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知らなかった、意図してなかった、では許されない社会。
こんばんは。
#KENMAYA です。
今日は広告についてのお話です。
イタリア高級ブランド「ヴァレンティノ コレツィオーネ ミラノ」の
広告で「着物の帯らしき布地の上をヒールで歩く、着物の帯らしき布地を岩に敷きその上に座る」といった動画や写真が各種SNSを媒体に展開されていました。
これが「日本文化、着物に対する侮辱である」と物議になり、
「ヴァレンティノ」は公式声明として以下のツイートを行い、
該当広告をSNS上から全て削除しました。
— MaisonValentino_JP (@Valentino_Japan) March 30, 2021
わたし個人的には特に「日本文化に対する侮辱」には感じなかったので、
特に記事に対する反応もしなかったのですが、
公式声明の「日本の文化を冒涜するような意図は全くない」という点に違和感を覚えたので、今回記事にすることにしました。
世の中に溢れる様々な広告に対する反応は本当に人それぞれです。
いいCMだなぁ、と感じる人もいる一方、
理由はないけどただ自分が気に入らない、という理由で広告を叩く人もいますし、出演している演者、音楽、映像が不快という理由で広告を叩く人もいます。
つまり、一人ひとりの意見を真に受けていたら、
企業は広告なんて打てなくなってしまいます。
そもそもあえて物議を醸しそうな広告を狙って打っているのであれば、
それは「炎上商法」に似たマーケティング戦略です。
物議になればなるほど、広告主の思惑通りというわけです。
しかし、今回「ヴァレンティノ」は謝罪し、広告の削除、
そして「文化を貶めるような意図はなかった」と釈明しました。
わたしは「悪手」だな、と感じました。
「貶めるような意図がない」のであれば、謝罪、広告の削除は必要ありませんし、堂々としていればいいのではないでしょうか。
当然ながら広告を打つ企業側は、広告の企画、リサーチ、想定される受け手側の様々なインプレッションを計算に入れて費用対効果を算出した上で、
広告を打ちます。
今回の件はこういった企業が捻出した莫大な広告費をドブに捨てるやり方であり、企画者、演者、デザイナーなど多くの人の労力が水泡に帰す誰も得しないオチの付け方です。
ここからはわたしの個人的感想ですが、
わたしが「ヴァレンティノ」のお偉いさんだったら、
「着物や日本文化に対する侮辱」と感じる人がいるのであれば、
新しく「イタリア製高級レザーをレッドカーペットに見立ててその上を日本人モデルに歩かせる」CMを作りますね。
ぶっちゃけた話、
「うわぁ、日本人って思ってたよりめんどくせぇ」って思われるだけで、
今回広告の撤回を契機に、日本市場に展開を考えていた企業を萎縮させる先例となってしまったのではないか、と危惧しています。
「ヴァレンティノ」を擁護するわけではありませんが、
法律は「知らなかった」では済まされませんし、
「意図していなかった」からといって明確な差別や暴力、誹謗中傷をしてもいいわけではありません。
しかし、「意図していなかった」や「知らなかった」では済まされない社会を突き詰めていくと、結果としてどんどん生きにくい世の中になるいい例だと感じました。
皆さんはどう感じましたか?
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