585ならまあいいやと思っていそうな俳句が多すぎる

575に当てはまらないことを「字余り」という。初心者はまず575に当てはまる句を作れ。色気を出すな。というアドバイスがどこにアドバイスを求めても言われているのに、なぜか「585」の俳句は今日も大量に作られている。
なぜか、と言ったけど、理由は分かってる。585でもリズム感が損なわれないからだ。
「古池や蛙飛び込む水の音」
でも一応リズム感は保たれる。だから初心者は気軽に585の句を作りまくる。僕も初心者だが、575に収めることだけを意識して今のところは作っている。自由律や字余りなどという色気は出そうにも出せない。575の範囲内で表現できることを表現することに意味があると思うから。

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