「~出」表現に見る「違いを出せる翻訳」
中日のニュース翻訳を専門でやっていて初めて気づいたこと。
それは日本語文であれ、中国語文であれ、その言語の後ろにあるバックグラウンドやニュアンス、意味合いなどを深く知らないと生み出せない文章・フレーズがあると言うことです。
要するに平たく言えば、「ネイティブじゃないと思いつかないよね、これ?」と言いたくなるような表現でしょうか。
最近ジブリ映画「君たちはどう生きるか」の台湾版と大陸版の中国語タイトルを並べて目にした時に、私はその思いをより強くしました。そう思わせたのは、この大陸版の表題で使われていた「~出」という表現です。
私がこの「~出」に「ネイティブにはかなわない」と思ってしまったのはなぜか。今回はその辺を少し掘り下げて解説していきたいと思います。
実はこの表現は私にとって初見ではありません。私がこの「你想活出怎样的人生」のタイトルを目にしてしまった時、ニュース翻訳をしている身として、真っ先に浮かんでしまったフレーズがあります。習近平総書記の最近の発言です。それがこれ。
この言葉は2017年年末に習近平氏総書記が年末年始のテレビ演説で発した言葉です。当時私はこの言葉を日本語訳する時、とても苦労しました。
さらに言うと習近平総書記はここ数年、類似の表現をよく使っています。
2022年10月に開催された第20回中国共産党全国代表大会の席上、習近平総書記が行った演説で使った表現もその一つです。
どう日本語訳するかはまず置いといて、国のトップである習近平総書記が発したこれらの言い回しについては、当時中国国内の多くの人が目にし、耳にし、印象にも残っているはずです。
習近平総書記はこの他にもさまざまな場で「~出来」という言葉を使用しています。要するに主に人生訓を語るときに多用しているんですよね。
このようなバックグラウンドがあるからこそ、大陸版ジブリ映画の表題「你想活出怎样的人生」で使われている「~出」という言い回しは、大陸のネイティブスピーカーの琴線に触れることができるわけです。台湾版には使われず、大陸版のみに使われた理由がここにあると私は考えています。
もしこのタイトルを中国語訳した翻訳者の人が、そのような意味合いを頭の片隅においてこのような表現を「あえて」使ったとしたならば、「さすがだな」としかいいようがありませんし、「われわれ日本人翻訳者ではとてもかなわない」という感想しか出てきません。私は担当の翻訳者さんは、確信犯でこの言い回しを適用したのだと思っています。
言い換えれば、われわれ日本人の中日日中翻訳者にとっては、この「文化的バックグラウンドの違い」まで見越し、その上で現地の人たちの琴線に一番触れる語句・表現を的確に選ぶことが、プロの「一流の翻訳者」になるための「最終目標」だと言えるでしょう。
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さて先ほど取り上げた習近平総書記の発言、皆さんが日本語に訳すならどう訳しますか。
普段私たちは中国語の授業で、(動詞+)「出(来)」はいわゆる方向補語の「出てくる」の意味だとならったはずです。ただこれは正確に言うならばこういう文構造であるとみるべきです。
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私はこのような語句構造になっていると解釈しています。
例えば「我想出一个好办法了」という文の構造を考えてみましょう。
先ほどのチャートになぞって文を分解してみると、①私は考えた→②いいアイデアが出てきた→③そのアイデアは自分の手中にある④だから自分のアイデアだ──という構造になっていると考えられます。
だからこそ「私はいいアイデアを思い付いた」という日本語を導き出せるわけです。
このような構造を頭に入れた上で、私は翻訳していた当時、「幸福都是奋斗出来的」を「幸せは奮闘の結果得られるものだ」という訳を導き出しました。
同じように。「新时代的伟大成就是党和人民一道拼出来、干出来、奋斗出来的」も、「新たな時代の偉大な成果は党と人民が一緒になって一生懸命に、汗水流して取り組み、奮闘した結果得られたものだ」という訳を導きました。
この「~出来」をこの時限定で「得る」とした私の判断が間違っているかどうかは分かりませんし、このような訳出が普遍的であるとも思ってはいません。
しかし担当の翻訳者さんが、ジブリ映画の「君たちはどう生きるのか」のタイトルを「你想活出怎样的人生」と訳したように、ネイティブだからこその違和感のない、かつ原文のニュアンスに沿った訳になったのではないかと自負しています。
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非ネイティブの翻訳者が、ネイティブの翻訳者と同じような訳を導き出すには相当な努力と苦労が必要です。しかし「高み」を目指すなら必ずは通らなければならない道。「翻訳で食べていく」と考えている人は肝に命じておく必要があると思います。
サポートしていただければ、よりやる気が出ます。よろしくお願いします。