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【第1章】やる気スイッチで主体性を引き出す



人が資本の時代

 2023年、世界の時価総額トップ5のうち4社をApple、マイクロソフト、Google、アマゾンが占めています。長らくGAFAMが牽引してきた世界経済は、ITビジネスの影響力を強く感じさせる時代となりました。私たちは、PC1台で世界中にサービスを展開できるデジタル革命のインパクトを目の当たりにしています。さらに、クラウド技術やビッグデータの活用が進み、生成AIが誰でも利用可能となったことで、世界は「第3次産業革命」の中心にあると言えるでしょう。

 このような変化の中で、企業価値の源泉は有形資本から無形資本へと急速にシフトしています。特に注目されているのが「人的資本」です。人的資本に関する情報は、投資家への情報開示を目的としたIR開示義務の対象にもなっており、企業はその透明性を求められています。同時に、企業間での相対比較を通じて「あるべき姿」を模索する動きも活発化しています。

 さらに、人材マネジメントの議論は、事業戦略と組織戦略の統合、個人のモチベーション向上、そして個々の才能の最大化といったテーマへと進化を遂げています。これらの議論は、単なる管理や効率化を超え、個人の多様性をいかに生かすかという方法論へと発展しています。今後の企業にとって、この「個を活かすアプローチ」が成長の鍵を握ると言えるでしょう。


事業のサスティナビリティ

 リーマンショック以降、短期的な企業価値の最大化ではなく、社会的責任や持続可能な企業活動を含めた中長期的な価値の成長が重視されるようになっています。その中でも、人的資本は重要なテーマとして注目されています。「速く行きたければ一人で行け。遠くへ行きたければみんなで行け」という言葉が示すように、企業の持続可能性を考える上で、組織の多様性は欠かせない要素となっています。

 多様性は、価値観の違いだけでなく、人種や性別、さらには男女比といった具体的な側面にも及びます。今日、企業はその規模を問わず、社会の縮図として機能することが求められる時代に突入しています。多様な背景を持つ人材が集まり、その力を最大限に引き出すことが、企業の成長に直結するからです。

 このような状況下で、チームをまとめ、推進力を生み出し、結果にコミットするマネジメントの役割はますます重要になっています。しかし、多様なメンバーの意見や特性を尊重しつつ、組織としての方向性を一致させることは、従来以上に高い難易度が求められるようになっています。


マネジメントに求められるメタ認知力

 社会全体が効率的な成長を目指していた時代には、トップダウン型のマネジメントが有効でした。しかし、VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)が特徴の現代では、ボトムアップによるイノベーションが求められる場面が増えています。そのような環境では、組織内で多様性を認め合い、個々が主体性を発揮することがより重要になっています。

 このような時代の中で、マネージャーには多様性を受け止め、メンバー一人ひとりと向き合う1対1のコミュニケーションが求められます。同時に、組織全体には1対Nの視点で、一貫性のあるメッセージを発信し、方向性を示すことも欠かせません。

 その際、マネージャーが組織にポジティブな影響を与えるためには、自分自身を客観的に見つめ直す「メタ認知力」が必要です。この力によって、メンバーの心象や組織全体の空気感を的確に把握し、柔軟かつ効果的な対応が可能となるのです。
<メタ認知力について>


脳に働きかけるコミュニケーション

 人の脳には、「古い生物的な脳」と「新しい人間的な脳」の二つの側面があります。この文章では、それぞれを「いきもの脳」と「にんげん脳」と呼んで区別します。いきもの脳は先天的に備わった部分で、生存本能に基づいて働きます。一方、にんげん脳は、人生経験を通じて学習し、成長する部分です。この二つが相互に作用しながら、その人らしい性格や行動として表れています。

 いきもの脳には、ものごとにネガティブに反応しやすい性質があります。これは、人類が弱い生物として生存していくために必要だった防御的な本能の名残です。危険を避けるためのこの仕組みは現代でも脳に残っており、私たちの日常的な思考や感情に影響を与えています。

 だからこそ、私たちは意識的に他者にポジティブな働きかけをすることが重要です。こうした働きかけは、心理的安全性を担保し、オープンマインドを引き出す力を持っています。心理的安全性が確保されることで、いきもの脳が安定し、にんげん脳が学びや成長を通じてさらに発展する環境が整います。

 いきもの脳の特性を理解し、それを補う形でにんげん脳の成長を支援することで、個人や組織がより健全で前向きな発展を遂げられると考えています。
<いきもの脳・にんげん脳について>


コミュニケーション手法としてのポジティブフィードバック

 ポジティブフィードバックを活用することで、いきもの脳を安定させ、にんげん脳の成長を支援することができます。ポジティブフィードバックは、ドーパミンを分泌させることで快の感情を引き出し、行動の再現性を高める効果があります。こうした成長期待の高い行動に対して、マネージャーが継続的にポジティブなフィードバックを行うことで、メンバーの成長を促進することが可能です。
<ポジティブフィードバックについて>

 そのためには、まずメンバーの自己重要感を高めることが重要です。メンバーを組織の一員として尊重し、心理的安全性を確保することで、彼らの主体性を引き出します。心理的安全性が担保されることで、メンバーは安心して自分の能力や意見を発揮できる環境が整います
<自己重要感について>

 次に、自己肯定感を高めるステップに進みます。これは、自分自身の価値を認識し、受け入れる力を育むことです。初期段階では他者からの承認を通じて自信を得ますが、最終的には自分自身で「自分には価値がある」と確信できる状態を目指します。このプロセスを通じて、失敗を恐れず挑戦できるメンタルを育むことが可能になります。
<自己肯定感について>

 最後に、自己効力感を高めます。自己効力感とは、「自分ならできる」と信じる力です。これにより、未知の課題や新しいチャレンジに対しても前向きに取り組む意欲が生まれ、積極的な行動を促します。自己効力感の向上は、行動を繰り返し、成功体験を積むことでさらに強化されます。
<自己効力感について>

 このように、ポジティブフィードバックを通じて自己重要感、自己肯定感、そして自己効力感を順に高めることで、メンバーが主体的に成長し、より積極的に行動できる環境を作り上げることができるのです。


関係の質を高める

 ポジティブフィードバックを通じて「関係」の質を高めることで、メンバーは組織の中での「居場所」を実感できるようになります。自分が受け入れられ、価値のある存在だと認識することで、未知の課題に対しても「自分ならできる」という前向きな「思考」が生まれます。そして、この思考が主体的な「行動」へと繋がり、結果的に確率論的に良い「結果」を生み出すことができるのです。

 こうしたグッドサイクルを回していくことで、組織は多様な個人の主体性を最大限に生かすことができます。メンバーそれぞれが持つ可能性を引き出し、組織全体が成長するための原動力となるのです。ポジティブフィードバックは、ただの励ましではなく、このサイクルを生み出すための重要なマネジメントスキルとして機能します。
<関係の質について>


 第1章では、多様な個人のひとりひとりが主体的に自身の役割に向き合い、そうした仲間がお互いを認め合い、良好な関係を構築できる組織について考えます。メンバーの主体性を高めるために、マネージャーが押すべきメンバーのやる気スイッチを明らかにしていきます。


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