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「了」は過去形ではありません

皆さん「了」の用法について、中国語の授業ではどのように習いましたか?多くの人は「了」については、「過去形だ」という認識を持っているのではないでしょうか。

この認識はある意味正しいのですが、完全に正しいとは言えません。これは、そもそも中国語の文における時間の流れと、日本語や英語の文における時間の流れというのは性質が大きく異なるからです。

このあたりの「時間の流れ」については私の以前のnote「気を付けるべき中国語の時間の流れ」でも少し解説しました。このような日本語と中国語の時間の流れの違いは中日のニュース翻訳において、とても厄介な問題でもあります。

そこで今回は、この「中国語特有の時間の流れ」についてもう少し解説したいと思います。

日本語や英語の文章では、自分(つまり執筆者、発言者)が今いる「現在」(今)を中心とする絶対的な時間軸があり、その時間軸に沿って、現在よりも前の時制を「過去」で、現在よりも後の時制を「未来」で表現します。

日本語を例にとると、現在形は「~する」「している」に、過去形なら「した」に、未来形ならば「することにしている」で表現するわけです。

これに対して中国語文はたいていの場合、「现在」「今天」「昨天」「已经」「将」「九月九日」といった時制や時間を表す語句が最初に示され、これを時間軸として、基本的に文の左から右へと時間が流れる構造になっています。例を出してみましょう。

全国工商联十二届十次常委会议28日在北京召开,增选全国工商联十二届执行委员会副主席、中国民间商会副会长,审议有关人事事项。

この文の時間的な流れとしては、まず「全国工商連第12期第10回常務委員会会議が28日に北京で開催され」、そして「全国工商連第12期執行委員会副主席、中国民間商会副会長が新たに選出され」、そして「関連の人事事項が審議された」となります。

これは裏を返せば、「增选全国工商联十二届执行委员会副主席」の文節は「全国工商联十二届十次常委会议28日在北京召开」の前の出来事ではないですし、「审议有关人事事项」は「增选全国工商联十二届执行委员会副主席」よりも後に発生した出来事だということです。

ここまでは、皆さんお分かりいただけると思います。

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そして、、ここからがややこしいのですがこの文章では、一番最初に示された「28日」を軸・起点として時間が流れています。
このため、ひょっとしたら、今も流れている最中かもしれません。

これは裏を返せば、このニュース記事の執筆者が執筆した時点において、この「增选全国工商联十二届执行委员会副主席」も、「中国民间商会副会长,审议有关人事事项」も過去の出来事ではなく、現在進行中の出来事かもしれないとも言えるのです。

このあたりが、中国語を日本語に翻訳する際の難しい点となっています。なぜならば、日本語は「執筆者が執筆した時点を現在として」、「過去」と「未来」を分ける構造になっているからです。

ただ私ならば、日本語に翻訳する時は「常識的に言って」、これらは既に過去に発生して既に終了した出来事であると判断し、「~した」と訳すでしょう。とは言え、「中国語の時間の流れ」というのはこういうものだということを覚えておくことはとても大事です。

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そして、、このような「中国語特有の時間の流れ」をコントロールするときに使用されるのが「了」という言葉です。

例えば次の文を見てみましょう

目前,中国的科技实力和创新能力有了显著进步,双创聚众智汇众力,更大激发了市场活力和社会创造力,有力促进了新动能快速成长。

詳しい訳は置いておくとして、基本的に文の左から右へと時間が流れる構造になっています。しかし先ほどの例文とは少し異なっています。時制から見た構造を見てみましょう。

A「中国的科技实力和创新能力有显著进步,双创聚众智汇众力」
B「更大激发市场活力和社会创造力」
C「有力促进新动能快速成长」

ここで注目してほしいのですが、Aの文節、Bの文節、Cの文節には「了」がそれぞれ一つずつついています。そのうちBとCの「了」は、AとBの間、BとCの間に時間的なラグがあるということを明示するいわゆる「マーカー」の役割を果たしています。もう少し分かりやすく言うならばこれらの「了」があることで読者は、「Aを受けて、Bとなり、Bを受けてCとなった」という時間の流れがあるということを理解することができるというわけです。

一方でAの文節の中にある「中国的科技实力和创新能力有显著进步」の「了」の用法は少々異なります。この「了」はいわゆる物事が始まることを明示するにつけられる助詞です。裏に(最初に・・)という言葉を補うと分かりやすいでしょう。

このためこの後に続く、「双创聚众智汇众力」ともタイムラグがあると考えられます。先ほどの時間的流れの考えで行くならば、「(最初に)顕著な進歩を収め」、その結果「双創(大衆による起業・民衆による革新)で皆の知恵と力が集まっている」という訳が導き出せます。これを踏まえて、先ほど例文をABCの文構造で表してみるとこうなります。

(A1+A2)+B+C
→     →   →(時間的な流れ)

ここから言えることは何か。「了」は日本語でいう過去形を意味するのではなく、中国語特有の時間の流れをいったんせき止めたり、新たな流れを始めたり、流れを変えたりする役割を果たす語句なのだということです。

これを踏まえて先ほどの例文の訳を考えた時に、原文ではカンマでつながっているが、AとBとCは別の文ととらえることも可能だと言えます。このような考えも頭に入れながら訳文を作ってみましょう。

今のところ、中国の科学技術の実力と革新の能力は大きな進歩を収めており、双創(大衆による起業・民衆による革新)によって皆の知恵と力が集まっている。市場の活力や社会の創造力はより大きくかき立てられた。新しい運動エネルギーの急速な成長が力強く促された。

AとBとCの間に句点を打つことにより、時制の違いをしっかりと読者に印象付けられます。ただこれも注意なのですが、全部が全部「了」の文節で句点を打つべきだとは私は思いません。なぜなら句点を打つと、前後の文節の因果関係を示すことができなくなってしまうからです。なのでむしろ「もろ刃の剣」とも言えるでしょう。

それぞれの因果関係を示すことに重きを置きたいならば、(これにより)という語句を「市場の活力」の前に置いたり、「ており」などでつなげたりして工夫をすることも大切になります。

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ともあれ、「了」が入った中国語文、入っていない中国語文のそれぞれの「具体的な時間の流れ」をしっかり把握しておくことは的確な中日ニュース翻訳をする上でとても大切です。ぜひ覚えておきたいものです。

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