『冬の旅』ミュラー&シューベルト
全曲訳詞:森 章吾
01. おやすみ
よそ者として来て よそ者として去る
五月は花束とともに 私に優しかった
娘は愛を語り、母は結婚すら口にした
今、世界は見通しが悪く、道は雪に覆われた
私は旅において 時間を選ぶことはできない
自身で道を探さなくてはならない この闇夜に
月の影が伸びる、私の道連れとして
白い野原に、獣道を探す
何が私を躊躇わせるのか 追い立てられるのに
狂気の犬など 家の前で吠えさせておけ
愛はうつろわんとするもの、神がそう定めた
一人から別の一人へと、神がそう定めた
夢を楽しむお前を邪魔したくはない お前の憩いを台無しにするから
足音が聞こえぬよう 静かに扉を閉める
行きがけに書く 門の傍らに「おやすみ」と
それでお前がわかるかもしれないから 私がお前を想っていたことを
02. 風見の鶏
風が風見と戯れる
恋人の家の風見と
正気を失ってるオレには
逃げる者を追い立てる笛のように聞こえた
もっと早くに気づくべきだった
この家の上にあの印に
そうしていれば
こんな家に誠実な女を探したりしなかった
風は屋根の上だけでなく、心も弄ぶ
ただ騒がしくはないけれど、
奴らはオレの苦しみなどどうでもいい。
奴らの子どもは金持ちな花嫁さ。
03. 凍った雫
凍った雫が頬から落ちる
オレがこぼしたのか?
オレは泣いたのか?
ああ涙、オレの涙
何と生ぬるい!
涼やかな朝露のごとく氷へと固まりやがって。
それでも胸から湧き出したときは灼熱で、
冬全体の氷をも溶かさんほどだったのに。
04. 凍結
雪の中にむなしく彼女の足跡を探す
僕に抱かれ 緑の野を歩んだ跡を
大地にキスしたい
熱い涙が雪と氷を貫き
大地が見えることで。
花はどこで見つかる?
緑の草は?
花は枯れ、芝も萎えている
思い出も 持って行ってはならぬのか?
私の痛みが黙するなら
彼女を語るものがなくなる。
私の心は死んだ(凍った)ようだ
冷たく固く彼女の姿を閉じ込めて
そして再び融け流れ出し
彼女の姿も去ってしまう。
05. 菩提樹
門の前の泉の横に、
菩提樹が立つ
私はその陰で夢見た
多くの甘美な夢を。
その樹に
愛の言葉をいくつも刻み、
喜びにつけ悲しみにつけ
その樹に心惹かれた。
今日も私は彷徨らわなくてはならない、
真夜中に樹を通りすぎて。
その樹の傍らで暗闇につつまれながらも
眼を閉じた。
その樹の枝がぎわめく
私に呼びかけるように。
「私のもとにおいで、連れよ!
ここにお前の安らぎがある」。
冷たい風が吹き付ける
まさに私の顔に、
帽子が飛んだが、
私は振り向かなかった。
今はもう私は何時間分も
あの場所から離れている、
けれどもぎわめきは耳から離れない。
「あそこがお前の安らぎが見つかる」と。
06. 水の流れ
目からの涙の多くが、雪の中に落ちた
冷たい雪片が、熱きうづきを貪る
草が萌えようとするころには、ぬるい風が吹き
氷は砕け、軟雪(やわゆき)は溶け流れるだろう
雪よ、お前は私の焦がれを知ってる、どこに行くつもりか教えてくれ。
私の涙に従うなら、やがて小川がお前を飲み込むだろう
小川と共に街を流れ、にぎやかな通りを出入りする
私の涙が灼熱するのを感じるなら、そこが恋人の家だ
07. 川の上で
陽気にさざめいていた、
元気で朗らかな小川よ
何と静まり返ってしまったのだ
別れの挨拶もくれない
固い凍った外皮で
お前は身を覆い
冷たく身じろぎもせず
砂に横たわっている
お前の覆いに彫り込む
尖った石で
愛する娘の名前、
そして日時を
出会いの日付、
僕が去った日付、
名前と日付の周りには
壊れた環(指輪)を。
僕の心よ、この小川に
認めるか、自分の姿を?
この覆いの下に
(覆いを)砕いてせり上がって来るかのような。
08. かえりみ
足の裏が燃える、
氷と雪の上を歩いているにもかかわらず、
息もしたくないくらいだ
(集落の)塔が視界から消えるまでは
石にはことごとく躓き、急いで町を出た
カラスが雪のつぶてを私の帽子に投げ落とす
どの家の屋根からも
受け入れは違っていた、移り気な町よ
明るい窓辺では、ヒバリとナイチンゲールが鳴き競い
こんもりとした菩提樹には花が咲き
清水は水音を明るく奏でていた。
そしてああ、少女の二つの瞳は燃えていた。
それがお前の身の周りにあったことだ、若者よ。
思い出そうなどと考える日が来るとするなら
あそこに戻って、揺れながらあの娘の家の前にそっと立ちたい
09. 鬼火
岩の深みに、鬼火が私を誘う
出口が見つかるかなどは、大したこととも思っちゃいない
迷い込むのは慣れっこだ
どの道もどこかに行きつく
喜びも、悲しみも
すべては鬼火の戯れさ。
涸れ沢を抜け
私はゆっくりとうねり下る
いかなる流れも海に達するだろう
いかなる苦しみにもそのための墓があるさ
10. 休息
こんなにも疲れていることに気づく
横になって休んでみたら
彷徨が私を支えてくれた
休もうにも休めない途上で
足は休みを求めもしない
立ち止まるには寒過ぎた
背中は重みを感じない
強風は私の前進を助けた
狭い炭焼き小屋が
雨風をしのぐ場になった
それでも手足は休まらない
傷が焼けるようだから
僕の心よ、嵐や逆境に
荒々しく耐えた
安らぎの中で異物を感じ始める
それが熱い針で刺す痛みを
11. 春の夢
私は夢見た、五月のような鮮やかな花を
緑の野原と愉快な小鳥のさえずりを
鶏が鳴いたとき
私の目が覚めた
そこは寒く暗く
カラスが屋根で喚いていた
それでも誰が窓ガラスに木の葉を描いたのだろう?
彼は冬に花を夢想する者を笑っているはずだ。
私は夢見た、恋や恋人、美しい娘を
真心、キス、歓喜や至福を
鶏が鳴いたとき
私の心が覚めた
そして今、一人で坐り
夢を思い出す
ふたたび目を閉じる
心臓はまだ温かく脈打つ
窓の葉よ、緑になるのはいつ?
恋人を腕に抱けるのはいつ?
12. 孤独
濁った雲が青空を過ぎるように
縦の頂きをよどんだ空気が吹くように
私はある道をあそこに向かって重い足どりで身を引きずる
明るく楽しい生活を通り抜け
独り、挨拶もなく
ああ、空気はなんと穏やか!
ああ、世界はなんと光に満ちている!
嵐が吹き荒れていたときの方が
私はみじめではなかった
13. 郵便馬車
通りから郵便ラッパが響く
どうしてそんなに高鳴るのか、私の心よ!
郵便馬車はお前に手紙を持ってこない
何にあせり迫るのか奇妙にも、僕の心よ!
そう、郵便はあの町から、
私の恋人がいる町から来た、私の心よ
やはりあの町の様子を見たいのか
何が起きているのか尋ねたいのか、私の心よ!
14. 老人の頭
円熟によって髪に白いきらめきが広がった
老人になったと思い、とても喜んだ
やがてすぐそれは融け
再び黒い髪だ
自らの若さを呪う
墓場まではどれほど遠い?
夕焼けから朝日までのは多くの頭が老人になった
私がそうならなかったのを誰が信じる
このたいそうな旅をしてきたのに。
15. カラス
一羽の烏が街から私について来ていた。
今日に到るまで先になり後になり、
頭を飛び巡った。
烏よ、奇妙な動物よ、
私からを置き去りにはしないのか?
そういう意味か、まもなく獲物として
私の身体をついばむというのか?
先は長くはあるまい、杖を頼りにする者なぞ。
カラスよ最後には見せてくれ、
墓までの誠実さを。
16. 最後の希望
あちこちの樹に
色づいた葉が見える。
そして私は樹の前に立ち尽くす
しばしばある思いと共に。
一枚の葉を見つめ、
それに私の希望を重ねる。
風がその葉を弄ぶ、
私はあらん限りで身を震わせる。
あーぁ! 葉が地に落ちる、
葉とともにその希望も落ちる。
私自身も地に倒れ、
ただ泣く、私の希望を葬った墓に
17. 村にて
犬が吠え、鎖がジャラジャラと鳴る
人はベッドに寝て
まだ持ちえぬものを夢見、
善くも悪くも英気を養う
そして朝早くにはすべてが消える
今この時間、人は取り分を楽しんだあげく
まだ続きがあることを望み
それを枕の上で再び見つけようとする
犬どもよ、私を吠えたてるがいい
微睡みの時も私を休めるな
私の夢はすべて終わっている
眠った者と居て私には何があるのさ?
18. 嵐の朝
嵐が空の灰色の衣を引き裂いたように
ちぎれた雲が抵抗むなしくふらふらと舞う
その雲間に赤い炎が輝く
それを私は朝と呼ぼう
まさに私の意味で
自分の心の姿が空に描かれているのを見る
それは冬! それ以外呼びようもない
冷たく荒々しい冬そのものだ
19. 錯覚
一つの光が私の前で親しげに踊る
あちこち、それを追いかける
喜んで追ったし、きちんと見抜く
それが旅人を惑わすことを
ああ、私のように惨めな者は
誘惑に喜んで身を堕とす
氷と夜と恐怖を超えたところに
明るく暖かい家を見せてくれ
そこには優しい心が住んでいる。
錯覚、私にはそれしか得られない!
20. 道標
どうして他の旅人の行く道を避け
私にも隠された、積雪の岩山の登り道を探すのか?
人に恥じることなどしていないのに、
なんと馬鹿な衝動が私を荒野に向かわせるのか?
道に道標がある
町々を示している
そして私は特別な仕方で彷徨っている
憩いを求め、憩わずに
目の前に立つ道標を見る、瞬ぎもせず
ある道を私は行かねばならない
誰も戻ったことのない道を
21. 宿屋
ある墓地へと道は私を導いた
ここに戻って来たいと心のどこかで思っていた
緑のクランツ(環)はまさに印に違いない
疲れた旅人を冷たい宿屋へと導く
「この宿はもう満室ですか?
倒れそうなほど疲れ、瀕死の傷を負っています」。
おお無慈悲な主人よ、私を拒むのか?
それなら進むだけか、忠実な旅の杖よ!
22. 勇気
雪が顔に飛んでくる
俺はそれを払い落とすさ
胸の内で心がささやくなら
明るく元気に歌うさ
聞いてはやらない、何を言っても
耳などないのだ。
感じてもやらない、何を嘆いても
嘆きなど愚者にふさわしい
楽しく世の中に入ろうぜ
風や嵐に立ち向かい
この世に神が居ないというなら
俺たち自身が神々さ!
23. 幻の太陽
空に三つの太陽を見る
長い間それを見ていた
三つの太陽もそこにとどまり
私から離れたくないかのようだった
ああ、お前たちは私の太陽ではない!
別な人の顔を覗き込む!
そうさ、少し前までは私にも三つあった
今は最良の二つは沈んでしまった
三つ目もそれに続いたなら
闇の中の方が心地よいはずだ
24. ライヤー弾き
村はずれにライヤー弾きが居る
こおばった指でライヤーを回してる
氷の上を素足で足踏む
彼の小さな皿はずっと空のまま
誰も聴こうともせず見ようともしない
その老人に犬たちが唸りかかる
そして彼はすべてをなすがままにし
ライヤーは止まらず回り続ける
不思議な老人よ、私は一緒に行くべきか?
お前は私の歌に合わせてライヤーを回してくれるか?