不確かな世界の入り江 《詩》
「不確かな世界の入り江」
僕は長く歩き続けている
そしていつしか時の流れに
取り残されたまま
眠りについた様な
静かな入り江に辿り着いた
海面に小さな波 其れは細々とした
命脈を保っている様に見えた
入り江には白と青の帆を張った
ヨットが停泊し
マストがゆっくりと揺れている
風は無い
岸壁の陽だまりで
猫が丸くなって眠っていた
ずっと先の岬の先端に
真っ白な灯台が見える
僕はただ
ぼんやりと其の景色を長い間 眺めてる
此の場所では
時間は雲の流れに合わせて
進んでいる様に思えた
夜になれば優しい月の光が降り注ぐ
僕等の生きて来た世界が
こんな穏やかな場所であったなら
きっと全てが上手く行っていたはず
理由は無い 漠然とそう感じる
僕は彼女を探している 求めている
もう一度 君と そう言った僕に
彼女は
何度も貴方の名前を呼んだのよ
何度も何度も
だけど振り返りもせずに貴方は
歩き去って行ったのだと
もう駄目だと思ったの
もう全てが遅すぎるの
新しい人を知ったと
彼女はそう答えた
あの頃の僕は
自分の事しか考えられず
目の前にあるものしか見えず
大切なものを
見失っていたのかもしれない
貴女を台無しにしてまで
僕が手にしたものとは
いったい何だったんだ
わからない
自問自答を繰り返した 悪夢を見た
そして僕は最果ての不確かな
場所にある入り江へと向かった
自ら選び望んだ答えだ
いつまで待てば貴女に逢えますか
何処まで歩けば貴女に逢えますか
もう一度 微笑んでくれますか
僕の記憶に蓋をする様に
夜になると雲が出て
月をその奥に隠す
朝方には雲は消えている
そして
月の優しい光も消えている
僕は独り 此の入り江で
レイモンド • カーヴァーを読んでいる
君の言葉以外 誰の言葉も届かない
死ぬほど深い夜の闇
また今夜も浅い眠りに揺られる
目に見える形を失くした
僕の意識だけが
いつまでも貴女を求めている
不確かな世界の入り江の側で