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江戸に返る #4

令和6年(2024)秋、仙禽の新たな章が幕を開けた。
コンセプトは「江戸返り」。
米づくり、酒づくり、地域づくり。
次の20年、その先を見据えた未来をつくるための「江戸返り」構想について、令和7年新春も引き続き11代目蔵元の薄井一樹が語る。

さくら市オーガニックタウン構想

仙禽、令和6年の「江戸返り」には三本の柱があります。
米の原原種に立ち返ること、醸造では古の技法をさらに究めること、そして蔵のある栃木県さくら市をオーガニックタウンにすること。
「江戸返り」のゴールは、酒造りの先にある。
繰り返しお伝えしてきましたが、三本目の柱であるさくら市のオーガニックタウンへ向けた歩みに、この一大リブランディングの本質があると考えています

「町づくり」という言葉がそこかしこで聞かれるようになって久しいですが、私が考える町づくりは地域の産業・経済を健全な形で守りながら、文化を育むことです。
そのために重要になるのが一次産業で、海のない栃木県さくら市では一次産業は農業と林業を指します。
私たち造り酒屋は、その両方にコミットすることができる。
林業に関しては微力ながら、木桶での醸造など、なるべくプラスチック製品を使わない酒造りを掲げ、実践しています。
農業に関しては、10年以上前から地域の農家さんと協力し、仙禽の原料米を無農薬で栽培し始めました。
2023年には農業法人「なりはひ」も設立。
耕作放棄地を購入し、有機農法で米を栽培し、原料米の100%有機化を目指しています。

農業については、さらに先を考えています。酒の原料米だけでなく、食用の米や野菜も栽培し、収穫した作物を子供たちの学校給食に使うシステムを作ることが次の課題です。
地域の食の安全を、まずは未来を担う子供たちの食事から担保したい。日本は先進国の中でも食品安全基準が低いことで知られています。
添加物まみれの食品の継続的な摂取は、必ず心身に重大な影響を及ぼします。
農薬に汚染されていない豊かな土壌で、自然に栽培された米や野菜の本当のおいしさを子供の頃から食べて知っていれば、成長したときに、同じように安全な食材を選ぶ大人になるはずです。
ひいてはそれが良質な酒を選ぶことにもつながり、我々、酒蔵の仕事に返ってくる。
それは仙禽という一酒蔵にとってだけでなく、日本酒業界の光になるでしょう。

農業は、農地以上に作業人員の確保が問題ですが、これまで米作りでやってきたように、有機農法で栽培した作物を、その付加価値を載せた適正な価格で買い取ることも我々の大きな役割です。
農業者の生活を守ることで、農業を若い世代の積極的な職業の選択肢に加えていき、食を支える大切な仕事を次世代に継承していく。
里山を美しく再生しながら、健全な農地と農法、技術や文化、これらすべてをサステナブルにしていくことが、私が考える町づくり。
「江戸返り」の中で、三本目の柱に位置付けたさくら市オーガニック構想です。

「江戸返り」は、仙禽の酒を売るためのリブランディングではありません。酒蔵という一企業が、酒造りを通し地域や自然環境のためにできることを、まずは私たちから実践し、社会や未来を変えるモデルケースを作りたい。
その価値観を、全国の酒蔵と共有していきたいと考えています。
理由は二つあります。
一つは、今の地球環境や食料自給の問題が待ったなしの状況まできているからです。
2024年は11月までTシャツ1枚で過ごせる温かさでしたが、それはおかしいと思いませんか? 
観測史上例を見ない豪雨や台風が毎年毎年、日本各地を襲い、災害の爪痕を残している。
一度立ち止まり、これまでの当たり前を見直し “より少なくても満足できた時代” に立ち返る努力は、仙禽だけでなく、酒造業界だけでなく、日本に暮らす人々が皆 “自分ごと” として考えなくてはならないことだと思います。

もう一つ、「なぜ全国の酒蔵と」なのかという話ですが、冒頭に私たちの例を述べた通り、酒造りは一次産業に深くコミットできる仕事で、かつ、酒蔵は全国各地にあるからです。
日本酒は、わが国の国酒であり、各地方の信仰や神事とも密接です。信仰や神に言及しなくとも、新しい収穫を喜び、恵みをもたらす好天候に感謝するごく一般的な日本人の意識や精神性と深く結びついています。
社会のシステムや未来に変革を起こすことは一社一代ではできないことですから、全国で、それぞれのやり方で、同時多発的かつ継続的に実践され、初めて前進していく試みだと考えます。

奇しくも2025年、日本酒や焼酎・泡盛など日本の「伝統的酒造り」が、ユネスコの無形文化遺産に登録されます。
500年以上前に原型が確立された麹を用いた酒造りの技法は、世界の酒類の中でも例を見ないほど複雑かつ杜氏という職人の手仕事によるもので、それが各地の風土に合わせた発展を遂げ、自然や気候と結び付きながら継承され、文化の中で重要な役割を果たしてきたことが評価されてのことです。
この登録理由に、答えが詰まっていますよね。
我々酒蔵が、未来に対し何をすべきなのかの答えが。
ユネスコの世界遺産ということで、かつて「和食」が認定されたときと同様、世界から注目を集め、輸出量も増えていくかもしれません。
しかしその広がりだけではこの“遺産”は継承できない。

私はここ数年、日本酒に興味を抱く学生たちと交流を深めてきました。
彼らの率直な言葉や考えに触れるたびに、私たち酒蔵は現状をもっと重く受け止める必要があると実感します。
1973年、日本酒の消費量がピークを迎えた頃、地域の酒屋は大手国産メーカーのビールとその土地の地酒で商売ができる時代でした。
それがウイスキーにワインと、嗜好性に合わせたさまざまなアルコール飲料が楽しまれる時代になり、今や国内外のクラフトビールやスピリッツまで、日本で手にすることができるアルコールには多種多様の選択肢があります。

そんな時代に生きる学生たちは「ネットフリックスを見たり、SNSをはじめスマートフォンのアプリで〇〇をしたり、酒を飲む時間は限られている」と、口を揃えます。
日本酒のライバルは、もはやアルコールだけではない。
もっとシビアな予測を立てれば、アルコール飲料そのものが、社会から敵視される時代が遠からず来ると考えています。
喫煙を取り巻く環境が、この30年でどう変わったかを思い出して下さい。
法的には問題ないけれど、楽しむことで肩身の狭い気持ちを味わう。
アルコール飲料も、少し遅れてその道を辿る気がしています。

酒類業界がシュリンクしていくことは目に見えていますが、何百年と継承されてきた日本の伝統文化である日本酒を、我々の世代で絶やすわけにはいかない。
「各地の風土に合わせた発展を遂げ、自然や気候と結び付きながら継承され、文化の中で重要な役割を果たしてきた」日本酒を、この先の未来へと繋いでいくために。
仙禽の令和6年の決意表明である「江戸返り」が、全国の酒蔵共通の旗印となることを願ってやみません。

                                   構成・文 佐々木ケイ


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