時代劇レヴュー⑨:太平記(1991年)
放送時期:1991年(全四十九話)
放送局(制作会社)など:NHK
主演(役名):真田広之(足利尊氏)
原作:吉川英治
脚本:池端俊策、仲倉重郎
1991年に放送された作品で、NHKの所謂「大河ドラマ」の第二十九作目である。
現在までに放送された大河ドラマの中で唯一南北朝時代を扱った作品であり、足利尊氏を主人公に据え、彼の生涯を中心に鎌倉幕府の滅亡から南北朝の動乱を描いている(ちなみに、私がリアルタイムで全編通しで見た初めての大河ドラマでもある)。
原作は吉川英治であるが、脚本の大部分を担当した池端俊策の独自のエッセンスが加わっており、藤夜叉(足利尊氏の側室で「越前局」の名で古典『太平記』に登場する人物)や不知哉丸(尊氏の庶長子・足利直冬の幼名)など、吉川が創作した一部人名を使っていることを除けば、ほとんど池端のオリジナル脚本といって良い(琵琶法師の覚一や吉田兼好など、原作では重要な役回りを務める人物も大半は登場しない)。
細かい部分で史実と異なる描写や考証的におかしな所(佐々木道誉や長崎円喜など、法号で登場するにもかかわらず法体でない人物が多かったり、早世した尊氏の異母兄・高義の存在が全くなかったことにされていて、尊氏が貞氏の嫡長子として描かれていることなど)もあるが、強引な歴史解釈もなく脚本は丁寧で、ともすれば視聴者が混乱してしまうような、複雑怪奇な時代背景でありながら、最後まで見る側を飽きさせない内容になっていた。
また脚本の面白さに加えて、大河ドラマ史上最高と評される絶妙なキャスティングと、俳優陣の見事な演技も物語の面白さを増幅させている感がある。
個人的に印象的なキャステキングを挙げれば、まず筆頭は北条高時演じる「鶴ちゃん」こと片岡鶴太郎で、序盤から登場することもあってインパクトと言う点では高時の右に出るキャラクタはいないだろう。
彼が画面に出るだけでその場を全部持っていくと言うか、色々な意味で存在感がすさまじく、ある意味では前半部の主人公と言うべき感があった。
若き日の尊氏に影響与える人物として、対称的な形で登場するのがこの高時と後醍醐天皇であるが、片岡鶴太郎の「狂気」と、後醍醐天皇演じる片岡孝夫(現・十五代目片岡仁左衛門)の「高貴」な印象のコントラストも見事であった。
また陣内孝則の佐々木道(導)誉、近藤正臣の老獪な北畠親房、故・フランキー堺の「悪の総本山」的な長崎円喜などもはまり役で、他にも、最初は尊氏に仕える寡黙で従順な執事と言う「らしくない」キャラクタで登場するも、後半になって徐々に病んだ感じの「怪演」が出てくる高師直役の柄本明も流石である。
唯一ミスキャストを挙げれば、足利直義はもう少しクレヴァーで温厚なイメージなのだが、演じる高嶋政伸は少し直情径行過ぎたように思う(あくまで私の中での直義のイメージであるが)。
ただ、原作でもそうであるが、本作では尊氏が段々と政治家的な「ずるい」部分を見せてくるのに対し、直義は最後まで純粋で正直な人物で、自分の作品とも言うべき幕府の政治に強い思い入れを持っている設定のため、それを強調するためにやや直情径行のキャラクタにしたのかも知れず、そう言う意図として理解すれば高嶋政伸は適任だったかも知れない。
足利尊氏演じる主演の真田広之は、これはほめ言葉かどうかわからないが、大味で時に優柔不断の足利尊氏役がよく似合っている。
物語の内容に関する感想としては、前述のように丁寧に作られた印象のある作品で、非常に歴史に真摯な姿勢が感じられ、例えば、作中は尊氏は度々「民のための政を行う」とか「太平の世を作る」とか言う旨の発言しているが、響きが昨今の大河ドラマみたいにいやらしくならないのが印象的で、このあたりは描き方のうまさであろう。
個人的にストーリーで好きなポイントは、これまた前述した高時と後醍醐の対比と、物語の冒頭で登場する御神体の「正体」であった朽ち木(これが高時と鎌倉幕府を象徴している)が、要所要所で物語のキーとして登場し、最後まで伏線になって行く所で、これは非常にうまいと思う。
この「朽ち木」のシーンがあるために、大河ドラマ作品にしては珍しく、本放送終了後に放送される総集編も無理な切り貼り感が少なく、大変うまい作りになっていた。
逆に物足りない所を言えば、所々で話が「雑」になる箇所が出てきて、その点が少し気になった(例えば、尺の都合かも知れないが、千種忠顕や名和長年などは、主要キャストであるにもかかわらず、いつの間にか戦死したことになっている)。
後半の足利家の内紛「観応の擾乱」も割合さらっと描いているが(南朝軍が一時的に京都を制圧して、北朝の皇族を拉致してしまう話などは丸々カットされている)、個人的にはフィクションの話などに時間を割くよりは、そう言ったエピソードの方を見たかったのであるが、これは好みの問題であろうか(観応の擾乱は複雑過ぎてドラマに向かないと見做されたのかも知れないし、そもそも原作が吉川英治の健康状態の影響もあって、終盤はかなり駆け足で進むため、この点について突っ込んでもあまり意味がないかも知れないが)。
後は、架空の人物の扱いにも少し気になった所があり、尊氏の側近の一色右馬介(この人物のモデルは『難太平記』に出てくるが、キャラクタ自体は原作者の吉川英治、および脚本を担当した池端俊策の創作で、ほとんど架空の人物と言って良い)や、猿楽師で楠木正成の妹である花夜叉あたりに関しては、ちゃんと最後まで面倒を見ていた(?)が、前半から中盤にかけて尊氏と大きく絡む「ましらの石」と言う人物については、途中から置き去りになって、いつの間にかフェードアウトしてしまっていて、これは何となく勿体ない(終盤で育ての子である直冬と絡むのかなと思っていたのであるが)。
かなり個人的な不満としては、足利一門の細川頼春が出てくるには出てくるものの、モブキャラ化して台詞がほとんどなく、途中からフェードアウトしてしまったり、頼春の兄の細川和氏も途中から姿を消してしまっているなど、足利一門や家臣団の扱いが多少雑な所がある。
本作では、尊氏と直義の関係性については掘り下げられているが、他の足利一族や家臣団については、高師直や桃井直常など一部の人物を除いては、ほとんどモブキャラ扱いなので、もう少し尊氏と家臣たちの絡みも見たかったと個人的には思う(頼春は「観応の擾乱」でも大きな役割を果たし、最期は壮絶な戦死を遂げるし、また古典『太平記』の幕引き役と言うべき細川頼之の父でもあるから、もうちょっと取り上げて欲しかったと言う思いがあったり)。
細かい部分で気になる点はあったが、そうは言っても、現状で鎌倉末から南北朝を描いたほぼ唯一の作品と言う点では、テレビドラマ史上大きな意義を持つ作品であるし、一個のテレビドラマとして見ても非常に精度の高い作品で、個人的には歴代大河ドラマの最高傑作だと思う。
この「太平記」以降、2019年現在南北朝時代を扱ったドラマは現れていないが、いつの日か「太平記」を超えるような作品が世に出ることに期待したい。
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