<日本灯台紀行 旅日誌>2022年度版
<日本灯台紀行 旅日誌>
第13次 灯台旅 清水編
2022年9月25.26日
#1 プロローグ 新型ベゼル購入
衝動買いである。車を点検に出した際、なじみの営業マンが、六年半乗った初代ベゼルを、今なら100万で下取りしますよ、と言ってきた。半導体関連の問題で、中古車が値上がり中で、今後のことを考えても、今買え替える方が絶対お得ですよ。たとえばですね、と営業マンは、さらに、たたみかけてきた。今のお車をあと七年乗って、乗りつぶした後は、軽に乗り換えますか?
七年たったら、自分は77歳だ。元気ならば、車は必要だろう。だが、年を取ったからといって、今よりも小さな車に乗り換えるのは、なんとなく抵抗がある。事故の際にも、大きな車の方が安全だろ、と自分に、見栄っ張りの言い訳をしている。営業マンは、そこを突いてきたのだ。
とにかく、今乗っている車を、乗りつぶすにせよ、買え替えるにせよ、八十五歳まで、車を乗るつもりであるならば、もう一台、人生最後の車が必要となるわけで、その車を、あと七年後に買うか、今買うか、という選択に迫られた。
いや、迫られているわけではないのだが、今のお車に特別の愛着があるのなら別ですが、いずれ、買え替えるのなら、今がお得ですよ、と悪魔がささやくのだ。いつもなら、そんな声には耳を傾けない。というのは、車は新車で買って、15年くらい乗って、乗りつぶすのが、一番経済的だと思っているからで、今の車だって、そのために大切にしていて、ドアの裏側までぴかぴかなのだ。
だが、今回は、<間>が悪かった。というのも、つい最近、新型ベゼルが走っているのを見て、カッコいいな、と思ってしまったのだ。それに、自分と同じ形の車が、よく走っていて、それを見るたびに、いささかうんざりしていたところだった。しかも、新型ベゼルの中で一番安い、ガソリン車の白が、二週間後に納車できるというのだ。ちなみに、二代目ベゼルの納車は、いろいろな理由で、普通なら、半年先だそうな。
今思えば、ためしにと、見積もりを取らせたのが、間違いだった。総額で275万。下取りが100万で、支払金は175万。ま~、いずれ、出さねばならないカネで、それを、七年後に出すか、今出すかの違いだ。いや、七年後だったら、軽しか買えない。軽だと、もう遠出はできなぞ、と悪魔がまたささやいた。
人生最後の車、か。ちぇ!結局、所長決裁で支払金を160万にしてもらって、即決してしまった。実際に、車を見てもいないというのに、なんということだ!!!
その夜、あれこれと計算していた。要するに、今の車をあと七年ほど乗って、乗りつぶした場合と、今ここで買え替えた場合との差額だ。30万ほどの損失だった。ただし、これには条件がある。新しく買った車を15年以上乗った場合に限られる。15年!自分は85歳だ。車どころではない、生きていないかもしれない。
心の底では後悔していた。今なら、キャンセルできるかもしれない。なにしろ、正式なハンコはついていないのだ。娘に相談したら、止められた、とかなんとか言い訳して、明日断りの電話を入れようか。いや、支払金160万なら買う、と言ったのだ。前言を翻すことは自分のプライドが許さない。
遠出できるのは、あと、せいぜい10年だろう。30万の損失で、その最後の10年の遠出を、新車で乗り切れるということだ。それに、ナビも新しいし、車内Wi-Fiもついている。車中泊でPCが使えるのは、至極便利だ。取り返しのつかないことに対して、自己正当化している。衝動買いで、老後の生活資金を浪費したことを、実は悔いているのだ。
その後、何日かして、正式な注文書に判を押した。これで完全に、あと戻りはできない。にもかかわらず、気分的には、スッキリしない。ぐじぐじと思い悩んでいた。だが、納車日の連絡が来て、今乗っている車から、私物類をすべて出した時、要するに、もう自分の車ではなくなったことが、はっきりと眼に見える形になった時、気持ちが吹っ切れた。
面倒なワックスがけをしてきた、愛着のある車だ。思い出のたくさんつまった車だ。だが、からっぽになった車内を見た時、思い出は車にではなく、自分の心の中にある、と直感した。<ご苦労さん><ありがとう>。六年半乗った車に声をかけた。正直な気持ちだった。最後に、なじみの植物園の駐車場で、記念写真を何枚も撮った。
納車の日は、晴れた。すでに、初代べセルは、過去のものとなり、まさに人生最後の車、二代目ベゼルが目の前に止っていた。ひと通りの説明を受け、納車手続きを済ませた。とりあえずは、すぐに自宅に戻った。というのも、計器類の見方や、運転の操作手順、さらには、ナビの使い方、見方などを、説明書を見ながら、じっくりゆっくり、楽しみながら頭の中に入れたかったのだ。
ひと通り理解した後で、おやっと思った。ドアミラーが自動で開閉しないのだ。前の車には標準装備だったのにと、カタログをよくよく見ると、あろうことか、オプション仕様になっている。なるほどな、この件に限らず、今回の車は、グレードが前の車より少しおちる感じで、内装も、心なしか、ちゃっちい。ただし、ここまでは、許容範囲だった。なにしろ、ナビがいいのだし、車のデザインも気に入っている。ところがだ、オーディオの音が、前の車に比べて、かなり落ちる、ということを理解したときには、さすがにガックリきた。
ドアミラーは手動でも用は足りるし、内装にしたところで、じきに慣れるだろう。たが、音に関しては、ま、ジャズ愛好家の旧友の影響だが、生意気にも、その良し悪しが、多少なりとも感じ取れるようになっている。いきおい、出来るだけいい音で音楽を楽しみたい、と思うのは人情だろう。もっとも、事前に、このことがわかっていたら、オプションでいいスピーカーに変更したかといえば、自分の性格からして、おそらく変更しないだろう。車の中だけだ。ここは、ぐっと堪えて、諦めるしかない。
おりしも、台風が次から次へと日本列島に上陸してきて、この時期にしては、じつに晴れ間が少ない。その間、近場を走り回って、車の調子をみたり、ナビに従って運転したり、それから、なぜか、というか新車なのに、タイヤの縁が汚れているので、タワシできれいにしたり、後部座席を倒して、車内での車中泊の予行演習をしたりした。
そうだ、本来ならば、九月か、遅くとも十月上旬までに、車で北海道・根室付近に、撮影旅行に行くつもりだったのだ。うっかり、この話を担当セールスにもらしたら、すぐにではなく、車に慣れてからの方がいいですよ、とやんわりクギを刺された。たしかに、車格はほぼ同じだが、計器類や運転操作は、多少変更されている。自分としても、不慣れな新車で、即、フェリーに乗って、北海道、というわけにもいかないなと思った。
となると、念願の北海道は、来年の九月まで持ち越しということか。すでに、ほぼすべての計画を立て終え、車中泊の場所も、グーグルマップで確認済みなのに。ちなみに、九月は、根室地方で晴れ間が一番多い季節である。それなら、十月中旬頃、能登旅へ行こうか。こちらも、すでに計画を立て終わり、いつでも行ける状態になっている。ただいきなり、長距離での高速運転、しかも長期間の車中泊、というのも考えものだ。
で、ここでぱっとひらめいた。そうだ、富士山の見える灯台へ行こう。じつは、一代目のベゼルを買った直後の、2016年4月に、静岡県の灯台を見て回ったのだ。その中に、おそらく日本で唯一だろう、富士山がバックにある、清水港三保防波堤北灯台へも行ったのだ。あの時は、軽のジムニーからの乗り換えで、まだベゼルにも慣れていなかった。運転にかなり気を使い、疲れた。もっとも、車中泊ではなく、たしか、ビジネスホテルに四泊くらいしたのだと思う。
とにかく、静岡なら、片道200キロくらいだし、件の防波堤灯台の海岸沿いは釣り場だから、夜中でも車が止まっているだろう。そうならば、車中泊も怖くはない。高速走行と車中泊の予行演習、それに、富士山の見える灯台の風景が撮れる。一石二鳥とはこのことだ。さらにさらに、土曜に出て日曜に帰ってくれば、高速料金も、往復、休日割りになる。
とはいえ、人生は、と言うべきか、世の中は、と言うべきか、物事はこちらの思う通りには進まない。先ほども書いたが、今年の九月は、台風が週末ごとに来て、なかなか晴れ間が続かない。しかもだ、あろうことか、予定していた土日に、大型台風が、静岡県を直撃だ。あ~あと思いながら、天気予報を注視していた。と、土曜日に台風は関東に抜け、日曜は文字通り、台風一過の晴れ、月曜日にも晴れマークがついている。ここはもう、高速の休日割引とか言ってられないでしょ。新しい車で、遠出したくてたまらなかったのだ。
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