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本音と建前の乖離が解消されない外国人技能実習制度の衣替え
株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1693(2023年12月25日)掲載
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利
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2023年11月、法務省の「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」は、最終報告書のたたき台を公表しました。
外国人技能実習制度に対し、国内外から強制労働という批判がある中で、「長年の課題を、歴史的決着に導きたい」(古川禎久法務大臣・・・当時)という強い決意の下に検討が進められてきたはずですが、結局、特定技能制度に接続する制度、現時点の呼び方では「新たな制度」として存続することになりました。「人材育成」という目的を残すことにより、技能実習制度で問題となっていた「本音と建前の乖離」が解消されず、それに起因する低賃金、人権侵害も温存される可能性が高いとみなさざるをえません。
「人材育成」を目的とする制度
最終報告書(たたき台)では、技能実習制度を「基本的に3年間の就労を通じた育成期間において計画的に特定技能1号の技能水準の人材に育成することを目指す」という「新たな制度」に衣替えすることになっています。
特定技能とは、「生産性向上や国内人材の確保のための取組を行ってもなお人材を確保することが困難な状況にある産業上の分野」において、「一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人」を受け入れる在留資格です。1号は、「相当程度の知識又は経験を必要とする技能を要する業務に従事する外国人」の在留資格で、最長5年までとされています。
1号の資格を得るための試験には、技能試験と日本語試験とがあり、国内でも海外でも受検できます。2023年6月末時点の合格率は、技能試験が69.7%(国内66.8%、海外76.0%)、日本語試験が41.5%(国内46.5%、海外40.2%)となっています。技能試験では海外受検のほうがむしろ合格率が高く、「新たな制度」を設けて、あえて国内で育成する必要はないように思われます。
厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によれば、2022年の外国人労働者(勤続0年)の所定内給与額は、特定技能が19.37万円、技能実習生が16.91万円ですから、外国人労働者が特定技能1号を取得するまでの3年間、「人材育成」という建前を掲げて、本音では、これまでと同様に安い労働力を使えるようにする、という意図と考えざるを得ません。
3年間の「育成終了時までに、技能検定試験3等級又は特定技能1号評価試験及び日本語能力A2相当以上の試験(日本語能力試験N4等)を受験させる」ことになっています。ただし、規定上は「育成終了時までに」であっても、実際には「育成終了時に」となってしまう可能性があります。いかに優秀であっても、移行のための受検時期を受け入れ企業が決めるのであれば、事実上、低賃金のまま3年間縛り付けることができるわけです。
加えて、たとえ終了時よりも前に特定技能1号の資格を取得したとしても、後述する「本人の意向による転籍」と同様の在留資格変更制限が行われる方向となっています。
さらに、「新たな制度」の3年間で特定技能1号の資格が取得できなかった場合、同一企業での1年間の延長が認められますが、受け入れ企業にとって資格を取得させないモチベーションとして作用しないよう、むしろ転籍を義務づけたり、3年合格率の低い受け入れ企業を厳しく排除する必要があります。
「新たな制度」が本当に人材育成を目的としているのなら、技能を持つ人材はどんどん特定技能に移行させるべきですが、人材育成という建前を、安い労働力を使うという本音の隠れ蓑にしていることになれば、従来の技能実習制度とまったく変わりません。
受け入れ対象の分野について
「新たな制度」の受け入れ対象は、当然のことながら、特定技能制度の対象である「特定産業分野」に限ることとなっています。
問題は、「特定産業分野」に認定されるためには、「生産性向上や国内人材の確保のための取組を行ってもなお人材を確保することが困難な状況にある産業上の分野」である必要があるのに、現状では、事実上その根拠が示されていないということです。たとえば、「素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業分野」について見ると、「生産性向上のための取組」としては、
*各企業及び業界では、①生産プロセスの見える化等の工場のデジタル化、IoT・AI等の活用による生産プロセスの刷新等の生産現場の改善の徹底や、②研修・セミナー等の人材育成等の生産性向上のための取組を実施している。
*経済産業省としても、企業による設備投資やIT導入を支援する施策により、企業による生産性向上の取組を支援している。
*製造業の生産性は、平成24年から平成28年まで、年平均約2%向上している(推計値)。
という一般的な記載だけに止まっています。
「国内人材確保のための取組」についても、
*各企業及び業界では、①女性や高齢者も働きやすい職場環境及び人事制度の整備や、②適正取引の推進等による適正な賃金水準の確保等に取り組んでいる。
*経済産業省としても、①中小企業が女性、高齢者等多様な人材を活用する好事例をまとめた「人手不足ガイドライン」の普及、②賃上げに積極的な企業への税制支援、③下請等中小企業の取引改善に向けた取組等を行い、企業による国内人材確保の取組を促進している。
*製造業分野の就業者に占める女性及び60歳以上の者の比率は、平成24年には約30%だったが、平成29年には約33%に上昇している(推計値)。
という記載があるだけです。
海外では、外国人労働者を採用する場合、国内人材が雇えないことを確認する「市場テスト」を実施するのが一般的ですが、そうした手続きを欠いているばかりか、統計上でも、国内人材を確保する努力が立証されていません。産業ごとに「受入れ見込数」が決められていますが、たとえば先ほどの「素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業分野」では、
*製造業分野においては、令和元年度からの5年間で19万9,000人程度の人手不足が見込まれる中、毎年1%程度の労働効率化(5年間で14万6,000人程度)による生産性向上及び追加的な国内人材の確保(5年間で2万500人~2万7,500人程度)を行ってもなお不足すると見込まれる最大3万1,450人を1号特定技能外国人の上限として受け入れることとしていたところである。
といった記載に止まっています。(実際の上限は、コロナ禍対応のため令和5年度末まで4万9,750人)
他の産業を上回る賃金引き上げなどによる人材確保について触れていないばかりか、そもそも前述の「生産性向上のための取組」では生産性の向上は年平均約2%とされているのに、ここでは「毎年1%程度の労働効率化」が前提とされているのも大変奇妙です。
特定産業分野に認定する際には、少なくとも当該産業が他の産業に比べどれだけ賃金水準を高くしているにも関わらず、それでも国内人材の就職希望者がいない、という状況をデータをもって示す必要があると思います。
転籍のあり方
技能実習制度では、原則として転籍が認められておらず、その点が今回の見直しでも最大の焦点となっていました。
「新たな制度」では、「やむを得ない事情がある場合」の転籍について、労働条件の契約時の内容と実態の間で一定の相違がある場合など、範囲を拡大・明確化し、手続きを柔軟化することになっています。
また、「本人の意向による転籍」が認められるようになるものの、以下のような厳しい制限が設けられています。
ア.同一の受け入れ企業での就労期間が1年を超えていること。
イ.1年経過時までに受検する技能検定試験基礎級等及び日本語能力A1相当以上の試験(日本語能力試験N5等)に合格していること。
ウ.転籍先企業で受け入れ中の外国人のうち、転籍してきた者の占める割合が一定以下であることなど、一定の要件を満たす企業であること。
まず、「やむを得ない事情がある場合」の範囲の拡大・明確化は結構なことですが、事例に挙げられている「労働条件について契約時の内容と実態の間で一定の相違がある場合」は、あってはならないことであって、転籍を認める理由ではなく、受け入れ企業による受け入れを禁止すべき事例だと思います。
もし、受け入れ企業の正社員としての長期的な昇進を望んでいるのであれば、外国人労働者もいったん就職した企業で我慢するということが必要かもしれません。しかしながら、「新たな制度」はあくまで「特定技能1号」を取得するまでの「人材育成」の制度ですから、賃金・労働諸条件、職場環境、教育訓練内容が劣悪な企業に外国人労働者を縛り付けておくべきではありません。法令違反や契約違反といった範疇を超えて、近隣の他企業に比べ賃金水準が低い場合など、「やむを得ない事情」を幅広く認めるべきだと思います。
「本人の意向による転籍」の「ア」と「ウ」については、その制限がなぜ必要なのか、意味不明です。「人材育成」の制度だから一定程度の技能に達するまでは一か所で、という発想は建前としては理解できるとしても、そうであれば「イ」だけでよく、それが1年以内か1年超かは、本人の実力次第です。また、いったん転籍の資格を得て転籍した者が再び1年間転籍できないというのも、合理的な説明のできない制限だと思います。
「人材育成」を目的とする「新たな制度」では、賃金・労働諸条件や職場環境が良好で、優れた教育訓練を行う企業にどんどん転籍させていくのが、その趣旨にかなっていると思います。「ウ」の制限は、良質な企業に外国人労働者が集中するのを阻止しようとする規制であり、断じて容認できません。
そして「イ」ですが、受け入れ企業がそもそも合格するような訓練を行わない可能性も否定できません。「本人の意向による転籍」が制度上は設けられていたとしても、有名無実になってしまわないよう、この1年経過の時点でも、合格率の低い受け入れ企業の排除を厳しく行っていく必要があります。
最終報告(たたき台)の「総論」部分には、「人材確保に関しては、人権の保護を前提とした上で、地方における人材確保も図られるようにする」という記載があります。人権の保護と地方における人材確保との両立が困難であることを認めている文章と判断せざるを得ません。地方で人材を確保するためには、外国人労働者を対象とした全国一律の特定最低賃金の創設なども考えられますが、そうした前向きな提言はなされていません。「新たな制度」が結局、さまざまな制限を設けて、転籍を事実上不可能とし、賃金・労働諸条件や職場環境、教育訓練内容が劣った企業にも外国人労働者が行き渡るようにする制度とならないようにしなければなりません。
送出機関の問題
外国人労働者の母国の送出機関が徴収する高額の手数料、保証金、違約金も強制労働の要因ですが、最終報告(たたき台)では、
*「二国間取決め(MOC)」の強化
*送出機関にかかわる情報の透明性を高め、監理団体などが質の高い送出機関を選択できるようにする。
*送出国間の競争を促進する。
*手数料を受け入れ企業と外国人労働者が適切に分担する仕組みを導入する。
といった対策が盛り込まれています。しかしながら、悪質な送出機関への対処を送出国に委ねるMOCが無力であることはすでに明らかです。送出国間の競争というのも、日本に送り出したい国、行きたい人が列をなしているならば競争も成り立ちますが、もはやそんな状況でもありません。
送出機関は送出国の公共職業紹介機関に限定すべきですが、それができない場合には、
*送出機関に対する手数料は、外国人技能実習機構を改組する「新たな機構」がすべて負担し、財源は受け入れ企業で按分する。
*保証金、違約金を盛り込んだ契約が発覚した場合には、当該送出機関からの新規受け入れを禁止する。
という以外にないだろうと思います。
今回の改正は、大幅改正ではありますが、本質的な問題点に切り込んだ抜本改正ではありません。これまでの人権侵害を踏まえ、徹底的に性悪説に立った制度設計が必要ですが、そうなっていない以上、「新たな制度」の利用が「ビジネスと人権」の観点から企業にとってきわめてリスキーであることを覚悟する必要があります。