ニュース翻訳がほかの翻訳とちがうところ
皆さんは翻訳、、と聞いて何を思い浮かべますか?ある人は字幕翻訳や文芸翻訳など、自分の名前の残る花形の翻訳を思い浮かべるでしょう。
その一方で産業翻訳や法務翻訳など「縁の下の力持ち」のような翻訳を思い浮かべる人もいるかもしれません。
自分は今のニュース翻訳の世界に入って既に20年以上となりますが、どちらかというと後者になるでしょうか。
縁の下の力持ちの言葉通り、仕事自体は地味で、自分が翻訳した原稿が自分の名前付きで新聞やメディアに載ることはありません。
なぜなら日本のメディアの記者はほとんどが、別の翻訳の会社から送られてきた原稿を元に自分の記事を書いているからです。
だからこそ、新聞やメディアで「自分が翻訳したとみられる文章」が引用された記事が掲載されたり、自分が生み出した語句などが新聞で見られてそれが定番化したりするとそれなりにうれしいもので、それがある種モチベーションになっていると言ってもいいでしょう。
そんなニュース翻訳の世界ですが、やはり字幕翻訳や文芸翻訳とは違った点がいくつかあります。今回はその点を少し見ていきたいと思います。
1.原文を「正確に」訳す
これはある意味、すべての翻訳において共通なことであり、当然と言えば当然です。原文から逸脱した翻訳をすれば、それは翻訳者の「オリジナルの文」となります。顧客がそれを求めているわけではないというのはいうまでもありません。
しかしニュース翻訳においてはより厳格に正確性が求められます。この点は当noteでも繰り返し、正確性について強調してきたので理解できる人も多いでしょう。
ニュース翻訳、特に中日翻訳では顧客が求めているものはとてもシンプルです。それは「ある事象に対して、中国のメディア(=中国政府=中共指導部)は何を考えているか、どのようなアクションを起こしたのか」です。「担当のニュース翻訳者が何を考えているか」、ではありません(ここを勘違いする人が多い・・)。
中国ではトップの習近平総書記がリアルタイムで、かつ本音で世界に語ることはほとんどありません。事前に収録したビデオなり、下っ端の外交部の記者会見なり、「求是」誌や人民日報の論文なりで、事前につくられた「お気持ち表明」であることがほとんどです。ですからわれわれ受け手は彼らの本音を、テレビに映る一挙手一投足や、発表された原稿の一文字一文字から推測するしかないわけです。
「メディアは政府の喉舌である」という中国政府の言い分から考えれば、メディアの報道こそが一次情報となります。だからこそわれわれ中日ニュース翻訳者はこれらのメディアの報道を、語句や文字だけでなく、熱量さえも「原汁原味地(そのまま何も加えずに)」日本語化しなければなりません。
一方でもちろん直訳は成果物として出すことはできませんから、「グーグル翻訳⇔意訳」の狭間でどのように最小限の微調整を施して、「翻訳」になりうる訳文に仕上げるかという問題に頭を悩ませることになります。しかし言い換えればこれこそがニュース翻訳者の醍醐味でもあります。
私はこの「日本語化の作業をどのように行うべきか」という視点から、当noteで何本も記事を書き、皆さんに方法を提示してきました。これは他の翻訳でも十分応用可能であると私は考えています。
2.スピード重視
われわれが翻訳すべきニュースには、基本的に提出期限というものは存在しません。しかしこの「提出期限はない」という特徴が曲者で、裏を返せば「できるだけ早くやれ」ということでもあります。
そもそもニュース翻訳には文芸翻訳や産業翻訳、法務翻訳と違った特徴があります。それは原稿の流動性。
文芸翻訳や産業翻訳の場合、成果物は出版物だったり、記録資料だったりで残されることがほとんどです。しかしニュース翻訳の場合、訳出された文章が世間に後々まで残ったり、人為的に残されたりすることは「ほとんど(全くではないですが)」ありません。もちろん資料として組織内には原稿は残されるのですが、世に出たら数日後には忘れ去られる訳文がほとんどです。
その代わり他の翻訳と比べ、最も鮮度が要求されます。世に出るのが早ければ早いほどその価値が出てくるのです。
もちろん全てのニュースが、今すぐ出稿しなければならないほどの重要性があるわけではないので、優先順位は存在しますが、早い時には「10分後に出せ」みたいな指示が来たりします。
そのようなときに限ってわけわからん語句や構文にぶち当たったりするのですが、そのようなときに調べて訳語を確定するまでの作業がいかに迅速にできるか。このようなスピード・効率性が、ニュース翻訳者には求められます。
ただ以前のnoteでも解説したことがありますが、中国メディアのニュースには定型文が存在します。だからこそニュース翻訳者は普段から原文(定型文)と訳語とをしっかりリンクさせ、いざとなったときに素早く出せるようにしておかなければならないのです。
3.全分野を網羅
これもニュース翻訳の特徴です。一般的に中国メディアが報じているニュースは、政治・経済だけでなく、国際ニュース、社会ニュース、経済ニュース、IT・情報ニュース、工業ニュース、軍事ニュース、スポーツ、文芸などなど多岐多様にわたります。
軍事ニュースだけ、とか文芸・芸能ニュースだけ、、といった専門性の高いニュース翻訳もありうるでしょう。しかし実際にはニュースは、分野が横断する話題になっているケースがほとんどであり、「この分野だけやっていればいい」というわけにはいかないのです。
だからこそ全分野を幅広く網羅した知識がニュース翻訳者には求められます。これが結構大変で、知らない分野(特にITや工業など)が出てきたときはネットを使ってその場で勉強することもしばしばです。
だからこそ新たな発見があったり、自分の知識を積み重ねることができたりと、メリットも多いとも言えます。
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どうでしたでしょうか。中日ニュース翻訳者の世界はそれほど大きくはありません。しかし興味をもって掘り下げてみると無数の発見ができるでしょう。皆さんも目指してみてはいかがでしょうか。