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課題理解と業務フロー設計はなぜSaaSの導入において重要なのか
こんにちは!株式会社スカイディスクのかんた(@seizecnt)です。最適ワークスという製造業向けSaaS事業でカスタマーサクセスチームのマネージャーを務めています。
タイトルに示した「お客様の課題を理解すること」「プロダクトを活用する業務フローを設計すること」の重要性はカスタマーサクセスの方々にとってはよく聞く話だと思います。では、どのような支援を行う際にそれらがより重要になるのか、それはなぜなのかと聞かれたらどう回答するでしょうか。
これまで、チームメンバーと一緒に最適ワークスのオンボーディングプロセス改善に取り組んできました(引き続き改善を重ねています)。その中で改めて、お客様の課題や導入背景を深く理解し、業務フローを設計することの重要性を改めて強く感じました。
これまで最適ワークスで行ってきた支援では「お客様からの個々の要望にどう応えるか」により重点がおかれていた時期もありましたが、なかなか実際の運用に進めていない状況でした。チーム中でも様々な議論やトライを重ねていく中で、プロダクトの運用方法をカスタマーサクセスからご提案することの重要性を再認識し、そのためにもお客様の課題や導入背景を深く理解し、業務フローを設計することは欠かせませんでした。
また、この課題理解・業務フロー設計は、これからのSaaS導入支援において価値が高まっていると感じています。今回はその理由と、最適ワークスでの具体的な取り組みについて紹介しようと思います。
【この記事でわかること】
・「課題理解」と「業務フロー設計」の重要性とその背景
・SaaS導入における支援アプローチの違い
・「最適ワークス」における具体的な取り組み事例
では、なぜ今SaaS導入において、お客様の課題理解と業務フロー設計が重要になっていると僕は考えているのでしょうか?
SaaS導入支援の2つの型:ノウハウ提供型と既存業務組み込み型
SaaS導入と一口に言っても、そのプロダクトの性質によってオンボーディングの進め方は異なります。ここでは、BtoBのSaaS導入においてよく見られる2つの支援アプローチについて整理します。
前提として、プロダクトにもよりますがSaaSは以下の特性を持っていることが多いと言えます。
・オンプレミスやスクラッチ開発に比べ、安価にスタートできる
・個社カスタマイズを前提とせず、汎用的な機能で活用する必要がある
この前提に立ったときに、BtoBにおけるSaaS導入には大きく分けて以下のアプローチがあると分類できると捉えています。
■アプローチ1:ノウハウ提供型
→ノウハウとセットで新しい業務にチャレンジしてもらうことに注力する支援方法
■アプローチ2:既存業務組み込み型
→既存業務への組み込みを注力する支援方法
アプローチ1:ノウハウ提供型
アプローチ1では、これまで存在していなかった/行っていなかった業務に対して、お客様がSaaSプロダクトの導入を通して新たに取り組んでいただくことを支援し、価値を創出していくことになります。新しい業務だからこそ、取り組み全体をどのように進めるべきかというノウハウをセットで提示することが重要です。
前職のベーシックで携わっていたWebマーケティング支援ツールのferret Oneでは、新たにBtoBマーケティングの取り組みにトライしたいというお客様が多い中で、BtoBマーケティングのノウハウをまとめた「教科書」を提供していました。「教科書」では、目標設計の考え方や様々なマーケティング施策のポイントがまとめられています。これによって、SaaSプロダクトを提供するだけではなくどのようにマーケティング活動を進めるべきかという体系的なノウハウの支援も行い、価値を提供していました。
営業DXサービスのSansanにおいては、「名刺データによって可視化される、各部門が保有している接点を営業戦略に役立てる」ということが1つの主要な活用方法となっています。これも、元々該当する既存業務フローが存在していなかった多くの企業に対して、ツール導入に加えて新たな取り組みを啓蒙することによって価値を創出しているアプローチだと思います。
アプローチ2:既存業務組み込み型
アプローチ2では、元々業務が存在していた領域に対して、SaaSプロダクトに置き換えていただくことを注力して支援し、価値を創出していくことになります。
会計領域のSaaSなどはこれに該当すると考えています。会計業務自体は元々存在しており、業務のルールも決まっている中で、そこにSaaSプロダクトを組み込んでいただくことが、最初の価値提供に直結しやすい性質にあります。その際、これまでの業務オペレーションで実現できていた、決算業務・管理会計集計への接続など周辺業務を維持できるかという点は重要なポイントになります。
この2つのアプローチは、同一のSaaSプロダクトでも機能ごとに使い分けることもありますので、完全に白黒分かれるものではなくて、注力すべきポイントの濃淡だとご理解ください。(ただし、AIエージェントの発展によってユーザーがノウハウを習得する必要のある範囲が狭くなっていくと、アプローチ2に収斂されていくのか…?とかぼんやりと考えたりしています)
このあたりの分類は、KOMMONSの白塚さんがnoteに書かれている、左側(A、C)か右側(B、D)かという考え方とも似ていると思います。
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既存業務への組み込みで重要なこと
この「アプローチ2:既存業務組み込み型」では、以下が重要になります。
・最終的にお客様が達成したい上段の目的がちゃんと理解できているか
・目的を達成するためにSaaSプロダクトと周辺業務を繋げて運用方針を描けるか
1点目の「最終的にお客様が達成したい上段の目的がちゃんと理解できているか」は、SaaSプロダクトの活用方法を提案する際に重要です。汎用的な機能を揃えるSaaSプロダクトにおいて、お客様の1つ1つのご要望に直接該当する機能が常に提供できるわけではありません。そこで、お客様の目的に応じて要件の優先順位を整理したり、運用方法を選択していったりすることになります。このときに、方針を決める拠り所として、目的理解が欠かせません。
2点目の「目的を達成するためにSaaSプロダクトと周辺業務を繋げて運用方針を描けるか」は、業務への組み込みを行う際に重要です。単一のSaaSプロダクトで一連の業務がすべてカバーできれば考慮しなくて良いですが、多くの場合において周辺業務との接続は欠かせません。そこで、論点になり得る周辺業務を網羅的に捉えられていたり、業務フローを可視化して論点を洗い出すなどの取り組みが重要になってきます。
日本におけるSaaSの普及状況から考えるユーザー像
ここで、現在の日本市場におけるSaaSの普及はどの段階にあるといえるでしょうか。調査によって様々な数値は出ていますが、AI検索ツールのFeloやGensparkにイノベーター理論と照らし合わせて聞いてみると、いずれもアーリーアダプターからアーリーマジョリティに差し掛かったあたりという回答でした。
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これを踏まえると、ITツールに対して情報感度が高い方々だけではなく、これまでSaaSを導入する機会があまりなかった方々にもSaaSを導入いただき、成果を出していただくような支援が必要となる場面がますます増えてくると思います。前述した目的を踏まえた活用方針の決定や業務フローの設計についても、あまりご経験がない方への支援の重要度も上がってくるでしょう。よって、カスタマーサクセスを中心としたSaaSプロダクトの導入を支援する役割につく人にとっては、そういった方々が成果を獲得するための支援を行えるかがより一層大事になります。
確かに、AIの発展によってSaaSを取り巻く環境は急速に変化しています。しかし僕は、活用方針の決定や業務フローの設計を行うために必要となる、既存の業務フローなどの前提情報が言語化されていない状況がまだまだ多い中で、当面はこの重要性は変わらないと考えています。
最適ワークスでの取り組み事例
現在携わっている「最適ワークス」でも、ここ1年半の中でそのような観点の取り組みを行ってきました。最適ワークスは製造業向けに、複雑な生産計画をAIが立案するSaaSプロダクトです。前述の考え方を踏まえ、最適ワークスでは具体的にどのようなオンボーディング支援を行っているのでしょうか。ここからは、過去1年半の取り組みを振り返りながら、具体的な内容をご紹介します。
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前提:生産計画という領域の特徴
製造業に携わっていた経験がない方には馴染みがないと思いますが、「生産計画」とは製造業において「何の製品を、いつ、何個製造するか」という計画のことです。どの粒度の計画まで作成するかは会社によっても異なりますが、細かい粒度まで作成する場合は、1日の単位で「どの工程を、誰が、どの設備で製造するのか」という情報まで含まれることがあります。
ただし、一口に生産計画と言っても、求められる条件は製造するものによって様々あります。
例えば、塗装をする工程が含まれるような製品においては、塗装の後に乾かすためのリードタイムが必要になったり、同じ設備で様々な色やサイズの製品を製造するような製品においては、なるべく設備の設定変更や清掃の時間を短くするために類似する製品を連続させるような計画を組んだりします。
そのような複雑な条件を守りながら、納期を守り、かつできる限り設備の稼働率を高めて生産量を上げることを考慮しながら立てられている生産計画は、ベテラン従業員の方がお持ちのご経験をフル稼働させて担ってることが多い状況です。
SaaSプロダクトで提供する難しさ
様々な要素が考慮されている生産計画という領域において、予算やシステム要件定義ができる人材など、環境・条件が揃っている企業であれば、状況に合わせて柔軟にカスタマイズができるサービスを導入するということも選択肢にあります。しかし、そういった企業ばかりではありませんので、SaaSプロダクトが果たす役割は重要です。
一方で、個別のカスタマイズを前提としないSaaSプロダクトを活用することは、一筋縄ではいかないことも多々あります。どうしてもすべての要件に直接応える機能があるとは限らない中で、どのように活用すれば目的を達成でき、かつ現場の製造業務も滞りなく遂行できるのかを考える必要があります。
実際にお客様の導入支援を行っていると、お客様が必要だと思っていた要件が実は必須ではなかったり、一部のイレギュラーパターンにのみ該当する要件だったりします。ディスカッションをさせていただく中で「この取り組みのおかげで自社が本当に必要な要件が何なのかを整理・言語化することができた」というお言葉をお客様からいただくことも少なくありません。つまり、お客様が達成したい目的に対して、本当に必要な要件が何なのかを整理することが欠かせないという難しさがあります。
また、生産計画は他の様々な活動と密接に繋がっている点も見逃せません。生産計画の元になる受注情報は営業の方から伝達されますし、生産計画で見立てたスケジュールに基づいて購買部門に部材の調達を依頼したり、製造現場に製造指示を出したりと、様々な部門のハブになっています。よって、それらの部門との連携においても支障がないようにSaaSプロダクトの運用方法を決めていく必要があるという点も、難しいポイントです。
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実際に取り組んだ2つのこと
そういった難しさを踏まえて、どのようなオンボーディングプロセスが必要なのか、またそのときにカスタマーサクセスとしてどのような支援が必要なのかを考え、トライを重ねています。
初期に取り組んだ大きなポイントとして、以下がありました。
①課題や導入背景のヒアリング強化
②before/afterの業務フローの可視化
①課題や導入背景のヒアリング強化
以前は、受注時点でお客様が抱えている課題の情報として、
「生産計画立案業務に◯◯時間がかかっており、負担が大きいため軽減したい」
という粒度しか把握できておらず、キックオフでも課題に対する深堀りを十分にできていないことがありました。しかし、前述の通り最適ワークスはお客様が達成したい目的に応じてプロダクトの活用方法を提案していくアプローチを取る必要があるため、上段の目的を把握することが重要です。そこで、改めて課題や導入背景のヒアリングを強化する取り組みを行いました。
まずは、どのような情報を聞けていれば活用方法の提案に役立つのか、という目線合わせを行うために、最適ワークス以外の事例も含めたチーム内勉強会・共有会を複数回に渡って開催しました。この勉強会では、このようなヒアリングから提案に繋げた経験があるメンバーに、具体的な案件事例を取り上げて、どのような情報をどのような提案に活かせたかを共有してもらいました。理論だけだとなかなかイメージが湧きづらいテーマなので、具体的な事例を通して目線合わせできた点が良かったと思います。
並行して、具体的に何をどのタイミングで、どのようにヒアリングするのかを決めていきました。他社でも多いと思いますが、課題を深堀りしていくと会社方針や事業/経営課題に近づいていくことも鑑み、プロジェクトオーナーにご参加いただくキックオフミーティングでヒアリングを行うこととしました。また、当然ながら関連する情報はセールスが商談段階で把握し、CSに引き継ぎを行っています。またイチから質問をされているとお客様に思わせてしまわないように、「商談の際に◯◯というお話を伺ったと思いますが、こちらについて追加でご質問させていただきたく〜」と枕詞をつける聞き方なども留意することにしました。
そして聞く内容については、最初に以下のように整理しました。
・会社として実現したいこと
・実現したいことが困難な背景
・生産管理・生産計画領域の問題を解決したいと考えた理由
・最初に取り組みたいと考えている範囲と理由
そのうえで、案件ごとに具体的にどのようなことを追加で聞くか、また想定される回答に対してどのようなことを深堀りするべきかを、キックオフミーティングの前にマネージャー(僕)とメンバーで予めすり合わせて臨むようにしました。
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セールスからの引き継ぎ内容を記載のうえキックオフを実施します。
取り組みを初めて最初のうちは、キックオフのヒアリングを通して把握した内容についてはチーム内で共有するようにして、他メンバーも確認・フィードバックすることでチーム全体の共通認識の底上げを図りました。
これらの取り組みを通して、「生産計画立案業務に◯◯時間がかかっており、負担が大きいため軽減したい」という情報に留まらず、
「負担が大きいことが起因し、先の生産計画が立案できておらず、1週間分の計画立案が精一杯。もっと先まで見通しを立てられるようにすることで、追加で注文を受けられるのかどうかを判断し、売上向上や納期遵守率向上を実現したい」
といったような話や、その重要度が上がっている背景にある会社方針まで把握することができ、この目指す姿を起点としたCSの提案活動が行えるベースをつくることに繋がりました。
②as-is/to-beの業務フローの可視化
以前からメンバーによっては業務フロー図を使ってお客様と最適ワークスの活用方法を整理する取り組みを行っていましたが、一部のメンバー・一部の案件に留まっていました。その中で、特に業務フローを整理できていない案件において、オンボーディング後期にそれまで議論にあがっていなかった新たな運用課題が次々に出現してしまい、その対処に追われて運用開始になかなかたどり着かない問題が発生していました。これは、実際に業務の中で使うことを運用開始前に本格的に考えたときに、初めて前後の業務の繋がりや関係部署との連携面で対処しなければならないことに気づくということによって起こっていたものでした。
お客様も懸命に新しい取り組みに向き合ってくださっている中、どうしても「最適ワークスを使って生産計画を立案すること」に思考が集中してしまい、「周辺業務を含めた一連の業務フロー」を網羅的に考えることが難しくなってしまいます。こうした問題に対処するために、一部案件で行っていた、業務フローの可視化を通して運用方法をすり合わせるという取り組みを、すべての案件で実施することにしました。
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業務フローを可視化するタイミングは色々とトライを重ねましたが、オンボーディングの初期と後期の2回に分けて実施をしています。どうしても最適ワークスを使うためにどんな情報が必要で、どんな情報が出力されるのかというインプットとアウトプットの理解度が上がってからでないとイメージが湧かない要素もあるため、
・初期:as-isの業務フローと、ざっくりとしたto-beの業務フロー
・後期:to-beの業務フローの詳細化
という段階的な対応に分けています。
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業務フローを用いて流れを可視化することで、CSとしてもお客様の業務に対する理解が進みますし、双方で考慮しなければいけないことを共通認識を持ちながらプロジェクトを進めることができるようになりました。また、今議論していることが全体の業務のどこの話なのかを具体的に示せることで話がスムーズに進みやすく、空中戦にならないように可視化してコミュニケーションをとることの重要性も改めて感じました。
事業成長に耐えうる仕組みづくりを
最適ワークスの例のように、最初に紹介したアプローチ2が必要なサービスにおいては、今後も
・最終的にお客様が達成したい上段の目的がちゃんと理解できているか
・目的を達成するためにプロダクトの活用方法や周辺業務含めた業務フローが描けるか
のスキルは引き続き重要だと考えています。
一方で、CSの支援がハイタッチに依存しすぎると事業の成長スピードのキャップになってしまう懸念もあるので、
・目的理解や業務フロー設計の支援にかかる工数を圧縮してボトルネック化を防ぐ
・他の支援にかかる工数を圧縮して、目的理解や業務フロー設計の支援に注力できる体制にする
など、サービスの提供価値・CSの提供価値と照らし合わせながら戦略を決めていく必要もあると思います。
情報交換・ディスカッション大歓迎です!
今回の記事では、SaaS導入における「顧客の課題理解」と「業務フロー設計」の重要性を改めて確認し、具体的に最適ワークスで取り組んだ事例をお伝えしました。
そんなCSのあれやこれやについて、普段からいろんな繋がりの方とカスタマーサクセスの取り組みについて情報交換させていただいています。新たな繋がりも大歓迎ですのでお気軽にお声掛けください!
もうあまり日にちはないですが、2025年1月25日(土)には、「SUCCESS CAMP 2025」というカスタマーサクセスのイベントに登壇を予定しています。今回はオシロの浜田さんにファシリテートしていただきながら、X Mileの中嶋さん、サイボウズの大脇さんと一緒にCSのイネーブルメントについてお話しします。
ワークショップについては満席になってしまっていますが、イベント自体の参加チケットについてはまだ若干申込み枠がありますので、ご興味ある方は是非ご参加ください&お話ししましょう!
もし、今回の内容にご興味を持っていただけたら、ぜひお気軽にご連絡ください!皆さまの取り組みや課題についても聞かせてもらえると嬉しいです。
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