感想「シビル・ウォー アメリカ最後の日」
私が生まれたアメリカにおける分断を扱ったテーマとして以前から見たいと思っていた本作品をIMAX劇場で鑑賞。A24が史上最大の製作費で撮影したとされる本映画は是非ともIMAXで体感していただきたい。
(以下ネタバレあり)
「あなたが目撃するのはフィクションか、明日の現実か?」
あらすじとしてはテキサス・カリフォルニア同盟からなる西部勢力と政府軍との内戦が発生しているアメリカを舞台とし、トランプ大統領を明らかに彷彿とさせる独裁的な大統領への取材を試みるため、ジャーナリストチーム(リー・スミス、ジョエル、ジェシー・カレン、サミーの4人)が最前線シャーロッツビルに向かうロードストーリーである。
*リー・スミスとジェシー・カレンは実在するリー・ミラーとドン・マッカランにちなんでいる。
本作品ではリーとジェシーが明確に対比されており、2人の行動や心情の変化こそが戦争がいかなるものなのかを語っている気がする。
序盤は数々の戦場を潜り抜け、過ぎ去る一瞬を逃すまいと冷徹にカメラを向けるリーに対して、戦場でおびえながら必死に逃げることを考えるジェシー。
またガソリンスタンドで武装した男たちが”略奪者”と呼ぶ男を拷問している様子を目撃した後も「記録に徹することが仕事だ」と冷淡と言い放つリーに対して、「何もできなかった 次は同じミスはしない」と呆然と立ち尽くすことしか出来なかった情けない自分に涙を流すジェシー。
しかし、物語が進み迷彩服と安っぽい赤サングラスを身に着けた男がためらいもなくアジア人のジャーナリスト仲間を殺害した日の夜、ジェシーは流れ星のように流れる砲弾の下で眠りにつこうとしたあの場面で戦場に身を置く覚悟が決まったのではないだろうか。元はといえばジェシーがアジア人側の車に乗り込んだことも発端になっており、その結果リーの恩師であるサミーが亡くなった。それでもジェシーは「ここ数日は、かつて経験したことがないほど恐ろしい体験だった。でも生命の鼓動のようなものを感じた」と語るほど、戦場でしか得られない感情にエクスタシーを感じており、阿鼻叫喚の戦場の記録に徹する真のジャーナリストへと変貌していく。
そして冒頭での2人の(ジェシー)「私が撃たれたらその瞬間を撮る?」(リー)「どう思う?」という会話の結末が終盤に導き出される。リーは遺体となった自分の恩師であるサミーの写真を消した一方で、ジェシーは憧れのリーが眼前で撃たれる瞬間にも反射的にカメラを構え撮影を行った。その時のジェシーの目つきは明らかに序盤とは一線を画すものであり、これから彼女が直面するであろう数々の悲劇を内包した目をしていたように感じる。
最後に兵隊が大統領を射殺しようとしたところをジョエルが制止し「何か一言」と尋ねたのに対し、「私を殺させるな」と答えた大統領。その大統領を殺害してエンドロールが流れ始めた時はこれで終わりか、、と感じたが、戦争に綺麗な終わり方などなく、時にはどちらかの存在が消えるまで続行されるものだと考えれば、そこにもリアリティを感じられる演出であった。また結局は大統領自身も保身が第一優先であり、その等身大の愚かな姿を記録に収め、世の中に伝えることこそがジャーナリストの仕事であると認識できる点であの結末で私は良かったと思う。
感想
とにかく圧巻の一言で戦場の第一線にいるかのような臨場感、次の展開がよめない緊張感、振るわれる暴力に対する鈍感さ、その中でも最前線に向かうにつれて登場人物たちの心情が刻々と変化していく様子が垣間見え、リアリティ溢れる作品であった。またジャーナリストの提供した結果を安全地帯でスマホ片手に享受できる私にとって、本作品はジャーナリストが戦場から物語を持ち帰るためにどれだけの勇気が必要であったかを感じぜざるを得ないものだった。静止画は0コンマ何秒を切り取ったものであるが、物語は連続しており、そこにいる人々の絶望、虚無、喪失が無くなることはない。繰り返されるかもしれない悪夢の歴史を忘れないためにも、平和ボケせず常に過去から学び続ける姿勢を取ろうと感じた。
また脚本・監督を務めたアレックス・ガーランドは人々の”想像力の欠如”に対する挑戦的な作品として本作品を手掛けたことが分かる。設定自体も共和党支持の強い保守派のテキサス州と民主党支持の強いリベラル派のカリフォルニア州が同盟を結ぶという一見あり得ない設定であるが、ジャーナリストの現場視点で描かれたあまりの違和感のなさに、いつ自分たちが無関係の立場ではいられなくなるのかゾッとしてしまう。もしかしたら私たちはもう戻れない所まで踏み込んでしまっているのかもしれない、そうなれば分断された両者のゆがみ・うねりは止める事は出来ず、悲劇への流れが勝手に形成されてしまう。そして本作品の途中に登場した服屋の店員のように「知ってるけど関わらないようにしてる」ことが自分の身を守るためには最善になっていくのかもしれない。そのときに秩序は存在しているのだろうか。
11月5日に控える大統領選挙に全世界が注目する中、私が住んでいる日本政府、日本企業も当然どちらの大統領が誕生するかで、大きく政策、経営方針を変更していかなければならないだろう。現段階では激戦州ではトランプがリードしており、もしこのままトランプ大統領が誕生すれば、防衛費負担の増額や日本からの対米輸出規制が起き、長期的に見た時に日本経済にとってマイナスになっていく可能性が高い。
また現在クルド人問題や近年増加する外国人による犯罪・治安悪化等を見ても、移民問題を有する日本にとってこのような分断が今後起きないとは言い切れない。そのときに必要なことは対立ではなく歩み合いによる建設な議論であり、その議論を行うためにはこれまでの歴史と各国の政策・経済状況を知っておかなければならない。本作品に登場した兵士のように自分を攻撃してきている相手はどんな立場であるかは関係なく、攻撃する。このような暴力による服従を取った先に行きつくのがどのような道を辿っていくのかもこれまでの歴史を踏まえると結果は明らかである。
私が来年就職する予定のところでも安全保障が非常に重要な位置づけとなっているため、今後のアメリカ含む各国の一挙手一投足を見逃さず、時代の流れを汲み取る目を養っていきたい。
楽曲紹介
最後の本作品の残忍さ・非道さをより強調する役割を果たしてくれた楽曲を紹介して終わりにする。ガーランド監督はイングランド・ロンドン出身ではあるが、イギリスやヨーロッパの音楽は使わずアメリカの音楽のみを使うことを意識されている。さらに古い曲を中心に選出することで、ある種の歴史的文脈から切り離すことを意図された。
1.Lovefingers (1968 by Silver Apples)
2.Rocket USA (1977 by Suicide)
3.Say No Go (1989 by De La Soul)
4.Sweet Little Sister (1989 by Skid Row)
5.Breakers Roar (2016 by Sturgill Simpson)
6.Dream Baby Dream (1979 by Suicide)
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