SDGsと先住民族の権利②〜再生可能エネルギー開発に潜む人権侵害・南米コロンビアの事例〜
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再生可能エネルギー開発は、持続可能な社会にとって不可欠ですが、そのプロセスでの人権侵害が数多く報告されています。その被害者の多くが中南米の先住民族です。今回は南米コロンビアの事例を紹介します。
プロジェクト予定地の98%が先住民族の土地
(出典:Semana Sostenible)
コロンビア政府は2031年までに、カリブ海に面しているラ・グアヒラ県の北部および中部地域に、65箇所の風力発電所が稼働する計画をしています。9万ヘクタール(ha)の土地に2,600基の風力タービンが建設される予定で、設置後の最大出力は6,500MWと言われています。2022年までのフェーズ1だけで、多国籍企業とコロンビア企業が合計60億ドルを投資している巨大プロジェクトです。
問題は、本プロジェクトの予定地の98%が、コロンビアの先住民族であるワユー族の領土であるにもかかわらず、プロジェクトの意思決定にワユー族が参加していないことです。(上図のグレーの斜線部がワユー族の領土、オレンジの領域に風力タービンが設置される予定)そのため、この対象地域に住む288以上のコミュニティを構成するワユー族の人びとは、これまで千年以上にわたり守ってきた土地を奪われる可能性があります。
参画している多国籍企業は、以下の通りです。風力測定や環境影響調査を既に実施され、京都議定書で提唱されたクリーン開発メカニズム(CDM)の導入も検討されています。
<ラ・グアヒラ風力プロジェクトに参画している多国籍企業>
●ドイツの風力発電会社Socitecの現地法人であるSowitec Energía de Colombia
●ブラジルの投資会社Alupar Investimentoの現地法人Alupar
●カナダの多国籍企業Brookfieldの子会社であるIsagén
●米国のエネルギー会社AES Corporationの子会社AES Generの現地法人AES Colombia
●スペインのエネルギー開発企業Elecnorの子会社であるEnerfin Sociedad de Energía
●スペインのエネルギー開発企業Amda Energíaの子会社であるDesarrollos Eólicos Alta Guajira
●イタリアのエネルギー会社Enel傘下の再生可能エネルギーに特化した子会社Enel Green Power
●ポルトガルの再生可能エネルギー会社Martifer Renewables SGPSのルーマニアの子会社Eviva Energy–Matifer Renewables
●コロンビアのGrupo Argosがオーストリアに本社を置くRenovatio
<出典:INDEPAZ, "El viento del este llega con revoluciones-Multinacionales y transición con energía eólica en territorio Wayúu-"(2019)を元に筆者が要約>
中南米は風力開発のホットスポット
風力発電産業の国際貿易協会・GWECによると、中南米・カリブ地域は世界的でも有数の風力開発のポテンシャルが高い地域であり、2030年までに合計出力85GWの風力発電の新規開発が予測されています。中でも、コロンビアは新しいマーケットとして世界的に注目されており、発電事業者を決める競争入札には、欧米の企業が数多く参加しています。
ビジネスと人権資料センター(BHRRC)によると、年々、再生可能エネルギープロジェクトをめぐる人権侵害(殺害、脅迫、土地の奪取、危険な労働条件、低賃金、先住民族の生活や生計への悪影響など)の申立が増えており、過去10年で197件の申立がありました。再生可能エネルギーの発電方法に関わらず、風力、太陽光、バイオエネルギー、地熱、水力の全てのプロジェクトで人権侵害が発生しており、6割が中南米で発生しています。(197件のうち121件が中南米)
今回紹介する、コロンビアのラ・グアヒラ県でのプロジェクトは、国内最大の風力開発事業であり、現政権が掲げる「2022年までに再生可能エネルギーの発電量を1,500MW開発する」という目標を達成するには不可欠ですが、パイロットプロジェクトが開始された2004年から先住民族の権利が問題視されてきました。
コロンビア最大の先住民族・ワユー族
ワユー族の人口は40万人であり、コロンビアの先住民族の全人口の約20%を占めます。ワユー族が「神聖な場所」として、1,000年以上前から大切にしている土地は、ラ・グアヒラ県を含むグアヒラ半島全域の他、コロンビアとベネズエラの国境地域に存在します。今回のプロジェクトでは、ワユー族が先祖代々所有してきた神聖な土地のうち35%が、風力発電所の開発予定地に含まれています。
ワユー族のほとんどはスペイン語とアラワク語を話すバイリンガルです。アワラク語しか話せない人も存在します。もともとは、狩猟と漁業を営んで暮らしていましたが、スペインによる植民地時代以来、畜産業や他地域との交易もするようになりました。
ワユー族は母系性社会を構成しており、コミュニティのリーダーも女性が担うのが一般的で、1つ1つのコミュニティは自分たちの領土を持っています。
(出典:Artesanias Colombia 公式Facebookページ)
ワユー族の作るワユーバック(スペイン語ではmochila)は、近年日本でも販売されるなど、コロンビアの代表的なファッションアイテムです。ワユー族にとって民族的な織物は、先祖代々の文化的習慣や遺産であり、彼らの世界観を表現する方法のひとつです。
ワユー族の住む土地は、1980年代以降、国内企業や多国籍企業が、石炭、天然ガス、塩、その他の天然資源を採掘してきた地域でもあり、その資源開発による利益が彼らに還元されることはほとんど無く、現在も多くの人びとが、教育を受けることができず、医療サービスを受けることが出来ておらず、電気も水もない環境で暮らしています。加えて、コロンビアの中でも気候変動の影響を受けやすい地域であり、干ばつにより農作物や家畜が絶え、子どもの栄養失調が深刻化しています。2008年から2016年までに4,770人の子どもたちが命を落としました。
ラ・グアヒーラ県はコロンビアの中で4番目に貧しい県であり、風力開発プロジェクト予定地のウリビアは、コロンビアで最も貧しい自治体です。本プロジェクトでは、ラ・グアヒラ県に暮らすワユー族が先祖代々所有してきた神聖な土地の約35%が風力発電所の開発予定地に含まれており、これまでと同様の生活が送れなくなるコミュニティが増えることが懸念されています。
先住民族の権利に基づく事前協議とは?
大規模開発プロジェクトにおいて、環境インパクトに関しては、専門家が環境インパクト評価(EIA)を実施しますが、人権に関しても同様に、影響のある人びとへの
先住民族の土地で行われるプロジェクトの場合、先住民族の権利を尊重することが原則です。必ず、土地・資源の権利(強制立ち退きを受けない権利も含む)や自己決定の権利、FPIC原則(自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意)が保証されることが重要です。(詳細は、前回の記事を参照ください)
コロンビアでは、先住民族の権利保護を目的としたILO条約169号に1991年に批准し、1991年制定の憲法330条において「企業は彼らの土地に介入する前に、先住民やアフリカ系住民の同意を求めなければならない」と定めています。(コロンビアでは先住民族と同様、アフリカ系住民も最も脆弱なコミュニティに含まれます)
さらに、2007年には先住民族の権利に関する国連宣言(UNDRIP)を承認したことで、先住民族の制度、文化、伝統を維持、強化し、かつニーズと願望に従って開発を進め、先住民族の権利を尊重することを政府として同意しているのです。
しかし、実際は、法規制が整備されてきているにもかかわらず、実効性に欠けることが国際NGO・オックスファムからも指摘されています。
そして、本プロジェクトは、政府と企業の対応が問題視されています。
●政府:企業がプロジェクト計画書を政府に提出した際、政府は「開発予定地に先住民族が居住している」という事実を企業に報告した。しかし、本来政府の責任で行うべき、先住民族コミュニティと企業間の事前協議のプロセスを怠り、環境・社会的なインパクトを知らせなかった。
●企業:直接現地を訪ね、先住民族との協議を自主的に実施。その結果、企業側が認識した先住民族の要求事項は「我々のコミュニティへの電力供給の約束。そして、飲料水へアクセスの確保を保証すること」という生きるために最低限の要望のみ。
つまり、先住民族は政府や専門家のアドバイス無しに、企業("ビッグモンスター")との対話を余儀なくされ、十分な情報も与えられていないため、最低限の要求しか伝えることが出来ませんでした。そして、企業側も「要求された最低限の対価を支払えばいい」というスタンスであることが問題です。
ワユー族当事者団体・ナシオンワユーの会長・ホセ・シルバ氏は「現在行われている先住民族との事前協議は完全に違法である。先住民族の権利に関する専門家が事前協議に参加・同行すべきである。」と主張しています。
先住民族コミュニティへの利益還元率の低さ
コロンビアの本プロジェクトにおける、もう1つの問題は、先住民族のコミュニティが得る恩恵が少なすぎることです。
デンマークなどの先進国では、「コミュニティ」がプロジェクトに出資することで、コミュニティの意思が反映され、発電開始後の利益の50%を得ることが珍しくありません。しかし、コロンビアを含む、中南米の風力ビジネスは、投資家である「企業」と不動産所有者である「コミュニティ」との間のジョイントベンチャーであり、「コミュニティ」は土地の賃借料と税収として利益が配分されます。
コロンビアの再生可能エネルギープロジェクトでは、熱電発電プロジェクトで利益の4%、水力発電プロジェクトで利益の6%が、補償金として継続的に支払われています。一方、今回の風力発電プロジェクトでは、利益の2%が住民に支払われる予定となっている(水の確保、ヘルスケア、雇用促進に充てられる)。
政府が秩序のある補償金規定を定めないことで、各企業がワユー族のそれぞれのコミュニティと個別に協議し、コミュニティ間で利益の差異が生じます。その結果、ワユー族内の新たな紛争を生みかねないとして、専門家は懸念しています。
では、最後に本プロジェクトのインパクトに関して、SDGsを起点に考えてみましょう。
SDGsゴール7に正の影響、ゴール16に負の影響
コロンビアがエネルギー転換を急ぐ理由は、石油やガスの埋蔵量の減少と水力発電依存からの脱却です。
資源国として牽引してきましたが、石油は7年、ガスは10年で枯渇すると言われています。まさに今は、資源輸出型の経済から脱却の過渡期です。
また、気候変動の影響を受けやすい国と言われ、現在雨量の多い地域が今後は減少が予測されます。そのため、発電比率の70%を占める水力発電に依存できないことが懸念されています。エネルギーミックスの改善を目的として、風力や太陽光などの再生可能エネルギーへと急激にシフトしています。
再生可能エネルギー開発は、コロンビアの将来にとって必須であり、コロンビア政府としては世界全体で取り組んでいるSDGsのゴール7「エネルギーをみんなに、クリーンに」の目標達成にも貢献しています。そして、それを支援する企業も、ゴール7に貢献していると言えるでしょう。
一方、ゴール16「平和と公正をすべての人に」については、どうでしょうか。(以下外務省仮訳より抜粋)
16.7 あらゆるレベルにおいて、対応的、包摂的、参加型及び代表的な意思決定を確保する。
16.10 国内法規及び国際協定に従い、情報への公共アクセスを確保し、基本的自由を保障する。
16.b 持続可能な開発のための非差別的な法規及び政策を推進し、実施する。
本プロジェクトの場合、プロジェクトの実施プロセスに先住民族が参加する手続きが省略されたため、意思決定に参画しておらず、先住民の権利を尊重する法的枠組みが欠けています。また、正しい情報へのアクセスも制限されていたことから、ゴール16に対しては負のインパクトを与えていたことになります。
企業がSDGsに貢献するために
SDGsに貢献するには、まず、人権に対する負のインパクトを出さないことが求められています。たとえ再生可能エネルギー開発による気候変動対策が世界最高レベルでも、先住民族を「見えない存在」として意思決定の場から排除することは、「誰一人取り残さない」という人権尊重をベースとするSDGsの理念から反します。
再生可能エネルギー開発は、気候変動対策に関連して近年議論されるようになった、"Just Transition(公正な移行;人権・社会への負の影響を予防した上での政策・事業転換)"という概念が求められる領域なのです。
ビジネス展開の対象国、特に南米の場合、「ビジネスと人権に関する指導原則」が求める国際人権基準と国内法との間には大きなギャップが存在することが多いです。しかし、企業としては、国際人権基準に沿って人権を尊重した上で、現地のコミュニティにも利益が還元される事業展開とそのために必要なルール策定について政府に働きかけることが重要です。
Social Connection for Human Rights/ 鈴木 真代
<参考になるガイドライン>
●ビジネス人権資料センター, "Fast & fair renewable energy: A practical guide for investors"(2019年7月、英語、投資家向け実践ガイド)
<参考記事>
●Semana Sostenible, "Energía eólica: un tema de alto voltaje para los wayú"(2020年1月14日配信、スペイン語)
●NACLA Report on the Americas,"The Green Erasure of Indigenous Life"(2020年5月6日配信、英語)
●Financial Times, "Why the Atlantic region holds the key to Colombia’s energy needs"(2019年10月28日配信、英語)
<ワユー族の研究者による解説記事>
●Matsumaru Susumuさん "それは誰にとって「持続可能」なのか"(2020年7月21日配信、日本語)
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