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時制をどう判断するか(ふたたび)
中国語のニュース翻訳で最も手ごわいのは何か。こう聞かれたら、皆さんはどう答えますか。
私ならば、「時制の判別が多言語と比べて極めて難しい」と答えます。中国語文自体、英語をはじめとした欧州言語、そしてわれわれが使っている日本語などと違い、明確な過去形、未来形、現在形を判断できる材料が極めて少ないからです。
私自身、この「中国語のニュース記事における時制の見極め」はとても重要だと考えており、当noteの最初期で何本か記事を出しております。
私は「時制をどう判断するか」(1)(2)の記事で、①客観的に見て事実発生の時期が分かっていること②文中に時間を示す語句が入っていること③文中に、時制を示す副詞、動詞、助動詞が入っていること④「了」が入っているかどうか⑤動詞の後にある結果・方向補語──といった5つの要素を、私が時制を判断する際の材料としていると紹介しました。
これら5つの要素の詳細はnoteの各記事を見ていただくことにして、今回は中国語のニュース記事の時制を判断する上で、いろいろ注意すべき点があります。
そこで今回は、これら5つの判断材料についてもう少し掘り下げて解説していきたいと思います。
まず注意すべき点として挙げなければならないのは、これら5つの要素には優先順位があるということです。優先順位についてですが、基本的には①から⑤にかけて、番号順に確度が落ちていきます。このためニュース記事の文章について時制を判断するには、必ずこの順に検証していかなければなりません。では確度が高い順から解説していきましょう。
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①の「客観的に見て事実発生の時期が分かっていること」と言うのは要するに、ネットやテレビ、新聞など、翻訳するニュース記事とは別ルートで調べが済んでおり、「記事中には書かれていないが、その記事がいつ発生したことなのか」が既に客観的に分かっている状態のことを指します。
「この記事が過去に発生したことだ(または未来に予定されていることだ)」ということが客観的に分かっているならば、それはどう考えても動かしようがない事実です。ですから、最重要で優先すべき判断材料となりえます。
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その次に見るべき材料は、②の「文中に時間を示す語句が入っていること」です。
一番確度が高いのは、記事中に「●月●日」といった具体的な日時がある場合でしょう。この場合は①の「客観的に見て事実発生の時期が分かっていること」と同じぐらいの確度になりえます。
問題は「今天(今日)」「 明天(明日)」「 昨天(昨日)」の他、「当前(今のところ)」「今后(今後)」「 以往(これまで)」 「曾经(過去に)」「日前(先日)」「此前(この前)」「过去(または今后)一段时间(これまで〈今後〉当面)」などなどの語句でしょう。
これらの語句は非常に主観的であり、「ニュース記事の執筆者からみた時期」なのか、「記事中の発言者から見た時期」なのかをしっかり見極めた上で、過去か未来か現在かの判断材料にすると確度は上がると言えます。この点は気を付ける必要があります。
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そして③は文中に、時制を示す副詞、動詞、助動詞が入っていることです。
具体的に言うと、現在進行形の「正(在)」という副詞や「着」、未来形につく「将」といった副詞、「打算」「预计」「定于」などの動詞、「要」「会」などの助動詞、過去形の副詞としてつく「曾(经)」があります。
他にもあると思いますが、私自身はこれらの副詞や助動詞を時制の判断材料として完全に信用するのはのは少々危険だと思っています。なぜなら、これらの副詞、動詞、助動詞にはそれぞれ複数の意味を持つ語句が多いからです。
例えば「正」は「~しつつある」という現在進行形の意味の他に、「まさに」という意味もあります。
例えば「要」は「~していく」という意思を示す意味の他に、「~しなければならない」という意味もあります。
他に「会」は「~するだろう」という意味の他に、「~できる」という意味もありますね。「曾经」も「過去に~」という意味の他に「かつて~したことがある」という意味にもなります。
翻訳者はこれらの複数の意味から、「自分の責任で」訳を判断しなければなりません。
もちろん「已经」や「预计」など意味が一つしかない語句も存在します。しかしとにかく複数の意味がある語句が多いのです。私自身、これらの語句を信用しすぎたために、時制を間違えた「やらかし」を何回かしています。
このため、皆さんには自信がない時にはぜひ、ネットなど別ルートでしっかり確認する癖をつけるべきでしょう。
◇◇
同じような理由で、④の「了」が入っているかどうかも注意を払うべき事柄と言えます。
なぜならこれまで当noteで紹介してきたように、「了」は単に過去形であるという意味ではなく、過去完了、未来完了、現在完了の意味にも使いますし、前の文節と後の文節の因果関係(Aになった、これによりBになった)を示すときにも使います。
とにかく「了」の用法は多岐多様にわたるため、「了」の有無を基にして時制を判断する場合は、事前にしっかりと文法知識を積み上げておく必要があるということを覚えておきましょう。
◇◇
そして最後の5番目です。つまり、動詞の後にある結果・方向補語を基にして、既に発生した出来事であると判断するやり方です。
中国語の結果補語はいろいろありますが、私が普段から留意している結果補語は次の通りです。
「動詞+到」
「動詞+好」
「動詞+完」
「動詞+成」
「動詞+住」
・・くらいでしょうか。これらの結果補語はニュアンスの相違が多少あるにせよ、いずれも「動作が達成された」ことを示すものです。「達成された」ということは「過去に発生したことだ」と解釈できるわけです。
例文を出してみましょう。このコロナの感染者数の記事の中に、このような一文があります。
累计追踪到密切接触者11472149人,尚在医学观察的密切接触者1647782人。
この文の時制はどう考えたらいいでしょうか。ここで注目すべきなのは追踪「到」の部分です。「到」は結果補語なので、「既に追跡できている」と訳すことができます。カンマ以降の後ろの文節は、「尚在」医学观察となっており、現在進行形であることが分かります。このため、このように訳すことができるでしょう。
(既に)追跡できている濃厚接触者は累計で1147万2149人で、まだ医学観察を受けている濃厚接触者は164万7782人である
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どうでしょうか。時制の判断材料と言うのはとても見つけにくいと感じています。皆さんも、ニュース翻訳の際に役立ててみてはいかがでしょうか。
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