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ベルが鳴る 《詩》

「ベルが鳴る」

僕等は同じ夢物語を見ている 

見ていたはずだった

唐突に電話のベルが鳴る 

何度も何度も ベルが鳴る

僕は其の電話に出る事は無かった

彼女からの電話だと言う事は
僕にはわかっていた


単調で無個性な雨が降り続いている

窓の外はいつも雨が降っている

雨を見ながら煙草を吸った

煙草には味が無かった 

きっと昨夜ウィスキーを
飲みすぎたせいだ

海辺のカフェ 僕の他に客は居ない

ウェイトレスも何をするともなく

ぼんやりと窓の外の雨を眺めている

僕は読みかけの恋愛小説を

テーブルに置いて珈琲を飲んだ

雨と灰色の雲が全ての景色を
消し去っている

いつもなら青い海と遠くに緑の島が
見えるはず

ウェイトレスはカウンターに頬杖をついて

ヒールの爪先で意味もなく床を何度か叩く

コツコツと乾いた音が聞こえる

白いブラウスに紺色のスカート

ベーコンエッグとガーリックトースト

特に食べたい訳ではなかったが
二杯目の珈琲と一緒に注文をした

其のウェイトレスは僕の好みから言えば

とりたてて悪い感じではない 

背はそれほど高くはない 

どちらかと言えば痩せてる方だと思う

美人と言えなくもない女性だ 

悪くない そんな風に女性を
見る事なんて久しぶりの感覚だ


食事を終えてレジで精算をする

今日は一日 雨降りの様ですよ

そうウェイトレスは僕に言った

付き合っていた彼女と別れてから
週末はいつも雨が降っている

週に一度のデートとセックス

別に其れが無くなったからって
死ぬ訳じゃない


長く降り続けた雨が紫陽花の花を
鮮やかに染めあげていた

確か六月 彼女は雨音は好きよ 

そう話していた

雨の匂いがする 

雨の匂いが
僕の身体に染み付いている

僕は彼女に電話をかけた 

電話は繋がらない 

何度も何度も僕の手の中で
電話の信号音が鳴り続けている

其処に彼女が居る事は

僕にはわかっていた 

電話の前に彼女が居る事を 
はっきりと感じる

彼女の部屋の電話のベルが鳴る 


地面を眺めながらすれ違う男と女

雨は降り続いている


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