時代劇レヴュー㉖:奇兵隊(1989年)
タイトル:奇兵隊
放送時期:1989年12月30日、31日(前後編)
放送局など:日本テレビ
主演(役名):松平健(高杉晋作)
脚本:野上龍雄
かつて日本テレビが毎年年末に放送していた年末時代劇スペシャルの第五弾で、高杉晋作を中心に幕末動乱期の長州藩の動向を描いた作品である。
このシリーズの他の作品にも共通することであるが、タイトルほどに「奇兵隊」の存在はクローズアップされず、おおむね高杉一代記と言った趣のドラマである。
シリーズ中唯一、杉山義法が脚本を担当していない作品で、主演もそれまでの里見浩太朗に変わって松平健が務めている(これは「奇兵隊」の放送直後の翌1991年の正月二日に、同局が大型時代劇「樅ノ木は残った」を放送し、その脚本を杉山が、主演を里見が務めたためであろう)。
そのせいか、史実と異なる描写がシリーズ中で最も多い印象がある。
もっとも杉山義法が手掛けた作品も、少なからず史実と異なる所があるため、あくまで「相対的」な話であるが、試みにいくつか例を挙げて見ると、久坂玄瑞は自害ではなくて戦死になっているし、有名な功山寺決起のシーンも、だいぶ高杉に都合良く(?)潤色されていたし、富士山艦は実際には沈んでいないし、椋梨藤太もあのタイミングで切腹しているわけではない(と言うか、前述の久坂の死もそうであるが、概してこの作品は登場人物の死に方にだいぶ脚色が入っている)。
他には、「史実と異なる」と言うニュアンスとは違うかも知れないが、禁門の変後に不逞浪士を追って新撰組の永倉新八が出石までやってきて、そこで潜伏している桂小五郎とばったり出くわす(永倉は気づかずに見逃してしまうのであるが)シーンがあるが、これも二人を遭遇させる演出であって、実際には、一人の浪士(多分、そんな大物じゃない)を追いかけて、わざわざ京都から出石まで永倉が出張ってくるとも思えないので不自然と言えば不自然な描写である。
また終盤では、「王政復古の大号令が出される」と言うテロップが出た後で高杉が死ぬシーンが入るので、視聴者側からするとあたかも王政復古の大号令が出てから高杉が死ぬように感じてしまうが、実際には高杉の死の方が八ヶ月ほど先である。
ついでに言えば、高杉臨終のシーンでは有名な辞世も全然作中ではふれられず、野村望東尼も登場しなかった(これについては、他にも長州藩士で登場しない重要人物がいるので取捨選択の問題であろうが)。
もう一つ、個人的には大の薩摩嫌いの晋作が、劇中ではそうでもない風に描かれているのはちょっといただけなかった。
とは言え、史実云々はさておき、ドラマ性のみに限って言えば、個人的には同シリーズ中の白眉であると思う。
そもそも長州藩の動向自体が非常にドラマチックで言わば「ドラマ向き」の題材であるし、展開もテンポも良く、シリーズ中では長時間の部類であるが飽きさせない作りとなっている。
よくよく冷静になって見ると、高杉の行動などはテロリスト的でかなり無茶苦茶なのであるが、ドラマにするとむしろそれが良いと言う感じになる。
ストーリー的にも起承転結がはっきりしていると言うか、一度禁門の変で死にかけた長州が復活して、その復活の仕方も功山寺決起などはかなり劇的であるし、その後の四境戦争でも小倉城を攻め落とすのが物語のクライマックスであるから、すっきりとした感じで視聴者は見終わることが出来る(まあ、エピローグは暗い話だけれど)。
加えて、この作品は山本直純の音楽が頗る良く、特に功山寺決起や小倉城攻略などのクライマックスシーンで流れる高揚感のあるテーマは、物語の感動をより高めるのに一役も二役も買っていると思う。
キャストについて言及すると、まず主演の松平健は、正直最後まで全然結核持ちの病人には見えないのであるが、反面マツケンの持っている書生じみたある種の「軽さ」がよく高杉にはまっていて(風貌や年齢のことはともかく、同シリーズでの主演の常連である里見浩太朗だと重々しくなってしまって高杉の雰囲気には合わないであろう)、後半の山場である功山寺決起の演説シーンも非常に良かった(やや高杉が美化されているきらいがあるが、主人公であることを考えれば許容範囲であろう)。
他の俳優陣で言えば、片岡鶴太郎演じる村田蔵六(大村益次郎)も、シリアスとギャグを使い分けて良い味を出していた。
当時の片岡は、現在のようなシリアス路線の俳優に転身する前で、バラエティでの印象が強かっただけに、余計意外性のあるキャストであろう(バラエティでのイメージを生かした彼の当たり役である「太平記」の北条高時がこの翌年である)。
意外と言えば、並み居る豪華キャストを抑えて、出演クレジットで片岡がトメ扱いなのも、最初見た時は結構驚かされた(役柄で言えば桂小五郎役の中村雅俊が一番トメっぽいが、どう言うわけか彼はこの作品では「特別出演」の扱いであり、実績と役者としての格で言うと周布政之助役の津川雅彦か、一橋慶喜役の高橋英樹がトメの位置に近いが、津川は物語の中盤で退場し、高橋はやはり「特別出演」扱いで出演シーンが極端に少なく、片岡がトメなのはそう言う要因もあるのかも知れないが)。
色々書いてきたが、細かい部分では突っ込み所はあるものの、史実をベースにした時代劇作品としてはかなり優れていて、今見ても色褪せない面白さだと思う。
なお、本作品はVHSに加えDVDもリリースされているので、現在でも視聴が容易である。
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