悲しい日本人の悲しい日本語
めっちゃ、という言葉が気にならない人が多いらしい。他にも「そっこう」や「じみに」も普通に使われているようだ。NHK「おはよう日本」の調べによれば、これらの言葉を他人が使うのが気にならない人が多数である。
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「家に帰って我にかえり『ガチ速』の著書をAmazonnポチした。カモにされてサプリを買い込む」なんていうTwitterの投稿も見たことがある。これを嘆かわしいなどと言ってはいけないのだろうか。
日本語の新しい表現について文化庁が調査
これはもう随分古い、2013年の文化庁の調査で、表題は「日本語は乱れている:9割」時代の実相。
例えば次のような調査がある。
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「怒り心頭に〜」の次に来る正しい言葉、「発する」は、高齢者を中心に回答されているだけで、多数派は「達する」と答えている。10代には「こういう言い方をしない」が多く、この種の慣用句が使われなくなっている現状を反映している。
「怒り心頭に達する」という間違った言い方が多数派になり、日本の中で、ある種、落ち着いてしまって、もう変化を起こす力も残っていないようだ。正しい言い方「発する」も2割前後まで落ち込んでしまっている。
「上を下への大騒ぎ」も、正しい言い方「を」は、高年層に多く、若年層にかけて減り続けている。
どんな言語であっても、言葉は常に進化していくものだから、悲しいなどと言ってはいけないのかもしれない。けれども美しい言葉は残していきたいものだ。
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