<日本灯台紀行 旅日誌>2021年度版
<日本灯台紀行・旅日誌>2021年度版
第11次灯台旅 網走編
2021年10月5.6.7.8日
二日目 #9 能取岬灯台撮影3
車に戻った。午後の三時頃だった。さほど疲れていなかったので、次の行動はすぐに決まった。ナビに、<網走港>辺りを指示して、灯台を後にした。網走市付近の観光地を事前検索した際、<網走港>には寄ってみようと思っていたのだ。防波堤灯台がいくつかあったし、総じて港の景色は好きだ。それに、灯台からは、ほんの二十分ほどでいける距離だ。
少し走ると、森の中の道が濡れていることに気づいた。雨が降ったわけだ。さらに、岬を下りる際、網走港方面に、なんだか、黒い雲が垂れ込めているのが見えた。雨雲が次々と襲来しているようだ。網走の市街地に下りて、大きく左折していくと、すぐに港が見えた。ナビの案内に従っていると、狭い道に誘導され、ついには岸壁で、行き止まりだ。
パラパラと雨粒が落ちている。車から降りて、周囲を見回した。人影もなく、うら寂しい岸壁だった。なるほど、少し沖合に<帽子岩>が見えた。たが、風が冷たい。寒い上に、うす暗い。写真を撮る気にもなれない。が、一応は記念写真だな。ほかにも、海岸際の消波ブロックに、荒々しい波が押し寄せ、砕け散っている。右手の少し高い岸壁には、真新しいテトラポットがずらりと並んでいる。出番を待っているかな。左手の、広い岸壁の向こうには網走の市街地があり、雨雲が垂れ込めていた。
ま、こんなところに用はない。車を回転して、広い道に戻った。そのあとは、カンを働かせて、だだっぴろい漁港に入り込んだ。ひとっ子一人いない。ぐるっと回り込んで、防波堤灯台が一番よく見える所へ行った。
漁港には、立ち入り禁止の看板があったが、シカとした。たが、高い防潮堤に阻まれて、灯台はよく見えない。しかも、登り階段には鉄条網があり、防潮堤の上に立つこともできない。このまま、一枚も撮らずに、引き返すのも癪だ。鉄条網の間から、さして特徴的でもない、よく見るタイプの防波堤灯台を何枚か撮った。
無駄足だった。今来た道を戻った。岬を登り、森の中を走りぬけ、丘の上で車を止めた。ベストポイントから、眼下の灯台にカメラを向けた。だが、日差しが全くないわけで、完全に露出不足。牧草地は真っ黒だし、灯台だってよく見えん!午後の四時には、灯台の駐車場に戻っていた。行って帰ってきて、一時間。それでも、多少の気分転換はできたなと思った。
さてと、灯台の夕方の撮影に入ろう。ただし、天気が良くない。いや~、よくないどころか、辺りはうす暗くなっていて、いまにも降り出しそうだ。まあいい、まあいい、自分をなだめて、外に出た。寒い。ウォーマーを上下、きっちり着た。一度行きかけたが、あまりの寒さに、すぐに車に戻って、ネックウォーマーと手袋も着用した。これでほぼ完全装備だ。もう言い訳はできない。
撮り歩きしながら、灯台の正面に向かった。見た目のうす暗さより、モニターした撮影画像は、もっと暗い。これじゃ、写真にならんな。0.7くらいプラス補正して、画像全体を少し明るくした。当たり前の話だが、灰色の雲が白くなっている。見た目とのギャップがさらに深刻になり、写真としては完全に破綻している。露出を元に戻した。そもそも、写真が撮れるような天候ではないのだ。
写真を撮ることから、少し解放されたからだろうか、背後のクマ笹の中に小道があるのに気づいた。昨日は、灯台の方ばかり見ていたからな。小道の先に目をやると、あ~、モニュメントが見える。しかし、異様な感じがする。二枚合わせの、細長い物体の真ん中辺に人がいる。物体の間には隙間があって、人間が、その隙間から、オホーツク海を覗いているようなのだ。
こんな天気に、変な奴もいるものだ。あるいは、オホーツク海を覗き見するように仕向けるのが、モニュメントのコンセプトなのかもしれない。そろそろと近づいていく。あれ~、人間の姿勢が、一向に変わらない。不動のままだ。しかし、そのうちには、気づいた。人間じゃない、人間の像だ。疑心、暗鬼を呼ぶ、か。
小道の尽きたところが、モニュメントの正面だった。少し広くなっている。二枚の細長い物体は、打ちっぱなしのコンクリで、その前に、黒っぽい立像が、白い台座に載っている。よく見ると、立像は、左の方を指さしている。オホーツク海を覗いている、などというのは、まったく幻想だった。
おいおい、ぽつぽつ降ってきたぞ。カメラを濡らさないように、ウォーマーの前を大きく開けて、中に包み込みこんだ。作者には失礼だが、立像をろくに見ないで、そくそくとその場を去った。戻り道は、柵で仕切られた、断崖沿いの小道だ。たが、すでに写真の撮れるような状況ではない。一刻も早く、車に戻りたかった。
真っ黒な雨雲が頭上を通過しているのだろう。さらに暗くなり、風が強くなってきた。そのうえ、雨だ。さいわい、ざあ~ざあ~降りにはならなかった。とはいえ、雨粒が、ウォーマーにあたって、ぽつぽつと音を立てている。急ぎ足で、灯台の正面を通り過ぎた。と、西側の雲間から、オレンジ色の光が差し込んできた。振り返って、灯台を見た。背景の空には、灰色の雲が層をなしている。しかし、あろうことか、大きな虹がかかっている。これには我ながら、言葉が出なかった。まさに、千載一遇とはこのことだ。
依然として、雨はパラパラ降っているが、ま、写真が撮れないほどでもない。いや、ざあ~ざあ~降っていたって、関係ない。これほど大きな、天を突くような虹は、見たことがない。そのあとは、夢中になって、シャッターを押しまくった。時々、モニターして、虹の色が写っているのか確認した。
そうこうしているうちに、虹が消え始めた。だが、ベストポジションで、きっちり、虹と灯台は撮れたと思ったので、平静な気持ちでいられた。いや、虹が薄れていく空を幸せな気分で眺めていた。すこし名残惜しかった。
虹が消えた後も、オレンジ色の光は、灯台を照らし続けた。これは、期待していた光景で、写真の位置取りとしては、夕陽と灯台とを結ぶ線上に立てばいい。都合のいいことに、この線上には、屋根付きの休憩所があった。いまだ、多少雨がぱらついていたので、雨よけになる。
灯台を撮りながら後退して、休憩所に着いた。この休憩所には、テーブルや椅子はなく、下は地面だ。六畳間くらいの広さで、四本だったか、五本だったか、太い柱で支えられている。その影が、緑色の広場に写っている。たこ足の火星人のような影で愉快だ。灯台にも、西日が当たっている。あたり一面が、オレンジ色に染まっている。落日の瞬間が近づいていた。
しばらくすると、うす暗くなった。休憩所から出て、西の空を眺めた。夕陽は、厚い雲のかかる彼方の山並みに、落ちたようだ。見届けることはできなかった。灯台も暗くなり、辺りも静かになった。場所移動だ。
灯台の右側に回った。雨雲は流れ去り、雨はほぼやんでいた。だが、依然として、西側の空には、厚い雲が垂れ込めていた。思い通りにはいかないものだ。それでも、雲間から差し込んでくる、わずかな夕陽を入れて撮った。そうだ、この時には、三脚を手にしていた。たしか、さっき休憩所に行ったときに、急いで車に戻って、持ってきたような気がする。
とりあえず、三脚は柵に立て掛けて、手持ち撮影でベストポジションを探した。灯台前の建物、その右側面がしっかり見えるあたりがいい。夕日と灯台を結ぶ線上だ。柵際に三脚を立てた。とはいえ、カメラは首にかけたままだった。いまだ、手持ちで撮れる明るさだったからだ。しかしそのうちには、暗くなり、シャッタースピードが、手持ち撮影の限界値を下回った。カメラを三脚に装着した。
ファインダーを覗いた。背景の西側の空、水平線がわずかに明るい。とはいえ、あとは、ほぼ厚い雲に覆われている。期待していた光景とは言えない。それでも粘っていると、辺りがさらに暗くなり、灯台の目が光り始めた。でも光り具合が弱いんじゃない?ぴかっと来ないのだ。おかしい、おかしいと思いながらも、しばらく撮っていた。だが、そのうちには気がついた。位置取りが悪いのだ。
三脚を抱えて、灯台の目がぴかっと光る地点を探した。それは、やや正面よりの、クマ笹沿いの小道あたりだ。結局、灯台に近すぎて、灯台から出る光線が頭の上を通過していたわけだ。と、その時は思ったが、今思うと、もっと違う理由があるような気もする。ともかく、灯台の目と自分の目とが出っくわす、ぴかっと光る位置を確保した。
辺りはすっかり暗闇につつまれていた。灯台はシルエットになっていて、白黒だんだら縞も見えない。ヘッドランプを頭に装着した。完全に夜間撮影になった。幸いなことに、風が止んだのか、さほど寒さは感じなかった。いや、念のために持ってきた長めのダウンパーカを重ね着したからかもしれない。
ライトアップされていない<能取岬灯台>は、こちら側に光線が回ってこないと、真っ暗でほとんど何も見えない。この日は、背景の空に、厚い雲が覆いかぶさっていたので、なおさら暗かったのだろう。ただ、水平線近くに、わずかな隙間があって、その部分がオレンジ色に染まっていた。
雲がなければ、おそらくは、空一面がオレンジ色に染まっていたに違いない。やや残念に思った。もう二度と訪れることはないのだ。ま、それよりは、ぴかっと光る瞬間を撮ることに集中しよう。チラチラとヘッドランプの光が揺れ動いた。自分の姿すら見えない暗闇の中で、頭だけは活発に活動していた。
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