私的推薦盤~大瀧詠一『A Long Vacation』

 「え~? 今さら?」というブーイングがたくさん聞こえてきそう。まぁそうだろうなぁ、「一家に一枚『A Long Vacation』」って言われるくらい日本のスタンダードになっていたと言ってもいいくらいのものを今さら「推薦盤」なぁんてお題目で語るわけだから、そりゃぁもうブーイングの嵐になることは必至だろう。とはいえこのアルバム、ホント好きなんだわ。1981年発表なんてとても思えないくらい、今聴いても新しい感じがする。

 初めて聴いたのが高校生の時。だから35年ほど前のことになる。当時の私は、なんとか手に入れたステレオで音楽を聴くことができるようになっていたわけだけれども、テクニクス(Panasonicのオーディオブランド)のカセットデッキに搭載されている「dbx」というものを試してみたくて仕方がなかった。ご存じない方のために説明すると、これは「ノイズリダクション」と言われるものの一種で、「Dolby」と呼ばれるものがスタンダードな中で登場した新しいノイズリダクションだった。広域と低域を広げてノイズ領域を聞こえない範囲に押し出すようなものだとかなんだとかと言われたような気がするが、はっきりとは覚えていない。だが良いものだということはオーディオ専門誌には書いてあったわけで、それが搭載されていたテクニクスのカセットデッキで録音するチャンスとして選んだのがこれだった。

 私はあまのじゃくなところがあって、「みんなが聴いているならオレは別にいいか」というところがある。そのせいで良質なものを聴き逃したことは何度もある。大瀧詠一の作品もその一つ。だがあまりに評判もいいし、それならいっそdbxのいけにえにしてやろうか、というくらいの思いでレンタルレコードを借りてきて録音することにしたのだ。

 だがはっきりいって一曲目の「君は天然色」を聴いたら、dbxなんてどうでもよくなって、その音圧のすごさに完全に圧倒された。腰が抜けた。ホント「すごい」のひと言だった。なんてことをしていたんだ、こんなすごいのをこれまで聴かずにいたなんて……。後悔した。ホント、マジで。ちなみに私が高校生の時に『Each Time』(1984)が発表され、巷ではそれでもちきりだった。だが私はそれではなく『A Long Vacation』にしたのは、まずはそちらを聴いてから、と言う思いだったからだ。

 とにかく無駄がない。すべてにおいて。全部満足できる曲ばかり。だが特に「雨のウェンズデイ」と「スピーチバルーン」が好きになった。「雨の……」は今でもカラオケで私の持ちネタになっている。あの「ウォウウォ~」のところをエコーをめいっぱい上げて歌うのである。カラオケはあんまりやらないが、行くなら必ずこの曲でエコーネタを披露する。

 寡作な人だったから、その後『Each Time』も聴いて、あとナイアガラトライアングルをいくつか聴いたらだいたい網羅したことになってしまった。もっと聴きたいという思いも無いわけではないのだが、完成度が高いとそんな思いは意外と湧き上がってこないものだ。だって何度もそのアルバムを聴いているだけで満足してしまうのだから。ホント、稀有な存在だと思う。

 大瀧詠一が亡くなった時(2013)、私は車を一人で運転しながら『A Long Vacation』を流していた。「雨のウェンズデイ」が流れた時、私は年甲斐もなく涙が止まらなくなった。知り合いなわけでもなく、彼にまつわる特別な思い出があるわけでもない。ただ純粋に彼の音楽が好きだっただけ。だからなのかどうなのかわからないが、しばらく涙を流しながら車を運転していた。天気は雨でもなかったし、曜日も月曜日だったのだけれども、そんなことは関係ないわけで、とにかくその曲が流れた時には私の感情があふれてしまってもうどうしようもなかったのだった。

 ちなみに、dbxで録音したテープは今も家のどこかにある……はずだ。このdbx、それが搭載されたデッキで聴くと効果を発揮するのだが、それが搭載されていないデッキで再生するとものすごい雑音になる。テクニクスのカセットデッキが壊れてしまってからはその雑音に耐えながら普通のデッキで再生していたのだが、なぜか捨てないままだった。もちろんCDで買い直していて、聴くのはもっぱらそちらの方だったのだけれども。ちなみにdbxは家庭用オーディオではまったく普及しなかったが、業務用では結構普及していた。だから、今でも「dbx」のロゴをみかけると(その機会はほとんど無くなってしまったが……)、大瀧詠一を思い出すのである。つい先日、古ぼけた業務用の機械にそのロゴを見つけたので、ちょっと久しぶりに聴いてみた。だから今回はこれを扱おうと決めたのである。ながぁ~い前置きのような感じになってしまったが、疲れたのでここで終わることにする。

 蛇足だが、若きプロのギタリストの動画に「君は天然色」を扱ったものを最近見つけた。こうやって聴き継がれていくっていうのはすごくいいものだと思う。とはいえ、今流行りらしい「フューチャー・ファンク」の餌食にだけはならないことを祈りたい。


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