「つもり」で喘ぐ僕
周りのみんなが成功して、嫉妬してしまう。
同い年の友達たちはそろそろ、
自分が続けてきたことで結果で始める時期みたいだ。
自分だって、生きることを頑張っている「つもり」だ。
頑張って、生きている。
だけど、それだけじゃ全然溺れたままで浮かび上がらないんだとわかった。
毎日起きて仕事に遅れず行って。
帰ってきたら決まった家事をやって、筋トレをして、noteを書く。
Youtubeだって見るのをやめた。
なんとなく頑張っていると、友達にも言われた。
でもその友達にも、嫉妬してしまった。
頑張っているって言葉が、まるで慰めのように使われているのがなんだか嫌だった。
頑張ってる「つもり」なのに、何も変わっていないじゃないか。
じゃあ、何も頑張っていないのと同じじゃないか。
そんなことを考えて、なんだか嫌な気分になってしまう。
周りと比べることじゃない。人の幸せはその人だけのものだ。
僕はそれを手に入れることはできない。
その人と同じく感じられないはずなのに。
頑張っている「つもり」の僕の生活と、誰かの生活を比べてなぜこんなにも-満たされないのだろうか。
このことについて考えているが結局、人と比べても自分は幸せになれないということだ。
僕の幸せは僕だけのもの。そして、人の幸せはその人だけのもの。
誰かに求めても、僕はそれを手に入れることはできない。なぜなら、僕の幸せは僕だけが感じられて、僕自身でしかそれを手に入れることができないからだ。
人には幸せをお裾分けしようとすることはできる。
だけどそれを幸せと受け取ることができるかは、その人次第という気がする。
結局自分が幸せじゃなきゃ、人の幸せを受け取ることはできない。
それでも、その人の気持ちをわかってあげようとすることは尊いことだとは思うけど。
そして、もう一つ思うことは僕は
「つもり」で満足しているから幸せになっていかないということだ。
つもりって自分で言ってしまうちは、そんなに努力できていないかもしれない。というか、みんなすでに頑張っているのだ。
それ自体がすごく尊い。
だから、「つもり」くらいじゃ多分誰とも変わらないんだと思う。
ただでさえ、人よりなんもできない僕だから。
もう少しできることがあるはずなのに、努力未遂で満足してるから何も変わらないんだと思う。
やってるって言ったって、実際そんなやってないんだ。
それが浮き彫りになっただけだ。