経験学習サイクルの図に隠された本質とは
社会人における能力開発の7割は、現場の経験によるものだといわれている。では、仕事での経験を通じて、人は実際にどのように経験から学習するべきなのか。デイビット・コルブは1984年、著書"Experiential Learning" "経験学習 学習と開発の源としての経験" の中で『経験学習モデル』という理論を提示。経験を通じた学習プロセスを4段階に整理し、これをサイクルとして回すことにより、経験から学びとることができるというものである。具体的には下図のようなサイクルとなっている。
具体的経験とは、言葉の通り、個人が置かれた状況下で具体的な経験をすること。その状況を理論化せずにひとまず感覚的に捉えたり、ただの事実として客観的に捉えたりする。
省察的観察とは、具体的経験を多様な観点から内省すること。経験した状況について、意味づけをし、気づいたり、理解したりする過程。
抽象的概念化とは、省察的観察によって得られた気づきをもとに、経験を一般化、抽象化、概念化する。他の状況にも応用可能な形として自分なりの法則や教訓に落とし込む。
能動的実験とは、経験から導き出した自分なりの法則や教訓を新しい状況に適用すること。
このように、具体的な経験について内省することで、自分なりの教訓を紡ぎだし、それをまた新しい状況で試してみるというサイクルを繰り返して学習する。
ちなみに、私が好きな学習の定義はこちら。経験学習こそが学習のあるべき姿なのかなあと。
そもそも、コルブの経験学習モデルは、教育哲学者のジョン・デューイの理論に端を発する。デューイの理論を循環型にして単純化したものであり、それがビジネス界で爆発的に普及した。大学の講義や会社の研修等で見たことある方、なかには何度も聞き、見飽きた方もいらっしゃるのでは拝察いたします。。(そんな方に!そこのあなたに!新たな発見や気づきをお届けできればと思いながら書いております)
インターネットで経験学習サイクルについて画像検索すると、最初に挙げたサイクルだけの図ばかりがヒットする。しかしながら、この経験学習のサイクル図には、コルブが伝えたい本質、真髄の一部が欠落しているのである。
実は、サイクル図の背後には2軸4象限が存在する。横の対立軸(具体的⇔抽象的)は、直接的な経験から学ぶスタイルか、それとも概念的な解釈から学ぶスタイルのどちらかを表す。縦の対立軸(能動的⇔省察的)は、積極的に外側に働きかけ活動しながら学ぶスタイルか、それとも自分の内側の思考にじっくりと向き合い学ぶスタイルかを表す。
4つの学習スタイルは以下のような特徴をもつ。
適応型 (Accommodating style)
〇能動的実験と具体的経験から学習 (Do and Feel)
〇実践してみることと感じることが得意なタイプ
・理論より実践を重視
・計画の実行、新しいことへの挑戦が得意
・柔軟に環境に適応し、直感的な試行錯誤により問題解決をする
・気楽に人付き合いができる
発散型 (Diverging style)
〇具体的経験と熟考(省察)的観察から学習 (Feel and Watch)
〇感じることと観察することが得意なタイプ
・想像力旺盛で価値や意義について考えることが多い
・多角的な視点からアイデアをだすことが得意
・行動より観察を好む
・理論より人に興味があり、感情を重視
同化型 (Assimilating style)
〇熟考的観察と抽象的概念化から学習 (Watch and Think)
〇観察することと考えることが得意なタイプ
・実践よりも理論を重視
・事実から法則や教訓を見つけ出すことが得意
・抽象概念化や理論モデルの構築を好む
・人よりも抽象概念や理論に興味がある
収束型 (Converging style)
〇抽象的概念化と能動的実験から学習 (Think and Do)
〇考えることと実践してみることが得意
・問題解決、意思決定、アイデアの実践が得意
・対人的問題よりも技術的問題に関心がある
・見出した法則や教訓を新しい事象に当てはめて実行することを好む
今読んでくださっているあなたは、どの学習タイプですか??
私の学習スタイル(タイプ)は、もともと同化型で、自分なりの法則や教訓を結晶化させるのが好きでした。しかし、大学院で自分より何倍も能力の高い同化型タイプの方々に出逢い、相反する適応型を身につけることで負けないようにしなければと意識的に補完しています。と書いていながらも現在では、発散型なような気もしてきました。。
コルブは、遺伝的要素や、過去および現在の状況から、ほとんどの人はある特徴的な学習スタイル(上記の4つの学習スタイルのどれか)を身につける(つけてしまう)と指摘した。つまり、人それぞれ得意な学び方、学習スタイルがあるということである。そして、それと相反する苦手な学習スタイルを意識的に取り入れる(補完する)重要性を訴えている。
したがって、経験学習サイクルを回せるようになることだけが本質なのではない。『苦手な学習スタイルを補完する』これがコルブの経験学習サイクルの図に隠された本質なのである。最初は正反対の学習スタイルを統合し、最終的には、4つ全ての学びのスタイルを統合、ないしは自覚的に使い分けられるようになることが肝心だ。
最後に経験学習といえばデューイであり、そのあたりを少しだけ書き留めておきたい。
デューイは、ひとは外界からの「知識の注入」により学習するのではなく、主体的な「経験」を通してこそ学習するとの考えを示した人物だ。当時主流であった系統的で記憶中心の伝統的な講義形式を一蹴し、20世紀前半のアメリカの教育を席巻した。教科中心から児童中心へと、まさにコペルニクス的転回を起こした。「このたびは子どもが太陽となり,その周囲を教育のさまざまな装置が回転することになる」といった言葉を聞いたこがある方もいるだろう。他にも「真実の教育はすべて、経験を通して生じる」「為すことによって学ぶ(Learning by doing)」等のデューイの言葉は大変有名であり、これらの言葉に紐づく理論や思想は、現在の教育に脈々と受け継がれている。20世紀後半には、スプートニクショックやグローバル競争の激化に伴い系統主義が盛り返すことで「這いまわる経験主義」と揶揄され、一時的に落ち込んだものの、現在のどの教育をとってみても、たどり着く先にはデューイがいるのである。
デューイは、やみくもに経験を重ねるのではなく、「経験の質」を重視していることに留意したい。ここは押さえなくてはならないポイントである。経験学習サイクルでいうところの省察的観察に重心があり、振り返りを大切にしている。実際にデューイは、振り返りについて「自らの「信念」ないしは「知識体系」について、その基盤や示唆する結論に対して、能動的かつ執拗に注意深く思索をすすめること」(Dewey 1993)と述べており、反省的思考(リフレクション)の重要性を説いている。
ちなみに、探究学習においては、下表のように各段階にあわせて振り返りを促す問いを設定することができる。
先日、講演させていただいたときには、このような話もしました。
今年も残すところあと3か月ほどですね。好きな季節がやってきました。晩秋の空気感が好きです。今年度は、AARサイクルをがんがん回すのではなく経験の質を重視して、リフレクションにじっくりと時間をかけたいなあと。
そして何より、本題である「異なる4つの学習スタイル」を意識的に取り入れていこうと思います。
今回もつたない文章をお読みいただきどうもありがとうございました。
※参考文献
青木久美子(2005) 学習スタイルの概念と理論-欧米の研究 から学ぶ
https://www.businessballs.com/self-awareness/kolbs-learning-styles/
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