梶原教育長インタビューPart1 ~こっそり「当事者」を増やす教育長~
<インタビューのきっかけ>
初めて梶原教育長にお会いしたとき、先の流れを読む「魚の目」を持ち、関係者全員が「当事者」意識や「自主性」を持つための工夫として、教育長自身の「弱みを見せる」とおっしゃっていたことがとても印象的でした。
教育長というと孤独なイメージがありましたが、新しいマネジメントスタイル、リーダーシップの在り方だと感じ、どのような経緯でこうしたお考えに至ったのか、知りたくなりました。
また、そうした教育長が現在行っている実践のお話を聴きたいと思うとともに、梶原教育長のメッセージは、現在前線で奮闘している現場の教職員の小さな勇気・小さな一歩に繋がると思い、インタビューを実施させていただくこととしました。
梶原教育長ってこんな人
〇(事務局)それでは…インタビューをスタートさせていただきます!早速ですが読者の皆様のために、簡単に自己紹介をしていただけますか。
◍(梶原教育長)昨年1月から大分県玖珠町の教育長に就任しました、梶原敏明です。玖珠町とのご縁は、平成23年に玖珠町立玖珠中学校の校長をしたことがきっかけです。これまで、地域とともにある学校づくりを目指して取り組んできました。
昨年は、着任して1か月も経たずに新型コロナウイルス感染症の感染拡大、全国一斉臨時休業…と、思うような施策をなかなか打ちにくい1年ではありました。
しかし、GIGAスクール構想を全国に先駆けて実現しようと、町内の学校のWiFi環境の整備、一人一台端末の整備に取り組み、2月の臨時議会で予算をつけていただいた結果、大分県トップで全校配備を完了することができました。振り返ると、「ピンチをチャンスに」という思いを強く持って、色々な対応を行ってきた1年でした。
〇(事務局)今日は、教育長の右腕の衛藤参事もご参加くださっています。ありがとうございます!
玖珠町版GIGAスクール構想の実現に向けた道のりを例に
〇(事務局)さっそく、GIGAスクール構想の話が出ました。
玖珠町は、全国に先駆けて、GIGAスクール構想を「玖珠町オリジナル」として取り入れていると伺っています。GIGAを進めていくにあたっては、首長部局との調整など、様々なご苦労があったと思いますが、どうやって、いまの形に至ったのでしょうか。
◍(梶原教育長)まずはGIGAとは何かを理解してもらうことから始めました。「文科省がこう言っている」と言っても、誰もついてきてくれません。何のためにやるのか、どういう使い方をするのかなど基本的なことを、衛藤参事たちとともに、まずは自分たちが勉強しました。その結果、私たちは、ICT機器を、教育効果をあげる「道具」であると捉えました。
その「道具」をなぜいま学校現場に取り入れるのか、それは、社会の変化、時代の流れを踏まえると、そして、そうした社会・時代を生きていく子どもたちの視点に立つと、遅かれ早かれやらないといけない時代が確実に来ると思い、どうせやることになるのであれば早くやった方が良い、ということで、ゴールから逆算してどう取り入れるかを検討してきました。
〇(事務局)具体的にどう進めたかも教えていただきたいです。
◍(梶原教育長)まず、ある程度道筋をつけたところで、町長にご相談しました。議会へも丁寧に説明を行い、2020年2月と6月に補正予算で臨時議会を2度開いていただき、端末のための予算を確保しました。
町内に資格を持った事業者がいなかったために、再入札となり、2カ月余計に時間がかかってしまうなどハプニングはありましたが…それでも、町長と議会のご理解のおかげでここまで早く実現することができました。
中学校は、学校統合(※詳細は後述)をした際に、校内のWiFi環境を整えていました。そうした経験もあったため、小学校でもスムーズに環境整備ができていったと思っています。
〇(事務局)具体的な分析と戦略策定を担った衛藤参事は当初、この動きをどう思われていたんでしょうか、そこから今に至るまでお気持ちの面でどんな変化がありましたか。
■(衛藤参事)私は当初、「もの」が現場に入ってきても飾られるだけになるのではないか、本当に活用していくというところまでにはタイムラグがあるのではないかと、思っていました。
特に昨年は、全国で臨時休校の期間が変わってきたりする中で、先行きが見えないことによる不安感はありました。秋入学の議論が始まったときには、そもそも今後の教育がどうなるのかという不安もありました。
しかし、教育長とともに、徐々に周りのひとを巻き込んでいった、という感じです。
〇(事務局)インフラが整っても、理解者が増えないとなかなか物事は進まないように感じていますが、そこはどのようなところに難しさがあり、またどのような工夫があったのでしょうか。
■(衛藤参事)一人一台端末は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって生まれた緊急の計画ではありません。
もともと、時代の流れや社会の変化を踏まえると必要な計画であったということが、現場の先生方には意外にも理解されていませんでした。なぜ必要か、どうしていまやるのかを説明して回ることが難しかったです。
しかし、教育委員会の中に技術的なことに詳しい職員がいて、その職員たちに相談したところ、「一人一台端末を全国の学校が一斉に求めたら、そもそも端末そのものが無くなってしまうだろう、またLANケーブル(配線)を含めネットワーク環境整備に伴う機材(資材)も供給が追いつかなくなるかもしれない。そうならないように、全国に先駆けてやらないといけない!」という強いサジェスチョンがありました。
だからこそ、「先読み」で動くことを続けました。
(参考)玖珠町版GIGAスクール構想
玖珠町では、学校教育における情報化の推進において、誰一人取り残すことなく、すべての子供たちの力を最大限に引き出し、未来の地域課題解決を担う人材を育成できるようにと、一人一台端末を活用した「新たな学びのスタイル」の実現に取り組んできました。
新しい「道具」である一人一台端末が手元に来たからと言ってぶれることなく、「地域とともにある学校」を推進する玖珠町らしく、学びと社会をつなげることにより「社会に開かれた教育課程」を実現するため、「道具」としてのICTを基盤としつつ、学校ならではの「協働的な学び合い」や、地域の方々をはじめ多様な他者と協働して主体的に実社会に関わる課題を解決しようとする探究的な学び、様々な体験活動などを通じ、キャリア教育をベースとしながら持続可能な社会の創り手として必要な資質・能力を育んでいくことを目指して来たとのことです。
副教材も積極的に取り入れて、教職員の働き方改革にもつなげているとのこと。また、2020年度末の春休みも積極的に端末の持ち帰りを推奨し、家庭学習を含む普段使い用途としても活用してもらうようにしたとのことです!
みんなが「当事者」になるようにこっそり仕掛ける
〇(事務局)お聞きしづらいですが、「道具」を実際に使う学校現場に対しては、どのようにしてその重要性を伝えていったのでしょうか。具体的な教育実践に落とし込むためには、いくら先読みが適切だったとしても、重要性をただ説くだけでは十分ではないようにも思うのですが。
◍(梶原教育長)玖珠町では、令和2年10月に、一人一台端末時代をどう迎えるか、将来の町の課題解決を担う人材育成のチャンスと位置づけて、「有識者会議」(玖珠町の未来の地域課題解決を担う人材育成に関する有識者会議)を立ち上げました。
この場が、関係者が当事者意識を持つためにうまく働いたと思っています。「有識者」会議なので、大学関係者にも入っていただきましたが、地域の人や教職員にも参画してもらった会議体です。
文科省はよく、リアルとオンラインのハイブリッドと言っていると思いますが、玖珠町では、①自然体験、②郷土教育、③地域課題、④ICT活用をつなげる、4WDを目指しています!
社会がどんどん変化する中、その変化にどうついていくか、社会のニーズを把握しつつ、子どもたちに還元するには、社会の力、地域の力を財産としてこの有識者会議に集結させていこう、そんな気持ちで作りました。
具体的には、地元の観光協会のひと、農家のひとなどにもメンバーに入ってもらって、例えば自然観察や郷土の産業などの体験学習をどう、ICTを活用して行うかなど、地域で活躍する人の力を借りながら議論しています。
〇(事務局)なるほど、ICT教育も地域とともになんですね。
◍(梶原教育長)物事を進めていくには、なによりも「プロセス」が大切だと私は思っています。私たち教育委員会や文科省が、「これを揃えたからよろしく!」といっても、やらされ感でしかありません。これは皆さんが仕事をするときも同じだと思います。
では、どうするのか。ということで、この「有識者会議」を活用したのです。有識者会議のメンバーは総勢40人、そのうちの20人を現場の教職員としました。
有識者の先生方、そして地域の人とともに、現場の教職員が、どのように人一台端末を活用していくかを自分たちで議論することで、「玖珠町のGIGAスクール構想は自分たちで創り上げた」、という意識を持てたと思っています。
「参加」ではなく「参画」するひとを増やす
〇(事務局)20人ですか!「教育広報くす」に掲載されている玖珠町の教員数から考えると、6~7人に1人の割合で現場の先生がこの会議に参加していたということですよね!?
◍(梶原教育長)そうです。教師を20人も入れるのか、という声もありましたが、全学校から本人の希望をもとに推薦してもらう方式で参加者を募りました。各学校で進めるリーダーを手上げ式で名乗りを上げてもらった形です。
これも事前に、どうやったら自分事化してもらえるかを衛藤参事たちと議論して、「参加」ではなく「参画」する人を増やしたいと思って、この有識者会議の構成、人選などを考えました。
参画した教職員には、「私たちが創った玖珠町版GIGAスクール構想だからやりましょう!」という風に、現場で、PCの使い方、教材の使い方などをリードしていってほしいなぁと思っていました。
…あんまり言っちゃうと、作戦がばれちゃうから…内緒ですよ(笑)
〇(事務局)内緒にします!笑
◍(梶原教育長)人材育成は、基本的にそういう発想で行われるものなんじゃないかなぁと思います。「参加」ではなく「参画」する人を増やしていくのです。
〇(事務局)全員が当事者のイベント、という感じですね!
◍(梶原教育長)まさに、プラットフォームです!
地域にとっての小学校の意味
〇(事務局)GIGAスクール構想の実現に向けたお話をお聞きしていると、教育委員会と学校現場の心理的な近さ、そして町全体が、教育を自分事化しているように感じます。
ちなみに、玖珠町は数年前に中学校が1校に統合され、小学校は統合されずに数校あるというのは、地理的要因が大きいのでしょうか。
◍(梶原教育長)確かに、子どもたちが歩いて通えるか、というような地理的要因もそうですが、小学校はできるだけ残したい、という想いが強くあるから、と言った方がよいでしょうか。
昔は、1つの村、1つの「字」に1つの小学校がありました。やはりそれには意味があって、小学校は「母校」、「母なる学校」ということなんです。
つまり、子どもたちにとっての「学びの場」だけでなく、「地域にとっての拠り所」、特に玖珠町のような田舎にとっては唯一の公共の建物、すなわち「防災の場」でもあります。
そういう地域を「つなげる場」をつぶしてはいけないという想いから、学校規模が小さくなってもできるだけ統合せずに残したいと思ってきました。小学校は地域の活力の拠点だと捉えています。
今後、例えば、公民館的機能、公共図書館機能も兼ね備えていくでしょうし、ますます小学校が果たす役割は大きくなると思っています。
〇(事務局)学校規模はかなり異なるようですが、地域によって小学校はかなり色が違うのでしょうか。
※全校生徒は、最多で311名、最小で6名。
◍(梶原教育長)もともとこの玖珠の地域は、4つの村からできています。昭和30年に合併で新制「玖珠町」となった後も、それぞれの地域の誇りとプライドは残ってきました!
全く違う特色のある4つの村から成っているそれぞれの地域はいまも、各自治会が予算権を持ったり役場機能の一部を担っているところがあります。そこで地域の課題を自分たちで解決して来ているのです。もともと自治意識が強いという特色があります。
(参考)玖珠町の歴史ミニ講座
「明治4年(1871年)当時は、いまの玖珠町行政区画内は23村がありましたが、明治22年(1889年)に、森村・万年村・北山田村・八幡村の4つの村に合併しました。その後、森村は明治26年(1893年)森町に、万年村は昭和2年(1927年)玖珠町に改称し、そして昭和30年(1955年)この4町村が合併して、現在の玖珠町となりました。」(玖珠町ホームページより)
※さらに詳しくは、こちらから!
〇(事務局)まさに、「おらがまちの学校」ですね。
◍(梶原教育長)そうですね。なので小学校については、各地域直々に統合してほしいという希望がない限りは、統合するつもりはありません。
○(事務局)それだけ多様な地域一つ一つに対して、教育長はどのように接し、玖珠町としての教育を進めておられるのですか。
◍(梶原教育長)私は教育長として、玖珠町オールとして筋を通したビジョンは示すけれど、そこから先は自分たちで考えてほしいとして委ねます。そうすると、それこそが主体性を育むものになります。
地域のプライドも、誇りも、特色も規模も自治会も違う、それぞれが多様な個性があって、全ての学校が違うからこそ、学校の方針は校長に任せるのです。
教育長が決めてくれたら楽なのにって思っている校長もいるかもしれないですが…教育長として自分は、校長たちに自分たちのことだから自分たちで考えて、思い切って好きなようにやって良いと伝える、そして責任は自分が持つと伝えることが仕事だと思っています。
地域のプライドを背負って中学校で集合する
〇(事務局)中学校は1つということで、それぞれの小学校で育った子どもたちが中学校で集合する形になるんですね。中学校は1つに統合されて今年初めて卒業生が出るということですが、中学校が1つであることについては、どう捉えていますか。
◍(梶原教育長)中学校が1つに統合された当初は、(統合された中学校には小規模校と大規模校それぞれあったことから、)小規模校出身の中学生が大規模校出身の中学生にいじめられたりするんじゃないかと思っていました。
しかし実際は、全くそんなことはありませんでした。地域のプライドを背負って、中学校で集まって来る、だからこそ、小規模校出身の子どもたちも、大規模校出身の子どもたちに負けることなく活躍しています。
統合のメリットとしては、ある程度の人数が集合したときのエネルギーを感じました。そこで切磋琢磨する様子が見られてそれはとても良いなぁと思っています。
例えば、今年、くす星翔中学校は、大分県の「第3回ICTを活用した小・中学生プレゼンテーションコンテスト」で優勝しました(詳しくは、こちらから)。これも、切磋琢磨したこと、人が集合した時のエネルギーによるものだと思っています。
一方で、デメリットとしては、スクールバスの運用を前提とした学校の運営をしないといけないので、雪や災害のときに学校からの距離が遠い子どもたちの負担が大きくなる可能性があることです。
そして、学校運営協議会の人たちからも指摘されていますが…、それぞれの地域にある小学校だと地域のお祭りの日には学校をお休みにしたりという配慮ができますが、地域がバラバラのところに1つしかない中学校では、その配慮を仕切れなくなったことです。中学生に出てほしいという郷土の行事にどう配慮するかは、今後も課題だと考えています。
弱さを見せる教育長
〇(事務局)ここまでお聞きしていると、教育長・校長、教職員、地域それぞれ皆がみんな「当事者」としての意識や「主体性」がある、その集合体が玖珠町の教育となっていると感じます。
言葉は悪いですがそれはどうやって「仕向け」ているんでしょうか。
◍(梶原教育長)それは…仕向けているというよりも…
教育長といっても、私は弱いものでして…すぐ弱音を吐くし、「助けてー」って言っちゃうんです(笑)私は、体も弱いし、性格も弱いし、こうしようと言い切るのは怖い…!
恐らく、トップダウンでやったら、きっと皆さん優秀だからやってくれると思うのです。でも、トップダウンで落とすよりも、皆さんに助けてもらって皆さんによりよく創り上げてもらうのが良いかなぁと思っています。
これは、学級経営と同じで、例えば、小学校で学級目標を立てるとき、担任の先生が整理整頓にしましょう!と言っても受け身になってしまって本気で取り組まないでしょう。でも、皆で目標を考えましょう、として、案の背景や理由を聞きながら、議論しながら、学級目標を創ると、皆で作った、自分たちの目標になります。それを皆で、自分たちで守っているという方がより良い状態になると思っています。
PDCAをまわすにも、そこに心がこもってないと意味がありません。だからこそ、「P」を考えるところから、皆で、自分たちでやるのです。計画段階からの「当事者」としての意識がないと、達成した時の達成感も味わえません。皆で、自分たちで企画するからこそ、人も育つし、考え方や「なぜ」それをやるのかが浸透していくのだと思っています。
<編集後記>
梶原教育長へのインタビュー前半戦を終えて…
GIGAスクール構想実現を各学校に主体的に担ってもらうために、「そもそも」を考える会議に現役の教職員をたくさん入れるというアイデアは斬新でした。玖珠町の歴史と現在の規模を活かした素晴らしい仕掛けだと感じます。教育長・校長プラットフォームのおもしろいところは、このようなそれぞれの現場におけるベストな実践をたくさん勉強できるところですね。そして、そこからどう「一点突破、全面展開」を目指していくのかを考えるのが事務局の務めだと、思いを強くしました!
教育・学びの未来を創造する教育長・校長プラットフォーム2021年総会では、梶原教育長にも話題提供いただく予定ですが、総会本番までの間、梶原教育長への質問をこちらから受け付けます!総会当日は、本記事の内容の説明は極力省き、お読みいただいた前提で対話を行う「反転学習」型に本プラットフォームとして初めて挑戦しますのでご期待ください!
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さて、次回は、梶原教育長インタビューPart2 ~教育長のキャリアストーリーから見えてくる「弱さ」と「愛」と「信じる」こと~ 近日配信予定です!