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ビリー・ホリデイの最新ドキュメンタリー『Billie』。「黒人であり、女」という二重の差別に生きた歌姫の真実

ビリー・ホリデイ(1915年~1959年)は、「レイディ・デイ(Lady Day)」の愛称で知られるアメリカを代表するジャズ・シンガー。44年という短くも壮絶な人生を、ジャーナリストのリンダ・リプナック・キュールが遺したインタビュー・テープをもとに製作されたのがドキュメンタリー映画『Billie ビリー』です。

ピーター・バラカンさん監修の映画祭「Peter Barakanʼs Music Film Festival」(2021年7月2日~7月15日/角川シネマ有楽町)における最大の注目作を音楽評論家、藤田正さんにお話を伺いながらご紹介します。

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『Billie ビリー』
Billie/2019 年/98 分/イギリス/英語 監督:ジェイムス・エルスキン
キャスト:ビリー・ホリデイ、リンダ・リプナック・キュール、シルヴィア・シムズ、トニー・ベネットほか
※愛犬ミスターと写るトップ画像= Carl Van Vechten photographs/Beinecke Library (c) Van Vechten Trust / REP Documentary

――試写を観たドキュメンタリー映画『Billie ビリー』。藤田さん、これ、めちゃくちゃ素晴らしかったですね。

藤田 いやぁ、想像をはるかに超える作品で、ウナってしまいました。ユダヤ人のジャーナリスト、リンダ・リプナック・キュールさんがビリーの真実を描く本を出版しようと、10年にわたって関係者に行ったインタビューの録音テープをもとに映画はつくられたわけだけど、彼女の取材者としての肝の据わった態度も見事で、感心させられました。同じ仕事をしている者として、取材対象に嫌われようとも食いついて離れない彼女の姿勢は立派です。

話を聞いているのは、トニー・ベネットやカウント・ベイシーなど超大物たち、そしてビリーのいとこや友⼈、ポン引き、ビリーを逮捕した⿇薬捜査官、刑務所の職員というメンツ。映画は突然亡くなったリンダさん自身の死をめぐるストーリーでもあります。カウント・ベイシーとリンダさんとの逸話は、思わずうっそ~、ってなりますよ。

――構成が巧みですよね。そして、劇中、カラー映像で蘇るビリー・ホリデイの歌唱がやっぱりスゴイ!

藤田 綺麗に調整し直された画像を観ると、改めて鳥肌が立つ! びびりますよ。ビリーの歌い方、リズムの取り方は、一般的な西洋音楽の基準からしたら、どちらも「外れて」いるんです。歌は必ず「基準」の音から少しだけ下でうたっている。単に音程が狂っているんじゃないですよ。この独自の音程の取り方は、歌詞に、二重にも三重にも異なる意味を浮かび上がらせるわけ。幸せな愛の物語に見えて、裏に残酷な悲劇が張り付いているなんて、よくビリーの歌に言われる理由のひとつは、これです。ものすごいテクニック&表現力です。

――彼女のリズムの取り方も、ユニークなんですか?

藤田 これも「外し」です。いわゆる譜面通りのリズムに乗りながら、一声、一節(ふし)が、極端に言えば「遅れて」「引きずる」ようにしてビリーは歌えるんです。何気ない軽装の歌でも、彼女が歌えば、粘っこさが出る。

――アフター・ビート……ですか。

藤田 そうです。サルサでもブルースでも、アフロ系はすべて「外し」のビートがないと成り立たない。その中でも、ビリーは独自のビート感を持っていた。これが驚異的なんですよ。

――こういう説明は初めて聞きました。

藤田 ジャズ・シンガーの筆頭とか言われるけど、彼女の「ジャズ」のセンスって何かと、多くの人は説明しないよね。ジャズなんていうカテゴリーを外して彼女を聞かないと彼女は見えてこないし、ジャズそのものもわからないですよ。ひとつ言えるのは、西洋的な音楽をうたいながら、ビリーは声ひとつで、非西洋・アフリカ的なニュアンスをそこに馴染ませることができた歌手だった。

彼女が得意としたジャズ・スタンダードの1曲「My Man」をじっくり聞いてください。ビリーのように歌えるのは、ほかに一人もいません。サラ・ヴォーン。エラ・フィッツジェラルド。アビー・リンカーン。すごい黒人歌手はいっぱいいるし、みんな尊敬すべき人たちだけど、ビリー・ホリデイの歌唱は、いまに至っても、まさに「One and Only」だから。ゆえに状況的にいえば、彼女はアメリカン・ポップ・ミュージックの中でも異端の最高峰なんでしょうね。これは映画でもよくわかります。

ビリー・ホリデイ「My Man」(劇中の音源とは異なります。以下同じ)

――ビリー・ホリデイといえば、代表曲「Strange Fruit (奇妙な果実)」と切り離せませんよね。劇中では最晩年の映像が使われています。

藤田 「奇妙な果実」について簡単に説明しておくと、歌はアメリカの、特に南部における黒人に対する私刑、リンチによる殺人をドキュメントしています。奇妙な果実とは、つまり首に縄をかけられ木に吊るされた黒人の死体ということ。ぼくは、現代のBLM運動に通じる告発の歌として、書籍『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』で一番に取り上げました。

――ちょっと調べ直したんですが、彼女は1939年、24歳のときにこの曲に出合って以来、FBIに目を付けられ逮捕されようとも、白人たちの前で堂々と歌をうたいつづけました。

藤田 彼女は北部、メリーランド州ボルチモアに生まれ、ニューヨークをベースに活躍しました。歌手として大成はしたけれど、黒人差別は別もの。逆に大成したからこそ、より厳しい事実を突きつけられた、ともいえるかもしれないね。ビリーは「奇妙な果実」を、ひとつひとつ、言葉をかみしめるようにうたう。若い、黒人の女性がうたうんだから、命がけ、ですよ。

ビリー・ホリデイ「Strange Fruit (奇妙な果実)」

――ビリー・ホリデイを題材とする映画は、モータウンの歌姫、ダイアナ・ロスがビリーを演じた『ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実』(原題:Lady Sings the Blues/1972年)があります。もう、50年近く前の作品なんですね。機会があったので観たんですが、ビリーの恋人、ルイ・マッケイがなんだかとても優しい。『Billie』で描かれている暴力男とはまったく違うんです。なんですかね、これは??

藤田 嘘っぱち映画ってことでしょ。クリーンなイメージで売ったダイアナ・ロスが、薬物依存や男の暴力などで人生を終えたビリー・ホリデイという大先輩を演じることは、彼女にとって一大決心でした。主演女優としてよく頑張ったと思います。が、内容は別です。『ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実』でひとつ考えられるのは、モータウン出資の作品だから。保守的な経営方針の企業だからね、モータウンの根本って。当時も批評家から散々に言われたけど、女性(ビリー)がヤクでボロボロになっても、ケチなヤクザ男に抱きかかえられるなんて、ありえないっしょ! ビリーの周りに張り付いていた男どもの大半は<吸血鬼>だったんだから。今回の『Billie』は、その暗部にも迫っています。

――黒人の女性は、白人男性を頂点とするアメリカの人種ヒエラルキーのなかで、最下層に置かれていました。黒人男性は、自らも被差別の立場にありながら、その抑圧されたうっぷんをパートナーである黒人女性に向けた。殴る、蹴るの暴力は当たり前。ビリーの場合であれば、薬物を教え込まれ、身体がボロボロになりながらも、日々休むことなく舞台に立たされた。「顔のアザは女の勲章だよ」なんていう、ビリーのヒモだった男の発言もありました。信じられません!

藤田 いやいや、それって日本の演歌にだって似たような歌詞があるじゃない。アメリカン・ポップスの中だけじゃない。だいたい芸能の世界で、これまで描かれてきたのは、男が勝手に描いた女の姿。それって幻想でしょ? 演歌黄金時代の名作には、女性差別&暴力の歴史教科書として使える歌はたくさんありますよ。美空ひばりさんだって、ビリー・ホリデイとおなじような男からの責め苦に耐えていた女性ですからね。

――ビリーの場合はロクでもない男に惹きつけられ、自ら泥沼へはまり込んでいったフシがある。人間というのは、一筋縄でいかないものですね。

藤田 ともかく、ビリー・ホリデイに話を戻せば、アメリカの黒人の女性は、長く二重の差別にさらされてきたんです。状況は少しずつ改善しつつあるけど、いまも差別に苦しむ女性たちは多い。『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』にも書いたけど、ビリーにはじまり、ニーナ・シモン、ティナ・ターナー、アレサ・フランクリンなど、そうそうたる黒人女性シンガーが同じ黒人であるパートナーの支配下に置かれていたわけです。

諸先輩たちの壮絶な闘いの歴史から学び、いま、アメリカ芸能界の頂点に君臨しているのがビヨンセです。そんな視点をもちながら、『Billie』を鑑賞してみるのもいいんじゃないか、と思います。

あ、あと、ビリーと同じように男を愛するばかりに自分の才能もイノチもなくしてしまった悲劇のシンガー、エイミー・ワインハウスの切ないドキュメンタリー映画『AMY エイミー』も、よろしくお願いいたします! 薬物とあの男さえいなければ、エイミーってとんでもないシンガーになっていたのは間違いないんだから! ※『AMY エイミー』もPeter Barakanʼs Music Film Festivalで上映されます。

Peter Barakanʼs Music Film Festival

⽇時:2021年7⽉2⽇(⾦)〜7⽉15⽇(⽊)
会場:⾓川シネマ有楽町(ビックカメラ有楽町 8階)
主催:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム、VALERIA
配給:コピアポア・フィルム 宣伝:VALERIA 協⼒:ディスクユニオン、KADOKAWA
詳しくは → 公式HP: pbmff.jp   公式TW:@pb_mff

プレイリスト「The Only Lady Day」


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