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No Man’s Land 《短編小説》

「No Man’s Land」
 - 針を持たない時計 -

僕は夢を見ない 

とは言っても学者の説によれば 
世の中に夢を見ない人は
一人もいないらしい

実際には僕だって夢を
見ているのかもしれ無いけど

朝起きた時には僕の頭の中には
夢の記憶など一切留まっていない

僕の夢の記憶は虚無の中に
吸い込まれて
消えて行ったのだろうか

もしかすると記憶として
留める事自体が不適切である為

無意識のうちに
消されているのかもしれない

そんな僕が夢を見た 

ハッキリと覚えている

知らない世界の知らない場所に
僕独りが存在していた

僕の他には誰一人として
人間は居なかった

針を持たない時計が
静かに動き続けている

僕は其の場所を
「No Man’s Land」と名付けた

さあ 行こう 君と其の場所へ

「No Man’s Land」
 - 黒く輝く石 -

酷く疲れ切っていた

帰宅したら 
着ていた服を脱ぎ散らかして

手も洗わすにシャワーも浴びずに
ウィスキーの水割りを三杯程 
身体に流し込み

ベッドに身体を沈めた

テレビは消し忘れていた 
其の事には気付いていたけど

もう起き上がりテレビのスイッチを
切る元気すら無かったんだ

浅い眠りが繰り返す 
夢を見ているのだろうか
それとも現実なのだろうか

路上に無数に放置された
ビールの缶 

僕は其の空缶を蹴り上げながら
通りを歩いている

街路樹は見た事も無い歪な形に
枝を伸ばし 
葉は一枚も残って居なかった

僕には其の枝が
無数の蛇の様に見えた

ショーウィンドウの中では
瞳の無いマネキンが僕を見ている

気絶してるのか 

青白い顔で全く表情も温度も
感じられない

僕は通りに面した薄汚いビルの中に
入って行った 

誰かの声が聞こえた気がしたからだ

僕の名前を呼んでいる様に聞こえた 

わからない 
ハッキリとは聞き取れない

僕を嘲笑う声が聞こえた 
その声は
不愉快極まり無いものだった

何処だ 何処に居るんだ 

誰なんだ 誰も居ねーのか!
僕は何度も叫んだ 

部屋の中をあちこち歩き回った
其の不愉快な声を頼りに

見つけたぜ  

部屋の片隅に姿見出来る程の
大きな鏡を見つけた

鏡の下側半分程度が鈍く光っている

其の声は鏡の中に居る 
男から聞こえる 

その部屋は暗くて鏡の上側は
何も映っていない
黒い影の様に見える

まるで顔の無い男の様に見えた 

暗闇で目を凝らす 
意識を集中した 駄目だ

其の男の顔がよく見えないんだ

兎に角 僕は腹が立っていた 
ぶっ殺してやりたい気持ちで
いっぱいだった

其の男の笑い声に敗北と絶望 
そして失望を見たんだ
衝動的な殺意が稲妻の様に
身体を貫く

僕は大きくて黒い石を 
手に握りしめていた 

思いっきり鏡の中に居る奴に
ぶちかましてやったんだ

僕は石を使ったのさ

そう結構 綺麗な石だった
君にも見せてあげたかったよ

部屋に居るのは僕独りだ 

僕を嘲笑う声は
もう聞こえては来ない

黒く輝く石が床に転がる

無数の鏡の破片と
横たわる男の影を見た

ずっと僕は
No Man’s Landを探していたんだ

「No Man’s Land」
 - シャンデリアと
    ステンドグラス -

長く暗い夜 舞い降りる粉雪

春を思わせる桜色で指先を飾る

誰の為に…
そう考えると余計に淋しくなった

違うな 桜色のマニュキアを
落として淡いブルーの
マニュキアを塗る

うん 上手く塗れた 
しばらく自分の指先に見惚れていた

12月クリスマス前と言う事もあり
街には恋人達が溢れていた

強く手を繋いだ恋人達なんて
見たくは無かった

明日は東京を離れて何処か
遠くまで行きたいな

ひとりで電車に乗って 
山間の街とか良いかもね 

自分の時間を満喫するの 
決めたそうするわ

朝早く私は目覚め 電車に乗った 
少しでも都心を離れたかった

とある駅から二両編成の
在来線に乗り換えた

行き先なんて何処でも良かった

電車の車窓から景色を眺める

ひとり またひとり 
電車から降りて行く人を眺めていた

気が付いたら 
此の車両には私ひとりになっていた

少し怖くなって隣の車両を
覗いてみたけど

やっぱり人は誰も居なかった

もう降りなきゃ 
私は次の停車駅で電車を降りた

不思議な事に其の駅には
名前が無かった

えっ なんで? 
名前の無い駅なんて…

電車を降りて改札に向かう

其処には駅員さんも誰も
居なかった 無人駅なんだね
そう思って切符を改札にある箱の中
に入れて外に出た

やっぱり誰も居ない 
辺鄙な場所まで来てしまった事を
少し後悔した

駅から眺めた街 
遠くに教会の十字架が見えたの

うん 行ってみよう

そう言えば 
私がまだ小さな子どもの頃 

よく おばあちゃんに教会に
連れて行ってもらった事を
思い出した

何処の教会だったのかは 
わからない 覚えていない

私もまだ小さかったし 
おばあちゃんも数年前に他界して 
その場所を聞く事も 
もう出来ないんだな

そんな事をなんとなく思っていた

教会の前には小さな
小川が流れている 

其の流れる水に落葉樹の葉が
流されて行くのを見た

此処は前に来た事がある 

そう 
おばあちゃんと一緒に来た教会

違うかな? 
幼き日の記憶の断片を
心の抽出しから丁寧に取り出す

うん 間違いない 
おばあちゃんの教会だよ

私は凄く嬉しくなった

教会のドアを叩き 
誰か居ませんか? こんにちは

そう何度も声をかけてみたけど
誰も居ない様子だった

私はおそるおそるドアを
開け中に入った

東側に面した壁には沢山の窓
其の全ての窓にはステンドグラスの
装飾が施されていた

差し込む太陽の光が床に綺麗な
色合いの模様を映す

教会の中には小さな石油ストーブが
あり火が灯っていた

暖かい 凄く暖かい 

何故だろう 
私は有難うね おばあちゃん 
そう誰も居ない教会で 
おばあちゃんに話しかけていた

石油ストーブで身体を暖めながら
ふと天井を見上げると 

其処には古びたシャンデリアが
取り付けられていた

教会にシャンデリアなんて!
どうしてだろう

電球を灯す為のスイッチを
探したけど何処にも無いの

だいたい あのシャンデリアには
電球が付いていないのかもしれない 
そう思った

其れもかなり高い位置に
取り付けられているから
電球もシャンデリアの取り付け部も
良く見えなかった

余りにも高い位置にある為に光を
受ける事も無く
輝く事すら無い 

なんだか私みたいだよね 
おばあちゃん

そうシャンデリアに話しかけた

あれ! 揺れた 
ほんの少しだけどシャンデリアが
揺れたの

ねぇ もっと下まで来てよ 
おばあちゃん

何度もシャンデリアに
話しかけたけど 
小さく揺れるだけで

私の手の届くところまでは
降りてこなかった

もう 此処まで来たら太陽の光を
受けて輝く事が出来るのにね

本当に言う事を聞かないところも
私似だよね おばあちゃん

そう言って笑い 
揺れるシャンデリアを見ていた

教会の中は 暖かくて気持ちよくて 
つい うとうとして
眠ってしまってた

何処からか声が聞こえたよ

懐かしい声だった

私が忘れるはずないよ 
おばあちゃんの声だもん

そろそろお帰り 日が暮れる前に
そうしないと帰れなくなるよ

優しい声だった 

本当に おばあちゃん

電車が無くなるのかな?
そう訊いた私に おばあちゃんは
何も答え無かった

石油ストーブはもう消えていた
少し臭いストーブの匂いが
教会の中に立ち込めている

また来るね おばあちゃん 

そう言って天井のシャンデリアを
見ようと上を向いた

えっ! 
其処にはシャンデリアは無く
宗教画の描かれた天井だけがあった

嘘、夢、私の夢の中で
見た事なのかな

そう思いながらも おばあちゃん 
さよなら またね

そう言って教会のドアを開けた

空には薄っすらと淡いブルーの
歪な形をした月が浮いていた

ブルー 私はそう言って
月に手を伸ばした

其れは丁度 
私のマニュキアの色と
同じ色彩だった

繋がってる 
心の中で小さくそう呟いた

名前の無い駅から電車に乗った
来た時と逆に行けば良いだけだもん 
大丈夫

私は私にそう言い聞かせた

少し不安だったのは 
電車の中に
私以外の人が誰も居ない事

何故? 都心に近づいて来ても
山手線に乗り換えても
電車の中には私ひとりなんだ 
あり得ない

私は気が動転していた
こんな事ってあるはず無い

渋谷で降りて街に出た 

いつもと同じ渋谷だよ

ハチ公前に109 スクランブル交差点
何処にも人が居ない

まさか此処が 
あのNo man’s Land

そう囁き空を見上げた 
もしかしたら
あの おばあちゃんの
シャンデリアが
空からぶら下がってるのが
見えるかなって思って

そんな訳無いよね ある訳無いよ

スクランブル交差点の信号が
青に変わった

私は誰も居ない渋谷の交差点を
歩き出した

私の背後の空高くには
淡いブルーの歪な形をした
月が輝いていた

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