見出し画像

【文フリ京都Web無配③】「町中華屋のマイコー」スピンオフ

またまたタイトル長いな!

1月19日 文学フリマ京都9に向けて、無配――無料配布チラシ用の掌編を準備しております。「針を置いたらあの海へ」「町中華屋のマイコー」の後日譚です。この関係に至るまでのお話が本編でございます! っていうやつ。

知らん間にウィリアム・モリス縛りになり、そして三部作になりました。
ウィリアム・モリスのBL。これは他に無いでしょう。
昨日は「何で二作目もモリスにして、しかも続き物にしたんだよぉお!!」と頭大抱えでしたが、結果的にかなり好きな作品になりました。
三部作とはいいつつ、単独でも成立しますし、本編を読んでいなくても大丈夫です。

じゃ、読んで!!
そして君の感想を聞かせて!!!

第一話「ストロベリー・シーフ」

第二話「ブラザーラビット」




琉璃繁縷(ピンパネル)



 「ちょっとしたパーティー」にお呼ばれして以来、俺はなんだかウィリアム・モリスづいている。
 パーティで出会った「編み物友達」レオの彼氏は、見上げると首が痛くなりそうな長身に、ストロベリー・シーフのシャツを纏っていた。あれは羨ましかった。いちごを啄む鳥という柄自体も好きだし、あの手の可愛い柄を着こなすなら、見た目の男性性が強い方がいい。俺のごとき、気を抜けば「中性的だね」と言われがちなやつがストロベリー・シーフのシャツなんて着たら、「ハンドメイド好きのママに大事に育てられた坊ちゃん」まっしぐらだ。

 その一週間後にレオと行った喫茶店には、ブラザーラビットのファブリックランプがあった。モノトーンで描かれた、向かい合う二羽のうさぎ。クラシカルな形のランプによく合っていた。

 そして、まさに今。俺とユキさんは、新宿の手芸用品店で、ウィリアム・モリスの生地の前で、うーん、と唸っている。ユキさんが
「俺、恥ずかしながらウィリアム・モリスって全然知らなかったけど、なかなか渋い柄が多いんだね」
 と、一反の布を棚から取り出して言った。
「女性だと知ってる人多いけどさ、男性でモリスって言われて『あー、あれね』ってなる人はそうそう多くないぞ」
「でもレオ君は知ってるんでしょ。ホント二人気が合うね!」
 気が合って、いるのだろうか。お互い、喋りたいときにしか喋らないから、他の人との会話だったらあり得ないほどの沈黙率なんだけど。
 ユキさんはモリスを全然知らなくて、俺はユキさんというコーヒー屋の店長を務める彼氏が居ながら、ブラックコーヒーは全然飲めない。それでも、気は合うと思っているし、一緒に居たら気楽だし楽しい……いや、付き合ってりゃそんなの当然なのか。しかし、「当然だ」なんてあぐらをかき始める、それは破滅への第一歩で
「ミライくん聞いてる?」
「全然聞いてない」
「うん、知ってた。今後俺の『聞いてる?』は『お願い、聞いて?』だと思って。ミライくんはどの柄がいいの?」
「難しいな、どれも良いからな。ユキさんちのインテリアに合わすプランと、俺の好みゴリ押しプランとあるけど、どっちがいい?」
「ネーミングが物騒だけど、ミライくんが作るんだから、ミライくんのお勧めでお願いします」
 じゃあ、と言って、俺は一反選び出した。
「それ、何て柄?」
「ピンパネル」
 大きな白い花の周りに、小さなピンクの花の影が敷き詰められている。モチーフは可愛く、ピンク色が華やかだが、地のブラウンと葉のグリーンが渋い。
 布を買った後、俺はミシンの使えるDIYスタジオで、クッションカバーを仕立てる。ユキさんちのソファに置くためでもあるけれど、一番の目的は「簡易グランピング」をするためだ。

🌸

 昨夜ユキさんの部屋に行ったらユキさんは、ミライくん見て! と、2センチ厚の平たい箱を持ってきた。20センチ×30センチくらいの長方形で、包装紙に包まれている。
「何これ」
「山本くんが、結婚祝いのお返しくれたよ! この感じ、絶対カタログギフト」
 山本さんは、先日の結婚記念パーティに招待してくれた、ユキさんの店の常連さんだ。パーティは会費制だったから、ユキさんは別途結婚祝いを贈っていたらしい。しかしえらくテンションが高い。
「何、カタログギフト好きなの」
「好き。カタログギフト大好き。内祝いにカタログギフトを選ぶ人も大好き。いやぁ高まるね、この厚み」
 テンション高い割に、破れないよう丁寧に包装紙を外し、角を揃えて畳んで脇に置いた。ユキさんのウキウキが俺にも伝染してきた。ユキさんが
「どうしようかなー、すき焼き用の肉とかグルメ系もいいし、ミライくん飲めるようになったから、ワイングラスとかもいいよね」
 と言いながら、パカッと箱を開けた。そして、ん? と言った。
「何、どうした」
 そう言って俺も横から覗き込み、ん? と思った。
 確かにそこにはカタログがあったのだが、表紙には「Outdoor Selection」と書かれていた。
「……アウトドア用品が多めな感じかな?」
 ユキさんはカタログを手に取り、パラパラパラーっとめくる。どこまで行っても、牛肉も蟹も、ワイングラスも載っていない。ひたすら、テントや折り畳みのアウトドアチェア、寝袋などアウトドア用品が載っている。
「これ、アウトドア用品オンリーのカタログギフトなんじゃね?」
 ユキさんがしばらくカタログを隅々まで眺め
「ほぉん……」
 と言った。どう見ても期待と違ったっぽいのに、穏便な反応だ。
「なるほどね……山本くんアウトドア好きだからねぇ……」
「どう、山本さん大好き?」
「あ、うん。好きだよ。声大きくて話しやすいし」
 穏便だけど、熱意はない。俺は山本さんに結婚祝いを渡した訳ではないし、コメントする立場にない。出来ることは、ユキさんのテンションをV字回復させることだ。
「いいじゃん、キャンプとかする口実できたな」
 まぁ言った後で思ったが、今は真冬。生半可な気持ちで挑んだら最悪死ぬ。俺が
「あーでも今滅茶苦茶寒いしな」
 と言う声に、ユキさんの
「えっミライくん、キャンプしたいの⁈」
 と五倍くらいの声量、そしてカタログギフト開封時と同程度のテンションの言葉が重なった。どうしよう、心中まっしぐらだ。
「待って、前言撤回、俺ら凍死する」
「寝袋も載ってるよ」
「真冬に寝袋一枚で守れる命か?」
 俺の反論に、ユキさんは余裕綽綽といった面持ちで
「大丈夫、うちベランダ広いじゃん」
 そう言って窓の外を指さした。
 確かに、ユキさんのマンションのベランダ、というかユキさんの部屋だけ、ベランダが異常に広い。ユキさんの部屋は6階の角部屋で、6階は5階よりひと部屋少ない。そのひと部屋分の空間が、丸々ユキさんのベランダになっているのだ。たまにそこに出て、二人で缶ビールと缶チューハイを飲んだりする。
「ほら、この白い三角のテント貰ってさぁ、ベランダでグランピングしようよ」
「いやこれ……入って1.5人だぞ」
「0.5人は誰なの。怖いよ。別にいいじゃん、気分だよ。テントは大道具。テントの前でご飯食べたりしようよ」
「……いいじゃん」
 2年も付き合うと、相手のテンションは容易に伝染する。昔だったら俺は一旦「えー、まぁ、悪くないけど」とワンクッション挟んでいたが、もうそんなまどろっこしいことはしない。
 ユキさんはいそいそとカタログギフトの申し込みサイトにアクセスし、テントを注文した。
「山本くん、もう申し込んだんだーってびっくり……あ、何かがっついてる人みたいになったかな」
「一瞬がっかりした人よりは、がっついてる人の方がいいだろ」
「別にがっかりしてませんけど? びっくりしただけですけど?」
 ちょっとだけプリプリし始めた。ナチュラルに「プリプリしてんなぁ」と思ったが、もう31の男性に「プリプリ」なんて効果音、どうなんだ。似合うけど。
「俺、クッション作ってやろうか。四隅にタッセルとか付けて」
 ユキさんは一瞬でプリプリを引っ込め、えっ! と再びテンションを上げた。
「何々、グランピングだからテントの中に入れる用のクッション用意してくれるってこと?」
「まぁ、そういうことになります」
「ミライくん、気が利いてますね。そしてクッション作れるんだね」
「カバーな、クッションカバー。実家でちょいちょいミシン使ってたから、クッションカバーくらいなら作れるだろ」
 俺も、DIYスタジオの予約を取り、そして、明日早速布を買いに行こう、と約束した。
 俺は、ユキさんとの先の約束が決まっているとホッとする。付き合ってからの2年間、ずうっとそうだ。俺が17歳の時、「19歳になったら付き合ってくれるんだな⁈」と半ば強引に約束を取り付けた。19歳まではその約束に向かって走り続けていた。
 だが、いざ付き合うと、その先の目指すところというものが、とてもあいまいだ、ということに気が付いた。
 先日の結婚記念パーティで、俺は、同性カップルが人生を共にすると決める姿を見た。片想いみたいな1年半を過ごして、付き合って2年過ごして、今でも好きなら、その先にあるのは、山本さん達のような人生なんだろう。でも、そこに至るまでの道のりがちっとも平坦じゃないってことを知っている。
 そして、俺は未だ学生で、世間的にも伴侶がどうとか考えるには早すぎるけれど、ユキさんはもう31歳。お互いの人生の段階が、少しずつずれている。
 年単位の目標というものを持てないから、ちっぽけな約束を少し先に捲いて、俺はそれを拾い拾い進む。これまでもそうで、きっとこの先もそうなんだ。
「楽しみだねぇ、テント早く届くといいね!」
 二人で窓の外の、広々としたベランダを眺める。あるはずのひと部屋を欠いて生まれたベランダはしんと暗く、その先にある、向かいのマンションの灯りがよく見えた。

🌸

 たぶん東京が一番冷え込む2月の夜に、酔狂な俺たちは、ベランダに白いテントを立て、中に3つのピンパネルのクッションを入れた。1.5人しか入らなそうなテントの、0.5人分のエリアをクッションが占めた。
 一応キャンプらしいものを食べよう、と言うことで、夕食はホットサンドを作る。二枚貝みたいな、コンロで焼くタイプのホットサンドメーカーに、ユキさんがバターを塗っていく。
「これ、ひっつき防止?」
「いや、バター塗るとさ、表面がカリッカリになるんだよ」
 ユキさんがホットサンドメーカーの支度をしている間に、俺は隣のコンロで半熟の目玉焼きを作る。
 ホットサンドメーカーの片面に、8枚切りの食パンを乗せ、たっぷりの千切りキャベツと、ミートソース、目玉焼き、ピザ用チーズをどんどん重ねていく。
「ミライくんのミートソースがいい感じですねぇ。まさかナツメグまで入れるとはね」
 俺も多少料理に貢献しようと、水分をだいぶ飛ばしたミートソースを作ってきた。ひとり暮らし歴も2年になろうとしている。もう北京ダック切ろうとして指切りかけたりなんかしない。
 これ、挟めるのか? と言いたくなるような量の具材の上に、またパンを乗せ、ユキさんはぎゅっとホットサンドメーカーを閉じた。小さく、ジュー、という音が聞こえ始めた頃、挟んだままサッとひっくり返す。バターの香りが、目玉焼きの匂いの残るキッチンに充満し始める。
「あー腹減ってきた」
「そそるよねーコレ。全然室内だけどキャンプみ出てきたね」
 そうか? と思うが、そんなこと言わず、うん、と返す。
 俺が焼きたてのホットサンドに斜めに包丁を入れると、断面からチーズと卵の黄身が溢れそうになった。それらをまな板に持ってかれないように、さっと断面を上に向けると、チーズが橋を渡す。やばいやばい、と口々に言って、ダウンを着込み、銘々ホットサンドを乗せた皿を持って外に出た。
「あ、待って、お皿持ってて」
 と言ったユキさんは、室内に戻って電気を消した。俺はすかさず、ランタンの電源を入れた。
「おおー、キャンプー」
「ぽいなぁ」
 テントの入り口に並んで座り、小さなテーブルにホットサンドの皿を置く。乾杯、と言って缶を合わせた。火傷しそうに熱いホットサンドを頬張り、口を少し開けて蒸気を逃がすと、夜のむこうに蒸気の辿った道筋が見える。右隣から、くーっ、と言う声が聞こえる。塩気の効いたホットサンドには、もしかしたら甘い缶チューハイよりは、ビールの方が合うのかもしれない。
「ねぇ、ビールひと口くれ」
「お、行きます?」
 ぐっと流し込むと、チーズやミートソースの脂をビールが喉の奥に連れて行く。ああ、成程と思った。
「合うね」
「でしょう」
 ユキさんが、ホットサンドを持った左手で、ビールを持つ俺の手に、ゆるいグータッチみたいに触れた。
 楽しいことに巻き込んでくれて、美味しい物を作ってくれて、ビールの美味しさを教えてくれて。恋人なんだけど、好きなんだけど、隣に居ると安らぐ。俺は一人っ子だから分からないけれど、この気持ちは、兄ちゃんに感じる頼もしさみたいなものなんじゃないだろうか。そして、俺が兄ちゃんの様だと思ってるってことは、ユキさんは、弟みたいだって思ってるってことなんだろうか。追いかけても、大人になっても、決して時間は埋められない。甘い缶チューハイは、モヤモヤを流し込むにはちょっと弱い。
 まだまだ食べたりない俺たちは、二周目に取り掛かった。次は、フォークで軽く具材を潰した、昨日の残り物のクリームシチュー。
「チーズ、どうする?」
「行っちゃいましょう」
 再びいそいそとベランダに出て、カリカリのパンに歯を立てた。
「これ、あれだな。ほぼグラコロ」
 唇の端にシチューを付けたまま言うと、ユキさんが口を閉じたまま、うんうんと大きく頷いた。
 食後にユキさんがコーヒーを淹れた。カップは一つだけ。俺は気が向いた時にひと口もらう。ほかほかになった腹から出る息は、ずっと白いままだ。息の行く末を見守りながら空を見ていると、少しずつ目が慣れて星が見えてきた。
「せっかくだから、ミライくんのクッション、はい」
 ユキさんがテントからクッションを二つ取り出して、それぞれの膝の上に置いた。ついでに、寒くなってきたからと二人で毛布を被る。
「クッション可愛いねぇ、何だっけ、柄」
「ピンパネル、な」
「それ、どういう意味なの」
 う、と言葉に詰まった。ストロベリー・シーフが「いちご泥棒」なのは有名だし、ブラザーラビットはそのまんまだ。分かりません、と言って、ポケットからスマホを取り出し検索した。
「ルリハコベ、っていう花の英語名らしい……あ、しかも、この大きい方じゃなくて、周りの小さい花がピンパネルなんだと」
 この柄のメインだと思っていた大きい花はチューリップで、取り囲むピンパネルは、チューリップの十分の一にも満たない大きさだ。こんなささやかな花を柄の名前にするなんて。
「モリスさんは、優しい人かもねぇ」
 と、ユキさんが言う。
 スマホに表示されている「ピンパネルとは」に続く文を読んでいくと、「花言葉:約束」と書かれていた。花言葉調べるなんてやたら乙女チックだな、と思ったけれど、別に正面から調べたわけじゃない。まぁ、結果的に、知って良かった。
「ね、キャンプっぽい話する?」
「何だよキャンプっぽい話って」
「将来の夢とか? 普段言えないこととか」
 夜空の下、将来の夢なんて、熱いんだか寒いんだか分からない。普段言えないこと、は、色々あるけれど、さっき思ったことは割とマイルドな「普段言えないこと」な気がして、右を向き、言葉にした。
「あのさ、俺ら、兄弟っぽいなーって思ったりする? 俺のこと弟みたいに見てたり」
「いや、全然」
 即答されて、ちょっと怯んだ。何で? と尋ねると、
「だって俺、ガチ弟いるもん」
「ガチ弟……本物の弟ってことな。でも弟とキャンプとか」
「キャンプしても、一緒に毛布は被んないよ弟とは!」
「ああ、そっか……」
 聞いといて、そっかで済ませてしまった。じわっとした安心を、心の中で掴むのに精いっぱいで、言葉にならない。
「全然、弟なんて思ってないよ」
 微笑んでいるけれど、はっきりとした声で言われ、安心の上に別の気持ちが重なってゆく。堪らず、正面に向き直って俯き、そう、と言った。頬の傍を通り抜ける風が一層冷たい。右側から、
「あぁ、下向かれちゃったなぁ」
 と楽しそうな声が聞こえる。ユキさんは
「10秒待つから、こっち向いてくださいよ」
 と続けて、じゅーう、きゅーう、とカウントダウンを始めた。胸元にいっぱいのピンパネルをぎゅっと抱く。少し顔を上げれば、いつもの向かいのマンションの灯り、斜め右には、首都高の灯り。
 いーち、という声が消えると同時に、俺は10秒前の約束を果たした。頬骨を擦る夜風は遮られた。







本編はこちら


この記事が参加している募集

もっといい小説を書きます!