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テディ ボーイの月 《短編小説》

「テディ ボーイの月」

私はこうして職をみつけました…
とか

そんな事が書かれた紙が
掲示されている職業安定所の前を
歩き通り過ぎる

ボディに凹みのある汚れた
サーブ900ターボのカブリオレが
派手にクラクションを鳴らす

おい、ひき殺す気かよ 糞野朗! 

そう薄汚れたサーブに向かって
叫んだ

車の幌を開けて 
窓の外に片手をだらんと出して

指先に持っていた煙草を
アスファルトに叩き付ける様に
弾き飛ばす

サングラスをかけた男が唇を歪め
何かの歌を唄いながら
サーブを走らせていた

こんなガラの悪いサーブ乗りを
見たのは始めてだ

だいたいサーブって
面じゃ無いだろうによ

スウェーデン車ってのは
紳士が乗るもんだぜ
サーブにしてもボルボにしても

俺は其の道を横切り地下鉄の
駅へと向かった

駅の階段を降りてコーラの
自動販売機の横にあるベンチに
座っていた

どうでも良い様な
面倒くさい事ばかりだ

取引先の某団体との些細な
食い違いがトラブルを
巻き起こしていた

社会的に言えば 
そう言う言い方になるだろう

そんな訳で呼び出しだ 
エマージェンシー コールと言う訳さ

命までは取られないだろう

好きにすればいい どうぞご勝手に 

そんなヤケクソな気分で電車が
来るのを待っていた

しばらくすると 革のジャンパーに
細身のズボンを履いた
ティーン エイジャーの一団が
バタバタと階段を降りて来た

一目でテディ ボーイとわかる
いでたちだ

テッズ達は変わるがわる
駅の鏡に自らの顔を映し

ヒップ ポケットから
飛び出しナイフの様にパチンと
音をたてて
出てくるクシを取り出して

リーゼントの髪を整えていた

ガムを噛みながら煙草を吸い
煙を吐き出して

仲間同士がお互いに猥褻な言葉を
投げかけ合って遊んでいる

やがて地下鉄の電車が来ると

俺と其の一団は一緒に
車両内に乗り込んだ

俺の隣に座ったテッズは
にやけた顔をして

オイラの趣味はダンスと文学だと
話しかけて来た

誰だコイツ 訊いてねーよ 
そう思ったが

俺等は其処で 地下鉄の車内の
椅子に座って話をした

特に始めて出会った奴と話しなんて
するつもりは無かったのだが

俺は其奴の話をずっと聞いていた

其れは彼奴が月 
そう言って来たからだ

俺は最初 月? 
そう彼に訊き返した

彼は そう月だよ
太陽の次にもっとも大きく
見える天体

地球唯一の衛星さ 地球のまわりを
西から東にかけて
軌道を描き回り続ける

周期は暦上の一カ月より僅かに短い
月の満ち欠けの周期と
月の公転周期が僅かにズレるんだ

地球は公転してる 
だから必ずズレが生まれる

一年をかけて回転しながら
地球に同行するんだ

わかるかい月だよ 

俺達は皆んな月なんだ
月は月でしか無い 俺もお前も

彼はガムをクチャクチャ噛みながら
そう話す
ジューシー フルーツ ガムの
甘い匂いが俺の鼻につく

彼は俺に欲しいのか? 
そう訊いて来た

何も答えずに黙っている俺の手に
ガムを握らせて

欲しい物は欲しいっ言いなよ
思ってるだけじゃ伝わらないぜ
そう言った

俺は別にガムが欲しい訳じゃ
無かったが 
其のガムをズボンのポケットに
入れて有難うな そう言った

俺は14番目の駅で地下鉄を降りて
階段を登って外に出た
風は少し肌寒く思えた

空には薄っすらと消えそうな月が
貼り付いている
剥がれない様に必死に
貼り付いている様に見えた

月か…俺はそう小さく呟き
某団体の事務所へと向かった

事務所の机の上には
まな板とノミとハンマーが
並べられて準備されていた

吐き気がするぜ 糞ったれが!

まぁ 
そう言う会社だから仕方ないよな

よく逃げずに来たな小僧 

そう某団体関係者が
俺に向かって言う

糞が!何が小僧だ! 
俺が若いからって
舐めてんじゃねーぞ!

心の中で何度もそう叫んでやったよ
面と向かって言える訳ねーよな

ヤレよ 
そう言い返す事しか出来なかった

後日 其の某団体の売り出し中の
幹部連中がやってきて

律儀にも小さな瓶に入った
ホルマリン漬けの俺の一部を
置いて帰りやがった

今更 要らねーよ そんなもん

捨てちまおう 
そう思ったが気が変わったんだ

俺には弟が居た 
俺の大好きだった連れ 
歳下のジャンキー

人なつっこくて弟の様に
可愛がっていた男が居たんだ

弟のバラバラに小さく砕かれた骨を
俺は泣きながら海に沈めた

そう去年の暑い夏の日だった

俺は弟の海に行き 
俺の一部が入った小さな瓶を
沈めたんだ

俺がそっちに行くまで
持っていてくれよな 

そんな想いからだ

俺には其れしか思い浮かばなかった

どうして良いのか 
わからなかったんだ

暴力と狂気の波が押し寄せては
精神崩壊の瀬戸際の波紋が
終わる事無く続いていた

もう随分と前の話しだ

今夜は少し肌寒い風が吹く

車の開けたサンルーフから
空が見える

星の少ない薄汚い都会の夜空だ

いつか見た様な消えそうな月が
まだ其処に必死で貼り付いていた

お前 僅かにズレるんだってな…
知ってるぞ

そう月に向かって俺は呟いた

月はただぼんやりと輝き
風だけが強く吹き付けている

俺もお前も皆んな月なんだ 
わかるかい…
あのテディ ボーイの声が聞こえた 
そんな気がした

俺はサーブ900ターボ 
スリードアクーペの
サンルーフを閉めて
走り出した 

弟の海が見たくなったからだ

風を受け走り続けた

バックミラーには月が映っている
何処まで走っても月は
俺に付いて来る

風と月か… 俺はそう口に出して
何度も話しかけた

誰にだって? さあね 
お前達には関係ない話しだ

スコッチとバーボンどっちが
好きかなんて言ってたよな

俺の好きなカティーサークと
お前の好きだったジムビーム 
懐かしいよ

過去を理解すればこそ 
未来ってやつが見えて来る

そうだろう 
月は何も答えてはくれなかった

絶望とか孤独とか 
そんなものは言葉じゃ言い表せない

もう何の役にも
たたなくなってしまった
無秩序な風が無意味な
行動形式の様に吹き付けている

僅かにズレ始めた月は 
まだ其処に必死で貼り付いていた

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