ヨーロッパ文化教養講座(「想いの軌跡 1975~2013」塩野七生 を読んで)
2023/09/04
小生が最も敬愛する作家、塩野七生さんのエッセイ集「想いの軌跡 1975~2013」を読んだ。
塩野七生さんについては、小生の人生を変えたと言ってもいい人なので、書きたいことはいくらでもあるが、このエッセイ集の中では、塩野七生さんらしい、エピソードが書いてある、1975年3月の「偽物づくりの告白」が面白かった。
このエピソードは、塩野七生さんの「ルネサンスの女たち」、「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷」に続く、「神の代理人」についてである。
「神の代理人」は、ルネサンス期のローマ法王5人を取り上げた歴史小説である。
この小説を書いた動機は、塩野さんは、自分が惚れているというチェーザレ・ボルジアの父(ローマ法王に子どもがいると困るので、伯父ということになっている)である、アレクサンデル6世を書くために、他の4人を追加して、比較論的に書いたそうである。
塩野七生さんは、本作を書いているときに、どうしても、アレクサンドル6世が「言ったこと」が必要になった。でも、アレクサンドル6世がそのように喋ったという歴史的資料は存在しない。
そこで、塩野さんは、何と、アレクサンドル6世が言ったという資料を自分で作ったそうである。
面白かったのは、塩野さんは、まだ、3作目の新人作家だったので、正直に資料を自分で作ったことをコメントしてしまった後、批評家の中に、「あれは、(資料が偽であることが)すぐわかった」というような批評をする人が何人かいて、いたずら心に火が付いたそうだ。
何をしたかと言えば、塩野さんは、その後の改訂で、史実を列記した偽の資料に見えないものと、史実をわざと偽の資料に見えるようにしたものの、二つを使って発表した。今回は、資料の真贋については、コメントをしなかった。
結果は、批評家から、偽の資料にみえない資料には何もコメントなく、偽の資料に見えるものには、「またやったな」というコメントがあって、「やった!」という気持ちになったそうである。
その後、彼女は、偽の資料を作ることの労力がたいへんな事を実感したので、一切偽の資料作りには手を染めていないというオチが付いている。