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アルジェリア植民地戦争(ムクラーニーの反乱)の描かれ方

西願広望「ユーグ・ル・ルー『時の主人』(1897年)とフランスの植民地主義―アルジェリア植民地戦争の描かれ方」『世界史研究論叢』第14号、2024年。

ようやく活字になった。
その〈さわり〉を紹介しよう。


脱「人間がいない歴史」

「歴史教科書」が「歴史小説」に比してつまらないのは、「人間がいない」ことに因る。
問題とすべきは、そこで言われる「人間」とは何かである。

19世紀末の「植民地史」には、しばしば人間臭い人間がいない。
悩み、過ちを犯しながらも、前に進もうとする、人間がいない。
歴史の先生が繰り返し拡大再生産するのは、既にじゅうぶん戯画化された「悪い白人」と「かわいそうな先住民」のイメージだけだ。

しかし当時の小説を史料としてみたらどうだろう。
そう思って、僕はユーグ・ル・ルー著『時の主人』(1897年)を読んでみた。
この小説では、1871年春のアルジェリア先住民首長ムクラーニーの反乱を扱っているのだが、登場するフランス人のすべてがすべて最初から最後まで正しい人間ではないし、登場する先住民のすべてがすべて粗野な悪人でもない。おそらくそのような描き方では読者に興味をもって最後まで読ませることはできないと、著者は思ったのだろう。

女性の役割

ル・ルーは、先住民のすべてが粗野な悪人ではなかったとする。
例えば本の題名の「時の主人」とは、叛徒の長ムクラーニーを指す。彼は、たとえ相手がフランス人でも弱者をいたわり、友情にあつい武人貴族として描かれている。

おそらくフィクションだから、読者が共感できる人物を多数登場させることができたのだろう。
例えばフランス人男性と結婚した先住民女性ヌーラ。彼女は部族の名誉を汚した罪で部族の裁判にかけられる。奉行が罪状を述べる中で「ヌーラはフランス人男性によって誘拐された」と言うと、彼女は「あたしは自らの意思で従ったんだ。彼の腕で眠りたかったから」と反駁した。

ル・ルーが描く女性は能動的だ。
例えば主要登場人物であるフランス人植民者の母娘。
母の行動原理は名誉であり勇気である。
彼女は自分の夫に言う、「(先住民の一斉蜂起が起きそうだから)あなたはここに残るのね。(中略)もしもあなたが違ったふうに行動したなら、20年の共同生活で私はあなたを誤解していたと思います。けれどあなたが御自分の名誉を大事にすることを私は尊重しますから、私がまた自分の名誉を大事にするからといって気を悪くしないでいただきたいの。(中略)孤立したすべての農場には女性がいます。彼女たちが、私が逃げだしたと話す光景を、私は目にしなければならないのでしょうか。」
結局、彼女は夫ともに先住民に攻囲されながらも、フランス軍が救援に駆けつけるまで、負傷者を看護して戦い続ける。
 
この植民者の夫婦が娘コロナの結婚相手について言い争うシーンがある。夫が娘にふさわしい男性を探してやらねばと言うのに比し、妻は反論する、「コロナの心を決める権利があるのは、世界にただひとり、それは彼女自身です。」
母は娘を自立した女として育てている。
 
そんなコロナは先住民の一団によって部族の村に拉致されるが、そのリーダー格の男が彼女に接吻しようとしたとき、彼女は彼の短剣を奪って身を守った。そして彼女は男に言った、「さがれ。」
 
女性でさえもが、ただただ「清楚で可愛くおとなしく、パパと夫の言いつけには黙って服従する」だけでは生きてゆけない-、それがル・ルーの描いた植民地なのだ。

「文明化の使命」に基づかない植民地主義

19世紀末のフランス植民地主義のイデオロギーは「文明化の使命」であったというのが通説である。
しかし僕は「文明化の使命」だけが、当時の植民地主義のイデオロギーだったとは思わない。実際ル・ルーが書いたものには、まったくもって「文明化の使命」の痕跡がない。ちなみに彼は1920年から25年までは上院議員、とりわけ植民地高等評議会のメンバーだった人物である。
にもかかわらず、彼は「文明化の使命」に対し完全なまでに無関心なのだ。
おそらくそんなもの、どうでもよかったのである。

彼にとって大事なのは、植民地という空間で、フランスのブルジョワの若者たちが自己責任と自己決定権でもって、自分の才能を思う存分、開花させることであった。伝統的社会結合関係からは無縁な植民地という場所だからこそ、それは可能に思われた。
しかしながら自分を大事にしすぎてエゴイストになってほしくはなかった。
だから個人に立脚する倫理、すなわち名誉・勇気・自己犠牲を尊ぶ「騎士道精神」を大事に生きてゆくよう、若者に教え諭すため、ル・ルーはペンを取ったのだった。

詳しくは、僕の書いた論文を読んで欲しい。
ある先生によると、読み始めると「わくわくして」、夜、眠られなかったそうだ。


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