怒りについて 怒りは二次感情
怒りというのは興味深いテーマです。
怒りを抱き続けるのはそれだけで病的といわれています。
個人的には、その人がどれだけ幸福かどうかは、どれだけ怒っていないかをみたらいいんじゃないかとも思います。
それだけ、怒りは我々の幸福度と関係があります。
今回のテーマは「怒りは二次感情」です。
一次感情と二次感情
出来事に対する私たちの最初の反応は、一次感情 (primary emotion) と呼ばれています。
これらは、即座に出てくる気持ちで、自動的に生じます。
心配だった、不安になった、恐ろしかった、寂しかった、悲しかった、がっかりした、嫉妬したなどです。
一次感情は、自動的に出てくるので、自分で選んだりすることができません。
一次感情に対する感情的反応として、二次感情 (secondary emotion)というものがあります。
つまり、二次感情とは、自分の気持ちについての気持ちです。
代表的な二次感情に「怒り」があります。
例えば、ウエイトレスがコーヒーをこぼして、自分のズボンにかかってしまった場面を考えてみましょう。
まず感じることは、
「熱い⇒不快」
「クリーニング代金がかかる⇒不安」
「染みがついたらどうしよう⇒不安」
「どうしよう⇒家に帰るか、買って履き換えるか、拭くだけでそのまま過ごすか⇒不安」
「運が悪い⇒落胆」
「責任はウエイトレスにある⇒非難」
などなど。
いろいろな一次感情が湧きだすと思います。
しかし、ここでは「怒り」は生じません。
一次感情に対応する形で「怒り」という二次感情が出てきます。
二次感情の目的を考える
分かりにくい部分かもしれないので、もう少し詳しく解説します。
先ほどの場合の怒りの目的を考えてみるといいでしょう。
もしも怒るとしたら、何に怒っているのでしょうか?
コーヒーの染みでしょうか?不注意のウエイトレスでしょうか?
怒った結果、何を手に入れたいのでしょうか?
染み抜きをしたいのでしょうか?時間を巻き戻したいのでしょうか?
怒るとしたら、「俺をなめるな」「クリーニング代を出せ」「責任をとれ」といった感情なわけです。
ズボンがコーヒーによって汚れたことに対して怒っているわけではないのです。
(ズボンが汚れてしまったことに対しては「悲しみ」「驚き」「不快」といった感情は一次感情として出てくると思いますが、「怒り」は出てこないということです)
つまり、威厳を保つ・弁償の強要・復讐といった思惑があるのです。
そして、怒りのもとになった感情は、舐められた・被害をうけた・やり返したいといった一次感情なのです。
一次感情が生じてしまうのは仕方のないことですが、二次感情として怒りを爆発させてしまうのは考え物ですね。誰も得をしませんし、むしろ事態を悪くしてしまうこともあるでしょう。
穏便に、「話せば伝わる」と思いながら冷静に対処したいものです。
二次感情は出し入れが可能
怒りが二次感情である証拠の一つに、出し入れができるという特徴があります。
子供に怒っていたお母さんも、電話がかかってきて応対することになれば、急遽怒りをどこかへしまい込み、電話では穏やかに話すことができます。
そして、電話が終われば再度怒りを出して、子供を叱ることができるのです。
悲しい、辛い、嬉しいといった一次感情は出し入れができませんから例え電話がかかってきても悲しい、辛い、嬉しいままです。
つまり、出し入れができる感情が二次感情で、出し入れができない感情が一次感情という区別もできます。
ワーク
「殴られたから怒った」という人に対して、怒りは二次感情と説明しようとしたところ、「殴られたら怒るだろ?怒りは一次感情なんじゃないの?」と言われました。
あなたならどう説明しますか?
答えは書きませんが、皆さんぜひ考えてみてください。
キーワードは
「殴られた痛みに対して怒っているのか?」
「拳が自分にぶつかったという事実に対して怒っているのか?」
「何かほかにないがしろにされたことはないか?」
「自分の尊厳、プライド、安全、平穏など脅かされているが、それに対する怒りではないか?」
まとめ
怒りは二次感情
二次感情とは、自分の気持ちについての気持ち
怒りのもとになった感情は、舐められた・被害をうけた・やり返したいといった一次感情であることが多い