対面式への回帰と双方向授業への戸惑い:遠藤明子先生(福島大学)
オンデマンド式への強制転向からの愛着、そして対面回帰
コロナ禍での制約された生活様式から通常の日常へと回帰しつつあるなか、福島大学でも2023年度後期から、大規模授業でも、希望する教員はオンデマンド式から対面式に戻すことが可能になりました(本学では2020年度から履修者100名以上の科目にオンデマンド式を義務化)。
突如降り掛かったコロナ禍の試行錯誤、ドタバタ、悲喜こもごもを乗り越えて、教員も学生もすっかりオンデマンド式に慣れ、大規模授業ではいまや「オンデマンド派」が大勢といえるほどではないでしょうか。私自身、当初は戸惑いの連続だったオンデマンド式に今や愛着すら感じるようになっています。かつては録音した自分の声を聞くのが本当にいやだったのに、自分で作成した動画を何度も聞き直すほどです。
とはいえ、2024年度前期から原則として対面式に戻すことを大学から求められため、早めに自分を慣らそうと2023年度後期から対面式に戻しました。
その判断は間違っていなかったと、今も思います。というのは、久々の対面式が思いのほか大変だったからです。 今回はその苦労を皆さんと共有し改善に向けて考えたいと思います。
授業方法
授業方法の大枠はオンデマンド式と同じです。対象科目は「マーケティング論」で、教科書はオンデマンド式から引き続き、『1からのマーケティング(第4版)』と『1からのデジタルマーケティング』の電子ハイブリッド版を使いました。学生には教科書を事前に読み簡単な課題に取り組んだ上で授業に出席してもらいました。授業中はフィードバックや教科書の補足解説を中心とし、教科書の記述を単に繰り返すことはしませんでした。
ただしオンデマンド式と大きく異なるところがあります。それは、受講生全体にフィードバックすべき解答/回答を寄せた学生を教室内で指名し、その解答/回答について簡単な意見の交換をすることです。そして教員からの問いかけに答えた場合は、授業1回あたり4点のインセンティブを付与しました(ポジティブ評価のみとし、その学生が不在でも減点にしません)。
まず、声が出ない
4年ぶりの大規模授業での対面式を試みてまず驚いたのは、自分の声がちゃんと出ないということです。もちろんPinkPantheressみたいなウィスパーボイスになるわけではないのですが、大規模授業に適した声が自分で驚くほど出ないのです。
ただ、これは何回か授業をやっていくうちにすぐ慣れてきたため、さほど問題になりませんでした。
エンゲージしてたはずのリスナー(学生)は何処へ?
オンデマンド式では同時双方向的な疎通ができないため、それをどう補うかの工夫を綴ったのが前回記事でした。LMSでのテキストベースでの質問受付・回答や、受講生自身によるペンネームの設定、講義に関係ないカジュアルなコメントも受け付け講義動画の最後で紹介する、といったことです。
私がオンデマンド式に慣れ、だんだん楽しくなってきたのは、学生との間でAMラジオのようなエンゲージメントを感じられたためです。語りかけるように講義した内容について反応してくれる学生たちの存在で、オンデマンド式の授業準備が楽しめるようになっていたのです。
ところがどうでしょう。対面式に戻って、提出された課題内容について学生を指名してみたものの、学生は極力意見を言おうとせず、言葉のキャッチボールが続きません。そういえば、コロナ禍以前の対面授業ではこんな光景をよく目にしました。日本社会で育った学生は人前で自分の意見を表明するのを極度に恐れるという、あの光景です。この条件のもとで当意即妙なやりとりを展開するには、教員にMC(司会者)的スキルがあまりに欠如していました。
結局は、多数の面前での双方向性をどう実現するか
考えてみれば当然で、コロナ禍以前から双方向授業をどう効果的に実現するかというテーマは、教育の専門家たちが腐心してきたものの1つです。オンデマンド式で一見うまくいっていたかのようにみえた双方向性ですが、覆面的な方法で一部の受講生と成り立っていたに過ぎず、多くの受講生の面前でリアルタイムにそれを成立させるには別のスキルや工夫がいるわけです。教員からの質問を事前課題に関するものに限り、成績評価のインセンティブを多少つけたからといって、簡単に双方向性がワークするわけではないことを思い知りました。
なお第2回授業の後、「他の受講生の面前では指名されても自分の考えを答えたくない」という意見も寄せられたので、第3回授業の事前課題からは授業内での指名がOKかNGかを問う項目を設け、OKの学生だけを指名するようにしました。それでも大きく事態が好転することはありませんでした。
というわけで今回のエッセイは失敗談なのですが、オンデマンド式で培った経験を活かしつつ、日本の学生気質に合わせて人前での発言行為に対する心理的安全性をどうしたら高められるかという課題に、地道に取り組んでいこうと思います。