日本酒・焼酎のユネスコ無形文化遺産登録に向けた動きについて(最後に粕取焼酎も出るよ。)

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
本note及びTwitterアカウント「正調粕取.net」を開設したのは、昨年のちょうど今頃のことでした。
ニッチな分野ですが、皆様との楽しい交流があったからこそ、細々と続けて来られたのだと感謝しております。
今年もネタが続く限り続けて行きますので、宜しくお願い申し上げます。

さて、年始一発目からお堅いネタですが、当方らしい「オチ」を用意しておりますので、最後までお読みいただければ幸いです。

■はじめに:日本酒・焼酎と無形文化遺産

つい先日、日本酒・焼酎の関係者や愛飲家とって大きなニュースが飛び込んできました。
菅義偉首相が1月18日の施政方針演説で、日本酒や焼酎について国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産への登録を目指すと表明したというものです。

私こと、正調粕取研究ノートの中の人(Twitter:@wassy1974)は、副業の日本酒ライターの活動としてこの動きを追っており、昨年の春に日本酒メディア「SAKE Street」に解説の記事を寄稿しました。

日本酒、焼酎、無形文化遺産の3つ分野に強い関心を持つ者として、私は登録に向けた動きを応援し、その実現を強く願っています。
そして、願っているからこそ、「このままでは実現が危ういのでは?」という懸念を持っています。

本記事では、この「懸念」を整理し、自分なりの提言を試みたいと思います。

(以下の情報・データ等は、全て2021年1月現在のものです。)

■予備知識:「世界遺産」(形あるもの)と「無形文化遺産」(形なきもの)

ユネスコの「遺産」と言えば、代表的なものとして「世界遺産」と「無形文化遺産」があります(他にもありますがここでは割愛)。
そして、酒類に関する遺産は、その内容に応じて、どちらにも登録事例があります。

皆さんも良くご存じの「世界遺産」は、自然の絶景、歴史的建造物などの「形あるもの」を対象としています。
酒類に関する代表的なものとして、次の物件が登録されています。
・ボルドーのサン・テミリオン地区の歴史的建造物とブドウ畑(フランス)
・ピエモンテの葡萄畑の景観(イタリア)
・メキシコのリュウゼツラン畑とテキーラ蒸留所の景観(メキシコ)
他多数

一方、「無形文化遺産」は、祭り、儀式、伝統工芸技術、食文化などの「形なきもの」を対象としています。
酒類に関するものとして、これまで以下の3件が登録されています。
・古代ジョージアの伝統的なクヴェヴリワイ​​ン製造方法(ジョージア)
・ベルギーのビール文化
・フフールのアイラグ(馬乳酒)製造の伝統技術と関連の習慣(モンゴル)

日本政府は、後者の「無形文化遺産」(形なきもの)として、「日本酒・焼酎の伝統的な醸造技術」の登録を目指しています。

■「日本酒・焼酎」をセットで扱うことへの疑問

ここで注目したいのは、政府が、日本酒と焼酎がともに「麹の酒」であるという共通点に着目し、セットとして登録を目指す方向で検討していることです。

「政府は日本酒や焼酎について、こうじを使った伝統的な醸造技術として申請する方向で検討。」
(出典:日本農業新聞ウェブサイト https://www.agrinews.co.jp/p52979.html

一方、私は、この「日本酒と焼酎をセットにすること」は、あまり得策ではないと考えています。
その理由は、このことが、無形文化遺産で重視されている「コミュニティ」という概念にうまくフィットしないと考えられるからです。

では、「コミュニティ」とはいったい何でしょうか?

無形文化遺産の理念や制度を定めた「条約」の十五条では、「コミュニティ」について次のように言及されています。

第十五条 社会、集団及び個人の参加
締約国は、無形文化遺産の保護に関する活動の枠組みの中で、無形文化遺産を創出し、維持し及び伝承する社会、集団及び適当な場合には個人(←これが「コミュニティ」)のできる限り広範な参加を確保するよう努め並びにこれらのものをその管理に積極的に参加させるよう努める。
出典:「無形文化遺産の保護に関する条約 - 仮訳」(文化庁)

「コミュニティ」の定義は厳密に定められている訳ではなく、具体的な内容は、当事者が実態を踏まえて設定することとされています。
例えば、2012年に登録された「那智の田楽」(和歌山県)の「コミュニティ」は、地元の小さな団体である「那智田楽保存会」です。
一方、2013年に登録されたです。「和食;日本人の伝統的な食文化」の「コミュニティ」は、「日本国民」です。
「コミュニティ」のサイズ、構成等は様々であり、そうした外見的な特徴よりも、「実質的に誰にとっての文化遺産であるか」ということが重視されると言えます。

そして、なぜ「コミュニティ」が重視されているかというと、無形文化遺産というものが、祭り、儀式、伝統工芸技術、食文化などの「形なきもの」だからです。
「形あるもの」である世界遺産(自然の絶景や建造物)は、人々がいなくなっても当面は存続します(もちろん時間とともに劣化し、いつかは無くなることもあります)。
一方、「形なきもの」である無形文化遺産は、それを担う「コミュニティ」と一体であり、人々がいなくなった瞬間に文化遺産も失われてしまいます。
例えば、近年の日本の地方では、住民の減少や高齢化によってお祭りなどの継続が困難な地域が増加していますが、これは、まさに「形なき遺産」と「コミュニティ」の関係性を示すものだと言えます。

私の懸念は、この「コミュニティ」(=誰にとっての文化遺産であるか)という視点から見た場合に、日本酒と焼酎をセットにするのは無理があるのではないかということです。

■日本酒と焼酎の「コミュニティ」の違い

では、日本酒と焼酎の「コミュニティ」について考えてみましょう。

日本酒は、47都道府県全てに製造場があります。しかし、沖縄県と鹿児島県は各1箇所、宮崎県は2箇所と非常に少なく、南九州・沖縄は造り手・飲み手ともに少ない地域だと言えます。
一方、焼酎も、意外に思われるかもしれませんが、47都道府県全てに製造場があります。しかし、その多くは九州に集中しており、製造量や消費量ベースで見るとさらに九州への集中度が高まります。
つまり、日本酒の造り手・飲み手は概ね九州北部以北、焼酎の造り手・飲み手は九州に多く分布しており、両者には「地域の違い」があります。

コミュニティを規定する要素は様々ですが、「地域」はその中で最も重要なものの一つです。
日本酒と焼酎の造り手・飲み手の分布が地域によって違うことの背後には、土地ごとの気候風土、長年にわたる歴史の蓄積などがあります。
「地域の違い」は、日本酒と焼酎の「コミュニティ」が異なることの有力な証拠だと考えられます。

では、政府が日本酒と焼酎の共通項だと見なしている「麹」は、日本酒と焼酎の「コミュニティ」を結びつける力を持っているのでしょうか?

私は、日本酒と焼酎の双方において「麹」が重要な共通項であり、しかも、これらの製造における「肝」であることは十分に理解しているつもりです。
過去のnoteにおいても、日本酒と球磨焼酎が「麹(黄麹)」というルーツを共有する「兄弟」だと考えていることを書きました。

一方で、現代の焼酎・日本酒製造におけるる「原料生産」から「消費」までの一連のフローの中で、麹が直接かかわるのは「製造工程のごく一部」でしかありません。
「麹」という共通項によって、南九州の多くの人々が「日本酒も自分たちの文化だ」と思えるか、九州以外の多くの人々が「焼酎も自分たちの文化だ」と思えるかと言われれば、それはかなり厳しいと思います。

もし日本政府が日本酒と焼酎をまとめて提案れば、ユネスコの評価機関から「異なるコミュニティに属する2つのものがパッケージされている」と見なされ、登録に疑問を呈されてしまうのではないか、と危惧するのは私だけでしょうか。。。

(なお、「醸造酒」である日本酒と、「蒸留酒」である焼酎をセットにすることへの違和感も大きいですが、それは無形文化遺産の理念や制度と関係しないため、敢えて本記事では深堀りしません。)

■背後にある「大人の事情」

日本酒と焼酎の「セット化」の背後には、これらが「麹の酒」として共通の文化を持つことに加え、他の現実的な事情も大きいと想像されます。

日本酒業界にとっても、焼酎業界にとっても、商機の拡大に向けて、無形文化遺産という「ブランド」は非常に有用です。
どちらの業界も、個々のプレーヤーによる熱意の差こそあれ、総体的に見て「登録して欲しい」又は「登録されるに越したことは無い」と考えているのではないでしょうか。
そして、この思惑が複雑に絡み合い、「日本酒と焼酎を一緒に無形文化遺産に…」ということになったと想像されます。

また、他の事情として、近年は無形文化遺産への登録のチャンスが減少しており、そのことが影響を及ぼしている可能性も考えられます。
実は、現在登録されている「無形文化遺産」のうち、日本・中国・韓国という東アジアの3カ国が世界の半数以上を占めており、そのことが問題視されています。
このような地域的な偏りを解消するため、近年は制度が見直され、日本の無形文化遺産の審査は「実質2年に1件」という「狭き門」になってます(情報源:文化庁ホームページ)

このような、「二つのコミュニティの思惑」と「登録のチャンスの減少」が結びつくことによって、日本酒と焼酎の「セット化」の力学が生まれたと想像されます。

私は、このような政治的な動きを否定するつもりはありませんし、逆にそれが現実世界を動かす原動力になっていることは理解しています。
しかし、その度が過ぎてしまうと、無形文化遺産としての本質が崩れ、その価値が理解されなくなるのではという懸念を持っています。
今後の関係者の工夫と努力によって、何とか「政治」がうまく「文化」の枠内に収まり、物事が順調に進んでいくことを願います。

■オチ:粕取焼酎ここにあり

さて、最後にようやく「粕取焼酎」の登場です。

おそらく、日本酒・焼酎の無形文化遺産への登録に向けた動きのなかで、粕取焼酎のことを考慮している人は「ほぼ皆無」でしょう。

確かに、かつては隆盛を誇った粕取焼酎も、現在は「マイノリティ」どころか「絶滅危惧種」だと言っても過言ではありません。
普通に考えれば、無形文化遺産として考慮されないのも自然なことだと思います。
ところが、これまで述べてきた「コミュニティ」という観点から光を当てれば、粕取焼酎に大きな可能性が潜んでいるのではないか、と私は考えます。

粕取焼酎の原料は、言うまでも無く酒粕、つまり「日本酒製造の副生成物」です。つまり、粕取焼酎は、焼酎でありながら「日本酒製造のコミュニティの一員である」と言えます。
また、近年は、無形文化遺産の審査において、「持続可能性」及びその一環としての「環境」がより重視される傾向にあり、資源の有効利用という側面を持つ粕取焼酎に追い風が吹いています。

以上を踏まえ、当アカウントとしては、日本酒・焼酎のユネスコ無形文化遺産への登録について、次のとおり提言します。

1.「日本酒」と「焼酎」は、そのコミュニティが異なると考えられることから、別々にてユネスコに提案することが望ましい。
2.但し「粕取焼酎」については、日本酒との強固な結びつきを踏まえ、例外的に「日本酒」に含めて提案することが望ましい。

ご笑覧ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?