マシュマロ実験の盲点
さまざまな著書に取り上げられてきた『マシュマロ実験』。幼少の時にどれだけ我慢強かったかが、将来の経済的成功を左右するという結論に紐づけられているが、実際のところその真偽は疑わるようになった。
実験の内容とは次のようなものだ。4歳の子ども186人が実験に参加した。被験者である子どもは、気が散るようなものが何もない机と椅子だけの部屋に通され、椅子に座るよう言われる。机の上には皿があり、マシュマロが一個載っている。
実験者は「私はちょっと用がある。それはキミにあげるけど、私が戻ってくるまで15分の間食べるのを我慢してたら、マシュマロをもうひとつあげる。私がいない間にそれを食べたら、ふたつ目はなしだよ」と言って部屋を出ていく。
子どもたちの行動は、隠しカメラで記録された。1人だけ部屋に残された子どもたちは、自分のほっぺたを引っ張ったり、机を蹴ったりして目の前の誘惑に抵抗した。小さな縫いぐるみのようにマシュマロをなでたり、匂いをかぐ者もいた。目をふさいだり、椅子を後ろ向きにしてマシュマロを見ないようにする者もいた。
映像を分析した結果、マシュマロを見つめたり、触ったりする子どもは結局食べてしまう率が高いこと、我慢できた子どもは目をそらしたり、後ろを向いたりして、むしろマシュマロから注意を逸らそうとする傾向があることが観察された。すぐ手を出してマシュマロを食べた子供は少なかったが、最後まで我慢し通して2個目のマシュマロを手に入れた子どもは、1/3ほどだった。
この実験はそれからずっと後、その4歳児たちが大人になってからの行動と比較され、実験者たちは興味深い相関性があることに気がついた。
その結果は、幼少の頃における自制心の有無は十数年を経た後も持続していること、またマシュマロを食べなかった子どもと食べた子どもをグループにした場合、マシュマロを食べなかったグループが周囲からより優秀と評価されていること、さらに両グループ間では、大学進学適性試験(SAT)の点数には、トータル・スコアで平均210ポイントの相違が認められるというものだった。
この著名な実験から結論んづけられたのは、幼児期においてはIQよりも、自制心の強さのほうが将来のSATの点数にはるかに大きく影響するとしたものだった。2011年にはさらに追跡調査が行われ、この傾向が生涯のずっと後まで継続し、大人になってからの収入も、マシュマロを食べなかったグループが秀でていることが明らかにされた。
さらに被験者の大脳を撮影した結果、両グループには、集中力に関係するとされる腹側線条体と前頭前皮質の活発度において、重要な差異が認められた。そしてこの実験は、スタンフォード大学で「人間行動に関する、最も成功した実験のうちの1つ」とされた。
けれどもそれから10年ほどして、別の実験者たちによって行われた検証実験では、より広範な被験者についての実験が行われ、実験結果について被験者の家庭の年収といった要素ともあわせて、複合的な分析が行われた。
はじめの実験では被験者は大学の関係者の子供たちに限られていたが、今回は、より幅位広いグループからの被験者で、さらに家庭の年収といった要素ともあわせて、複合的な分析が行われた。
その結果、「2個目のマシュマロを手に入れたかどうか」は被験者の経済的背景と相関が高く、長期的成功の要因としては「2個目のマシュマロを手に入れたかどうか」よりも被験者が経済的に恵まれていたかどうかの方が重要であったこと、「2個目のマシュマロ」と長期的な成功は原因と結果の関係ではなく、経済的背景という一つの原因から導かれた2つの結果であったこと、が示されたという。
端的に言うと裕福な家庭に生まれた子供は、目の前のマシュマロに手を出さずにがまんできる傾向が強く、その子供たちは大きくなってより高いテストスコアをマークし、より多く稼ぐようになった、ということだ。
つまり我慢強いことよりも、教育や家庭環境の要因の方が将来の成功に対する影響はより大きいと考えられ、これまでの実験への解釈が覆されることになったのは興味深い。
データを解釈するときは、その因果関係を読み取ることが重要なこととされるが、このあまりにも有名なマシュマロ実験にも、その盲点があったということは、驚くべきことだ。
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