修理の難しさ
”モノを大切に永く使う”を信条ともしているので、修理やメンテナンスはメーカーの務めであり責任だと考えています。一方で、修理を依頼される方がイメージされている修理と、メーカーのイメージしている修理とがかけ離れていると、トラブルの元になるので注意が必要です。
道具やうつわの修理・メンテナンスは、人間で言うところのお医者さんによる、手術をはじめとした外科治療に相当します。
修復 学術用語としての修理
文化財保護法では,第四十三条に「修理の届出等」という項目があります。学術的にみて文化財保護の観点からいう修理は、修復という言葉も多用されますが、「傷んだ箇所を直して,もとあったようにすること」を指しています。
じつはこの修理についても二通りの考え方があります。例えば築1000年の木造の歴史建造物を修復すると仮定します。1000年前に伐採された木と1000年前の技術と道具を用い、1000年前からそこにあったように故障直前の状態に戻すのか、現代伐採された木と現代の技術・道具を用いて故障個所を新しくするのか、どちらが正解かと思われますか?前者を想像される方が多いと推測しますが、じつは後者も理にかなった考え方です。建立当時はそもそも木材は新しかったわけですし、老朽して破損した箇所は新調しこれから先1000年も維持してゆくという考えに基づいています。永代に残してゆかねばならないものを、どう修復するか修復に携わる人々の主観も関係してきます。
修理 物理的な道具としての修理
もとあったようにすることではなく、道具として「問題なく長く使用できる状態にすること」も大切です。傷んだ箇所を切除して新しいものにつけかえることも多く、文化財としての価値についてはあまり考慮はしません。場合によっては、もともと製作されたときの新しい状態よりもさらに強く使いよく修理することもあります。長年の使用によって故障したということは、その個所はなんらかの想定外の力や摩耗、疲労が起こったという証拠でもあります。素材の選択が間違っていたり、物理的構造が甘かったりしたのかもしれません。現代のあたらしい素材を導入したり、あたらしい構造や加工法を取り入れたほうが良いことがあります。
測ることが難しい人の感情
人はモノに対しても、思い入れ、愛着、愛情など感情を移入するものです。こればかりは所有者本人にしかわからない感情です。思い出のつまったものを修理する場合、文化財としての価値や道具としての価値よりも、所有者の感情を重視して施工することもあります。修理を承るとき、この感情にも十分配慮せねばなりません。
とあるケース
上にご紹介した3つの要素に十分注意しながら、お客様とやりとりし修理を進めてゆくわけですが、施工したもののご納得いただけないこともあります。お客様がイメージしていたものと違っていたり、工法をご納得いただけなかったり。
最近の例を挙げますと、
・ご家族が使っていた銀製のウイスキースキットル
・遺品として手に入れたものの割れ、漏れがある
・漏れないように修理して欲しい
という、よくあるご依頼でした。スキットルはポケットに入れて持ち運ぶことが多く、ポケットに入れたまま椅子等に座ってしまうと簡単につぶれてしまいます。凹むだけなら良いのですが、たいていの場合ロウ付けで接合された底板の弱い部分の角が割れてしまいます。
一旦胴部から離れ(割れ)てしまった元の底板は通常、再度接合は出来ません。ロウ付け法をはじめとした熱間での接合は凹(谷)に火を当てることで接合しますが、スキットルの場合は内側の谷に火を当てることが出来ないため外側からの加工に限られます。すなわち最も弱い角の部分の「肉盛り」が出来ないのです。必然的に、一回り大きい新しい別の銀板を作り、底に接合することになります。
今回のご依頼に対し、今後全く問題なくご使用いただけるよう通常のセオリー通りの工法をとりお納めさせていただいたところ、どうしても元あった底板を再利用したいとのご要望に加えて、お許しを得ず元あった底板を使わず新しい底板を取り付けたことに対してのお叱りも頂戴しました。
しっかりと重みと肉厚のあるものなら、なんとか四苦八苦してでも接合が可能ですが、よくあるスキットルは暑さ0.5mm前後しかないぺらぺらのものです。どうにかして接合出来たとしても、上記の肉盛りが出来ずその接合はさらに薄く弱いものとなり、実際の使用には到底耐えられるものではありません。
今回は、すでに故障部を分解してしまっていること、確認を得ずに新しい板を取り付けたことに対する責任もありますので、なんとかご要望に沿うべく別の工法をとり修理を進めました。通常の修理にかかる時間が仮に丸一日だとすると、その5倍分は手間と時間をかけたかと思います。強度もそこそこ持たせ使用に耐えうる工事を施しました。しかも通常工法の工賃で。
多くの場合、修理をさせていただくとご依頼主様には大変喜んでいただいております。ご期待に沿えるべく最大限の努力はしますが、非常に難しいものだともご理解いただければ嬉しいです。
手仕事の次世代を担う若者たち、工芸の世界に興味をもつ方々にものづくり現場の空気感をお伝えするとともに、先人たちから受け継がれてきた知恵と工夫を書き残してゆきます。ぜひご支援ください。