(浅井茂利著作集)景気はコロナ前水準を見据える段階に
株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1656(2020年11月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利
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新型コロナ禍により、わが国経済は、まさに大打撃を受けています。しかしながら、一部で言われているようなリーマンショック(2008年)をしのぐ経済危機かというと、決してそんなことはないと思います。たしかに成長率こそ、リーマンショックを上回るマイナスとなっていますが、業種などによってばらつきがあるものの、全体として、回復は速やかなものとなっており、すでにコロナ前水準を見据える段階まで回復してきている景気指標も少なくありません。いたずらに悲観的になることなく、冷静な景気判断が必要です。
GDPはマイナス28.1%というけれど
2020年4~6月期の実質GDP成長率は、前期比年率でマイナス28.1%となりました。しかしながら、GDPが30%近くも消滅してしまった、というイメージを持つと、とんでもない勘違いということになってしまいます。前期比年率マイナス28.1%というのは、前期比の成長率マイナス7.9%が、もし仮に4四半期続いたらどうなるかという、ほぼありえない、架空の数字だからです。4~6月期における実質GDPの変化は、あくまで前期比ではマイナス7.9%、前年同期比ではマイナス9.9%です。
しかしながら、リーマンショックの際は、成長率のマイナスが最大となったのが、2009年1~3月期の前期比マイナス4.8%、前年同期比マイナス8.8%ですから、今回のマイナス成長がその時よりもひどいものであることは間違いありません。リーマンショック時と同様に製造業が打撃を受ける一方で、リーマンショック時には打撃が比較的軽微であった小売業・サービス業が激甚的な打撃を受けたことが要因です。
しかしながら、リーマンショックが信用秩序の崩壊による経済のシステミック・リスク(システム危機)であったのに対し、コロナ禍においては、政策対応もあり、少なくとも現時点で経済システムが毀損する状況には至っていません。
リーマンショックの際には、2008年度にマイナス3.4%、2009年度にマイナス2.2%と、2年連続でマイナス成長になりました。しかしながら今回の場合、2020年度はマイナス成長(10月時点の民間調査機関の予測の平均でマイナス6.1%)になるものと思われますが、2021年度にはプラス成長(同3.4%)に転じる見込みで、マイナス成長は1年でしのぐことができそうです。リーマンショック前の2007年度から2009年度にかけての2年間の累積の成長率は、マイナス5.5%ということになりますが、2019年度から2021年度にかけての成長率は、民間調査機関の予測の平均に従えば、マイナス2.9%ということになり、リーマンショック時の半分程度ということが言えます。
ちなみに最近5年間の成長率の平均は0.9%となっていますが、こうした成長力のトレンドは、基本的に維持されているのではないかと思います。
景気ウォッチャー調査はコロナ前の水準を回復
内閣府の「景気ウォッチャー調査」は、経済活動の動向を敏感に観察できる職種の人を対象にしたアンケート調査ですが、全員が「良くなっている」と判断すれば100、「悪くなっている」と判断すれば0になるというもので、従って、50が好不況の分かれ目ということになります。
緊急事態宣言下の2020年4月には、わずか9.5に低下していましたが、その後は急速に上昇し、9月には48.7とすでにコロナ前を超え、50まであと少しの水準まで回復しています。4、5月には、緊急事態宣言によって人や企業の活動が著しく制限されていましたので、宣言解除後の回復は当然と言えば当然ですが、落ち込みがリーマンショック時よりも大きかったものの、回復が迅速という点では、実質GDP成長率と整合性のある動きと言えるでしょう。
なお9月の時点で、飲食関連が51.7とやや高めの数値となっているのが気になりますが、アンケート調査ですので、現時点でできる範囲では、という判断がされているのかもしれません。そのほかの分野も、サービス関連が52.1、住宅関連が50.7、小売関連が47.6、企業動向関連が47.4、雇用関連が46.6と、いずれも50前後まで回復してきています。
鉱工業生産指数も比較的速やかに回復
鉱工業生産指数は、新型コロナ発生4カ月後の2020年5月には、発生前の8割の水準まで落ち込んでいます。偶然だと思いますが、ここまでの動きは、リーマンショックの際ととても良く似ていました。しかしながら、リーマンショック時には、そのまま低下が続き、発生前の7割の水準まで落ち込みましたが、今回は8割で下げ止まり、その後、回復に転じています。発生7カ月後の8月には、発生前の9割の水準に回復しています。
なお自動車関係については、新型コロナの発生前の4割台まで落ち込んでいましたが、その後急速に回復しています。
機械受注はようやく底打ちか
設備投資については、内閣府の機械受注統計(船舶・電力を除く民需)が先行指標とされていますが、今回の場合、米中新冷戦の関係から、もともと芳しくない状況が続いていました。新型コロナ発生により、受注はさらに落ち込み、2020年4~6月期には2.2兆円に減少しています。ただし、リーマンショックの際には、さらに減少が進み、1.9兆円程度で底這いが続きましたが、今回は、7~9月期にはわずかながら回復が見込まれる状況となっており、底打ちが期待されるところとなっています。
一方、工作機械の受注状況(日本工作機械工業会)は、新冷戦の開始が宣言された米国のペンス副大統領演説(2018年10月4日)以降、前年の6割という大幅な落ち込みが続いており、これにコロナ禍が加わって、2020年4、5月には、前年に比べ5割、前々年に比べれば3割強という水準まで落ち込んでしまいました。
しかしながら、ようやく回復傾向に転じるところとなり、9月には前年同月を100として85、前々年を100として55の水準となっています。
輸出も前年並み水準に近づく
新型コロナ禍によって、輸出金額は急激に減少しましたが、これもリーマンショックほどにはならなかったと言えます。当初はかなり近い動きを示しており、発生4カ月後の2020年5月には、前年比でマイナス28.3%にまで落ち込みました。しかしながら、リーマンショックの際には、前年比マイナス50%まで落ち込んだのに対し、今回はマイナス幅が縮小に転じ、発生8カ月後の9月には、マイナス4.9%と前年水準を見据える状況となっています。
品目ごとに見ると、非鉄金属の増加率が前年比41.2%、電気機器が1.0%とプラスに転じています。電気機器の中でも重電機器12.5%、電池6.2%、半導体等電子部品3.3%などが比較的大きな増加率となっています。輸送用機器は依然として前年割れとなっていますが、このうち乗用車は3.2%とプラスの増加率に転じています。
消費者物価のプラスは2021年度に
消費者物価上昇率(総合)については、2019年12月には前年比0.8%、2020年1月には0.7%と、最近では比較的高めの上昇率となっていました。しかしながら、その後、コロナ禍による需要減もあり、2月、3月は0.4%、4~6月は0.1%まで鈍化しました。7月には0.3%にやや回復したものの、10月には、昨2019年10月の消費税率引き上げの影響が加わることもあり、前年比上昇率がマイナスになってしまうものと思われます。2020年度平均の消費者物価上昇率は、民間調査機関の予測の平均でマイナス0.4%とされていますが、2021年度にはプラスになることが見込まれています。
冷静な景気判断を
マスコミなどが政府批判を強めているため、景気についても、やや暗めに報道されがちなのではないか、と筆者は感じています。政府批判の当否は別として、バイアスのかかった景気報道に左右されず、冷静な判断を行っていくことが重要です。
今後の日本経済がどうなるのかは、まったく予断を許しません。コロナウイルスがさらに強いものに変異し、感染がさらに広がり、緊急事態宣言が再び発令されるという可能性もありますし、2021年の早い時点と考えられていたワクチン接種が、実際にはいつから行われるのかというのも、重要なファクターです。
しかしながら、決して悲観的になりすぎることなく、DX(デジタル・トランスフォーメーション)、新冷戦、脱炭素といった大変革期を乗り切るべく、必要な研究開発投資、設備投資、そして「人への投資」を行っていかなくてはなりません。
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