小さな艶かしさ
女性としての一番の魅力とは何かをたずねたら
あなたは何と答えるかしら
上目遣いの潤んだ瞳
はにかんだ時に浮かび上がる笑窪
曲美を描いたふくよかな体つき
どれも魅力的だと思うけれど
わたしは彼女の「小さな艶かしさ」が
ずっと忘れらない
女性として最も憧れ尊ぶ存在
それが小さな彼女なの
***
「お誕生日おめでとう!」
彼女から手渡されたのは
小さな小さなヒヨコが何十匹と詰まった箱だった
思わず瞬きをして、ヒヨコと彼女を見比べた
彼女は屈託のない笑顔でわたしを見つめていた
彼女とは高校で出逢った
入学して初めてのクラスで緊張していた頃
席が前後で何回か目が合っていた
でも先に声をかけてきたのはきっと彼女の方
二人の共通点が名前と背丈以外に音楽だとわかると
すぐに意気投合した
彼女はチェリストだった
小さい身体と同じ丈ほどのチェロを抱えて
幼い頃から毎日何時間と練習に励んでいるという
わたしは背が低いことへの
見えない劣等感を持って生きてきたけれど
そんなわたしよりさらに彼女の背丈は小さかった
「ゆりは小さくてかわいいね」
物心ついた頃から誰からにも言われ続けてきた
だから自分は小さくてかわいいのだと信じて生きてきた
小さいことはかわいいこと
かわいいとは子どもらしさを象徴し
決して大人になろうとしない暗示をかけ続けた
将来からは目を背け
大人へと変わりゆく心と体の変化に追いつけず
現実から逃げては
歳取らぬゲームの仮想世界へと足を運ぶ
彼女は小さかったけれども
かわいいという言葉は
全くと言って良いほど似合わない
美しい強さを持った女性
わたしが仮想世界を冒険している間にも
彼女はその小さい体で
大人の女性となるために
大人の世界へ羽ばたくために
想像を絶するほどの努力を重ね
精神とともに女性の魅力を磨き上げていった
高校の宿泊研修では彼女と同じグループになった
彼女と一緒に行動することで
とっさの判断力や言動、決断の速さ
何が起きてもまずは受け入れるおおらかさといった
彼女の高校生らしからぬ魅力に驚き戸惑う
乗り物酔いがひどく
ひとり体調を崩していたわたしは
ホテルまでの道を連泊の荷物を持って歩くことができずに
途方に暮れていた
「ゆり、大丈夫?歩ける? 」
そこへ彼女は一番に駆けつけて
自分の荷物と一緒にわたしの荷物をひょいと肩に掛け
さらにわたしを支えて歩き出そうとした
「待って、マリこそ大丈夫なの? 」
青白いわたしを抱えながら
彼女は涼しい顔をして微笑んだ
「毎日チェロ背負ってるからね」
袖をまくり荷物を掴んだ彼女の細すぎる手首には
強く浮き出した筋肉の筋が見え隠れしている
それを見た瞬間
わたしは恥ずかしさと後ろめたさで
ぎゅっと胸が締め付けられた
「大丈夫、具合悪い? 急ごう」
具合が悪い苦しさじゃない
彼女の輝きの強さを直視してしまったから
真っ直ぐ顔を向けることができなくなってしまった
その後毎年行われる学園祭では
しばしば彼女のチェロ演奏のコンサートが行われた
小さな彼女から奏でられる大きなサウンドは
体育館に集まった全校生徒をその輝きで魅了した
その瞬間は今でも鳥肌が立つほどに
忘れられるものではない
次第に彼女とは疎遠になってゆくのだけれども
思わぬ場所で再会することになる
大きなお腹を支えながら
あまりの苦しさにふうと、ため息をついて
病院の待合室の長椅子に腰をかける
ふと見上げたモニターに
彼女が映っていたの
彼女だとわかった瞬間に
涙があふれ出た
彼女は多方面でチェリストとして大活躍をしていた
小さな体であんなに大きなパワーを生み出せるものなのかと
彼女の活躍が嬉しくてたまらなかった
現在の彼女は
わたしを支えてくれたあの時のように
ひょいっと軽々しく世界を背負い
涼しい顔で美しく輝き続けている
久々に近況報告をしたとき
この時の話をしたら覚えてくれていた
海の向こうでも相変わらず涼しい顔して
笑っているのでしょうね
彼女の小さな艶かしさは
世界を背負うプレッシャーなど微塵も感じさせない程に
未だ多くの人々を魅了し続けている
あざやかにチェロを奏でる細い手首の筋肉筋と
ずっと履き続けているヒールの高い靴が
女性としての強さと輝かしさと、色気を醸し出す
女として生きることに悩み惑い
闇に吸い込まれそうになるたびに
わたしは彼女の魅力に触れる
そうすることで
強く生きていくための勇気を
たくさんたくさん貰えているの
わたしの前では無邪気に笑うことの少なかった彼女だけれど
唯一、すごくかわいいと思った瞬間があるの
何十匹と箱に詰まったモールのヒヨコたちと同じように
黒ビーズのようなつぶらな瞳を向けて
「お誕生日おめでとう!」
ってお祝いしてくれた時ね
「小さな艶かしさ」
〜END
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