に返る #2
答えは、江戸に。
仙禽の酒は、2024年を境に大きく変わります。
具体的には、11月にリリースするR6BYから、すべての酒の造りを変えます。私が家業に加わって20年、2007年に「古典回帰」を旗印に一大リブランディングを行って、今、皆さんに飲んで頂いている仙禽があるのですが、今回の変革はさらに“攻めた”内容になると自負しています。
酒づくりを通じて社会に対して感じてきた違和感に向き合い、酒で解決の糸口を探っていきたい。
そのために、具体的に何をすればいいのか。
考えに考え、答えを「江戸」に見つけました。
なぜ今、江戸なのか。理由はいくつかあります。
ひとつには、現在私たち酒蔵が用いる酒造りの技術のほとんどが、江戸時代に確立されたものだからです。
古い酒造技術書を紐解くと、主に1661年~1673年の寛文年間、1688年~1704年の元禄年間の二つの時代に、酒造りの歴史の重大な転換期があり、現在に通じる高度な技術が生まれています。
寛文時代には、現在の寒仕込み(寒造り)や三段仕込み、辛口酒、そして生酛造りが確立されたと言われています。
それ以前は、夏場から秋口の温かい時期に仕込まれていた日本酒が、寛文時代を境に一気に安定した酒質へと変化しています。
続く元禄時代には、濃醇甘口の酒が造られました。仕込みに使用する水の量が極端に少なく(本来130%ほどの水の量を70%ほどまで減らす)、反対に麹の使用量は多く(本来20%ほどの使用量を50%前後ほどまで増やす)、五段仕込みへと変化しています。
これはおそらくですが、精米技術が未熟で、米をしっかり削ることができなかったため、米が溶けにくかった事への対処法だと思われます。
当時、酒造技術が西日本で確立される一方で、まだ各地域によって仕込みの仕方は様々でした。
それでも根幹には必ず生酛造りがあり、生酛造りは寒仕込み、段仕込みが必須で、時代の流れとともにその技術が全国に浸透していったのが江戸時代です。
仙禽の「江戸返り」は、すなわち「生酛返り」。
これまでも生酛造りを基本としてきましたが、R6BYからはすべての銘柄が生酛へと変貌を遂げます。
もっとも難しいとされる酵母無添加型(蔵付酵母)から酛摺を行うもの、酵母無添加の生酛でありながら清酒酵母の特徴を感じさせるもの。
前述した寛文仕込み、元禄仕込みを織り交ぜることで、多様な生酛の表現をきわめ、酒造りの「江戸返り」を果たします。
加えて、酒造りの「江戸返り」に欠かせない要素が米です。
江戸後期から明治にかけてもっとも栽培されていた米の在来品種・亀の尾ですが、仙禽ではその原原種の保存とオーガニック栽培に長い時間をかけて取り組んできました。
化学肥料や農薬を使わずに育てた亀の尾を用いて生酛造りを行うことが、生酛本来の姿であり、酒造りの根幹である。
有機の在来種×生酛の掛け合わせこそが、かつての「当たり前」で、同時に戦後急速に失われてきたものでもあります。
明治初期に需要が高まった亀の尾とともに「連醸」という酒造技術が生まれました。
これは、状態の良いもろみを次の仕込みへと少量使用(移して)いき、純粋で優良な酵母を増やし、培養していく技術です。
現在では危険とされるこの酒造技術も、江戸返りの一端として組み込んでいきます。
一般に言うところの江戸時代はとても長く、徳川家康が幕府を樹立した1603年から明治天皇が即位し明治に改元されるまで、実に265年も続きます。
仙禽も、江戸後期の文化3(1806)年に創業した蔵です。
今回、「江戸返り」を掲げるにあたり、さまざまな文献をあたり、江戸の暮らしについて知るところから始めました。
人々がどんなものを食べて、どんな風に働き、朝起きてから夜寝るまで、どんな風に過ごしていたか。
娯楽は何で、嗜好品としての酒はどういう位置づけだったのか。調べてみるほどに、その豊かさを知ることになりました。江戸の人口は約100万人で、同時代のパリやロンドンよりはるかに多い。
病気や火事、天災が人の命を簡単に奪う時代において、この繁栄は、政治の統制の賜物であり、治安のよさの証でもあると考えられます。
安心して暮らすことができる世の中だからこそ、文化・教育も栄えました。つまり、人々は“十分に幸せ”だったはずです。
江戸時代に、かくも豊かで、酒造りの面でも本質的な技術が確立されていたのにも関わらず、時代とともに合理化され、いろいろなものが失われていきます。
明治に入り、日清・日露戦争と日本は他国との戦争を繰り返しますが、当時は国家歳入の4割を、我々酒蔵が納める酒税が占めていました。
酒の生産・消費は、国家歳入を増やし、国力を上げることに大きく関わるわけですから、政府が国策として大量生産・大量消費に舵を切っていく。医療先進国ドイツから醸造用乳酸を輸入し、より早く、大量の酒を造る方法を奨励する。
新酒鑑評会で蔵同士を競わせ、話題を作って消費を促す。
大きな流れの中で、米の有機栽培や生酛での酒造りなど、経済的合理性にそぐわないものが切り捨てられて今に至ります。
安全な食に、酒造りで貢献したい。
そのためには、現代の醸造技術を以て、過去に回帰する。
その価値を普遍化していくこと以外にないと、私たちは考えます。
生酛は数多の微生物たちがそれぞれの役割を担い、果たし、生まれては淘汰され、また別の新たな微生物が生まれては淘汰されという“軌跡”が美しい酒造技術です。
現代の酒造りでは添加物を加える事によりその軌跡を簡略化しているのがほとんどです。
「江戸返り」は、後世に残すべき古の技法を尊重し、守り、進化させながら仙禽流にモダナイズ するものです。
もちろん、飲んで頂いてこその酒。
酒造りの本質、源流に迫りながら、これまでの仙禽を愛して下さった方々に満足頂ける味、プロダクトにしなくてはならない。
「江戸返り」を通じて生まれた、古くて新しい味が、多くの方に楽しんで頂けるものであるよう願っています。
「江戸返り」を旗印に、仙禽は、もう一度大きく変わります。
構成・文 佐々木ケイ
(つづく)