Ernest Hemingway氏(以下、EH氏と略)の"The Old Man and the Sea"(邦題「老人と海」)第三弾、名著の冒頭部分の和英比較と注目ポイントの解説を通して、英語と日本語の仕組みの違いを学んでもらいます。これまでは特に冠詞と代名詞の使い分けを中心に解説してきましたが、今回はいい題材があったので、過去時制と仮定法についても少し考察してみました。
探しやすいように、代名詞heとその格変化したものを太字にして右にナンバリングしてあります。重要な名詞句(a/the old man、a/the boy、a man)も同様に、太字にして右にナンバリングしてあります。
[タイトル]The Old Man and the Sea / 老人と海
[以下、③続き](太字や日本語部分は私が入力)
“If you were my boy1 I’d take you out and gamble,” he26 said. “But you are your father’s and your mother’s and you are in a lucky boat.”
“May I get the sardines? I know where I can get four baits too.”
“I have mine left from today. I put them in salt in the box.”
“Let me get four fresh ones.”
“One,” the old man15 said. His27 hope and his28 confidence had never gone. But now they were freshening as when the breeze rises.
“Two,” the boy11 said.
“Two,” the old man16 agreed. “You didn’t steal them?”
“I would,” the boy12 said. “But I bought these.” ※実は"I would"は解釈が難しい表現。「仮定法」と解釈するなら、"I would have"や"I could (have)"との訳し分けが必要。もう一つの可能性は「過去の習慣」解釈。カーペンターズの"Yesterday Once More"の歌詞"When I was young, I'd listen to the radio" (I'd = I would)で有名な表現。これだと、「(実際に)以前は盗んでいた」という和訳に。あなたはどっちだと思いますか?今の段階で私は「過去の習慣」派ですが、もう一つ悩んでいる解釈が。和訳本も複数あり、翻訳者によってニュアンスが微妙に違うので、比べてみると面白いと思います。
★この「過去形」問題(特に助動詞の過去形)はかなり重要なので、文法的整理も兼ねて深掘り解説しておきます。まず、文法的に真っ当だと私が考える解釈は以下の3通り。 ① シンプルな仮定法(現在や未来の動作でも"I would (steal)"と過去シフト):どんなifの意図が背景にあるのかはケースバイケース(この文脈だと「普通ならそうするけど、今回は別」?) ② 過去時点の仮定法("I would have (stolen)"と過去シフト):普通は「昔の自分だったら」という意図で使うはずだが、ここではhaveを使っていないので、やや無理のある解釈。 ③ 過去の習慣("I would (steal)"):「(実際に)以前は盗んでいた」。 残念ながら、この解釈は少数派のようです。私がこの解釈を第一候補に選ぶ理由は、老人も次の段落で過去を回想して現在と対比、少年もここで過去と現在の自分の違いを強調、で2人揃って過去と現在が対比される形になるから。 そもそも老人が"You didn’t steal them?"と聞いたのは、少年が昔そうしていたことを知った上で心配して質問したのでは?また、"You didn’t steal them?"という質問に対して最終的に"But I bought these."と答えており、didn'tもboughtも仮定法ではない本当の過去形なので、それに対応する過去時点の仮定法なら"I would have (stolen)"でないとダメ。もしかして、少年は仮定法を使いこなせない設定という解釈?そういう設定なら、今後読み進めていく中で少年の言葉遣いから明らかになるかも。 また、「過去の習慣」表現には"I used to (steal)"もありますが、これだと常習犯の意味に。一方、"I would (steal)"だと、時々〜良く盗んだ(気分次第)。 ④ もう一つ悩んでいる解釈は、上記のシンプルな仮定法「普通なら盗むけど、今回は別で、もう買った」。これはEH氏の意図の解釈が難しく、少年は今でも盗むことはあるけど、今回だけ盗まずに購入(たまたま〜気まぐれ)? ⑤ ちなみに、市販の和訳本での解釈は以下の3通り(敬称略) a. 越前訳(角川)、高見訳(新潮)、石波訳(佐和)は過去時点の仮定法"I could have stolen"と解釈した意訳 b. 福田訳(新潮)、野崎訳(GB21)はシンプルな仮定法"I could steal"と解釈した意訳 c. 小川訳(光文社)は"I would like to steal"と解釈した意訳 改めて、翻訳って難しいですね。さて、EH氏なら何と言うでしょう(こうした議論そのものを嫌うかも)。もちろん、私の解釈が間違っている可能性もありますが、いずれにせよwouldの解釈がこんなに多様に存在すること自体、英語が内包する弱点と言ってもいいでしょう。この議論、ここはボブ・ディラン氏(こちらもノーベル文学賞を受賞)の歌詞を引用してひとまず終わりにしたいと思います。"The answer, my friend, is blowin' in the wind. The answer is blowing' in the wind."
“Thank you,” the old man17 said. He29 was too simple to wonder when he30 had attained humility. But he31 knew he32 had attained it and he33 knew it was not disgraceful and it carried no loss of true pride. ※ここも、読み比べてみると翻訳者によってニュアンスが微妙に違うところが面白いですね。 ※しばらく"the old man"と"the boy"が交互に発言しており、どっちの発言かを発言内容から判断しにくいので、"he said"等は使いにくい流れ。 ※the old man17=He29=he30=he31=he32=he33、日本語なら幾つかは省略できるはずですが。
“Tomorrow is going to be a good day with this current,” he34 said.
“Where are you going?” the boy13 asked.
“Far out to come in when the wind shifts. I want to be out before it is light.”
“I’ll try to get him35 to work far out,” the boy14 said. “Then if you hook something truly big we can come to your aid.” ※him35の先行詞は?
“He36 does not like to work too far out.” ※him35=He36
“No,” the boy15 said. “But I will see something that he37 cannot see such as a bird working and get him38 to come out after dolphin.” ※him35=He36=he37=he38
“Are his39 eyes that bad?” ※him35=He36=he37=he38=his39
“He40 is almost blind.” ※him35=He36=he37=he38=his39=He40
“It is strange,” the old man18 said. “He41 never went turtle-ing. That is what kills the eyes.” ※him35=He36=he37=he38=his39=He40=He41、これも日本語なら幾つかは省略できるはず。なかなか名前が出てこない人物he。