明治皇帝盛衰記:三,「日清戦争」

 
民と官紛糾すも伊藤内閣再編され「万事御委任あらせられたし」

皇帝に聖断ありき宮廷縮小せるとも海軍艦隊は必需とか

宮殿の装飾剥がされて軍艦の甲板へとなりなむ 園遊夕つ方

英仏國殖民地ひろげるために対立す極東日本へとにじり寄る

不平等条約反故を 民権は國粋を愛すゆゑにくしみき異人も

日英通商航海条約妥結の裏に戦禍の機運 昂ぶれる民、官

未だ十一時零分 銀婚の天皇皇后両陛下鳳凰の間にて勲章を佩き 

観兵式臨御の皇帝 「君が代」に銃・剣楯てるにむかふ洋馬車

月次歌御會詠者ならびに臣・皇族二十五名「鶯花契万春」に雪、血染めに

朝鮮國へ硝煙きなくさく匂ふ、代理戦争へと向ふ軍、敵と味方へ
 
 
内乱ながびける夜夜を対外強硬論煽られ立てり徴兵の兵

有栖川宮熾仁親王統率す陸海混成一個旅団は派兵さる

両國出兵ときおなじくし朝鮮に決起治まりしも「利益なくば退けず」

挟まれて内政改革案すすみ在朝鮮駐留日軍火へ油そそぎて

たたかひ逸る内閣・党・民抑へ得ず皇帝ゆきなづみて裁可せり

呑めざる草案突き付けきゆゑ李鴻章出兵せし報誤りきも 逆手へと臣

第二次派兵へ勢ひし間も外交はつづき諸外国へ思惑も 渦

即時撤兵案否決されロシアへの溝奔るへ日、燃えさかりしは

絶交書ちぎりいふ清國こそは敵 皇帝をしりへにし内閣府

大本営御前會議図 臣群へこころみき「皇軍とは誰が義なる」帝は
 
 
西太后還暦にしてしぶしぶと錦旗の御影追ひ遣らるへ「愛國」 

豊島之沖海戦図残酷に日本人あり「正統防衛」

軍艦商船計四隻は沈黙す敵なればみなころしを布告し

清國へ条約破棄の辞 開戦のいとぐちもつれ合ふ敵做しき

成歓之陸戦勝鬨をおさめて占領せり殖民國家着手す

内閣上奏裁可天皇「朕茲ニ清國ニ対シテ戦ヲ宣ス」

皇帝にためらひありし一昼夜を経て迎ふる聖断も 

錦絵に愛國刷られ召集の日に犇ける草虫図へ蟻

北京直隷之計画たてられて皇軍は死線へ赴きつつある

廣島へ大本営 御座所へと八角時計の針は刻みあり 禍
  
  
やつぎばやなる勝利の報せ平壌つぎて黄海も陥ちしとか

鴨緑江を亙り花園口へ到る第二軍第一師団 旅順指し

金州城陥落旅順占領 総死者数四千五百人略、清びと

旅順市街掃討之図 新嘗祭執り行はれつつある時を鏖殺す

英國従軍記者曰 兵・民あはせて二万名落命せり 遺骨へ

衣服によりへだてらる軍 民その命の分別のおそろし

大本営へ操作されある兵隊蟻つぎつぎに城塞を這ひ回り

鳳凰城へ火を放ちひと一人なき郭内へ入りぬ騎兵 停戦は

講和交渉撥ねのけて冬の行軍は目指しき遼河平原、海峡へ

全市街焼夷指令請けて焼野へひびかふ休戦之条約
  
  
下関。講和案たづさへ来る李鴻章狙撃さる、靑年より

罵詈雑言捲し立てゐし國民は直ぐひるがへる舌、豹変す

春帆楼。第七會談ののちおよそかたまりぬ停戦案は

条約案を皇帝裁可し批准さる勝國一方的有利へ詔書

世界史に目的あらば極東の支配をめぐる諸欧国家の干渉 

傀儡の一体として選ばれき皇帝、ロシアとの溝深めつつ妥協す

遼東半島、旅順支配を放棄せり 代償金受け取りて富す國

殖民地台湾を得 日本帝國に皇ありきかたくにぎりしむ指の手

戦争のたびに蜜蝋したたらす燭臺のともしびへいのるも

富國強兵論ゆくすゑにきたるものを知らず望む枢軸とは いづこの雪
 
 
満州國へくらくかわける河ひびき馬は眞直ぐに立ちて眠りき

神父きたりて土地へと教会建てはじむ収奪に苜蓿の花の芽

梅花拳法あらためて義和拳道場へ曰「清興し洋滅すべし」

清朝。宣戦布告へ苦き積憤あり踏みにじられて李花

鎮圧軍派兵されてロシアびとへ並び立てる極東日本憲兵

大沽砲臺蹂躙之図 近代戦へかちわたる連合軍へ日・露兵

紫禁城逃避行せる后身を窶し都落ちせり 井へ浮ぶ甥嫁

北京陥落 籠城す耶蘇教徒、英新聞通信員ら 自由へ

宝物殿荒らされて泥棒市へ 放火ののちたちつくす御苑は

議定書採決のうらへ官僚五十人処刑・流刑さるる 熾は燻り
 
 


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