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良書を選ぶということ

世の中には良書とそうでないものとがあるだろう。厳密に言えば二分法ではなくて段階的に存在するということになるのだろうけど。

僕が、僕たちが、短い人生の中で、そうではないものに時間を割いてしまって後悔することはできればしたくない。だから、良書をあらかじめ読む前から見分ける方法がわかりさえすればこんなに嬉しいことはない。

それでは、どうすれば僕たちは良書を探り当てることができるのだろうか。ここから先に書くことは僕の経験談ではなくて、僕なりに論理的に考えたことだ。

でも僕はこの文章に多少の自信は持っていて、それはなぜかというと、僕が良書だと思っているものは多分にこれに当てはまるからだ。だから、結果として経験談的でもある。

では良書選択その1。時代を越えて読み継がれているもの。これはどうしてかというと、時代というものは過去を否定しながら進むものだからだ。

今わたしたちは、ライフワークバランスという言葉を冠にして、手にした資本を投資に回し、労働を抑制し、自身の健康を自身で管理することを期待されている。

けれども、ちょっと前は違った。みんながむしゃらに働くことが求められていたし、忠誠心さえ見せれば多少不運なことがあっても会社や社会が福祉の手を差し伸べてくれた。

今日、そうした人生は否定されている。そうした福祉制度も破綻して諦められている。

僕は、そうした現代に良書はないとは言わない。でも、一昔前の時代を否定した現代でも、一昔前あるいはもっと昔に読まれていたもので今でも読み継がれているものには、時代を越えた普遍的な魅力があるということにはなるはずだ。論理的に言って。先験的に言って。

次に良書その2について。しかし上述の考え方は、良書をあまねく捉えるためには不充分だと思う。そして、一定程度、危険な選び方だ。

なぜかというと、時代はすぐに次の時代へと向かうし、良書たちはこれまでを生き抜いてきた力を持っているけれども、これから僕たちがどのように生きていくべきかをサジェスチョンしてくれる力はないかもしれないからだ。

あるいは、前の時代から今の時代まで通底して世界を牛耳っている勢力によって意図的にあるいは無自覚的に残されてきた文献であるかもしれない。という危険性も孕んでいる。

つまり僕たちは、次の時代を歩いて行くための良書を選ぶ必要があるわけだ。そこで僕からの提案は(あるいは良書選びに困っている僕自身に提案しているわけだけど)、新変数に着目せよ、ということだ。

論文であれ小説であれ、すべてのテキストは自分を納得させたり他人を説得したりするために書かれている。つまり誰かの行動変容(あるいは変容させないこと)を目的としている。

では僕たちは、どんなふうに行動選択しているのだろうか。あなたが今その行動を選び取っているその原因は何なのだろうか。

SES(社会経済的指標)?SC(社会資本)?もちろん正しいだろうさ。目的合理性?価値合理性?伝統?感情?ちょっと古めかしいけどもちろん現代でも正しいだろう。でもそんな変数の再現性を検証するテキストを繰り返し読む必要があるだろうか?

重要なのは、新変数なのだ。たとえば、次のテキストを読んでみて欲しい。

例1
彼は朴訥としてわたしに別れを告げた。わたしの眼は涙で曇り、彼がどんな表情をしているかはよくわからなかった。彼の背後には何百ものひまわりが咲いていてまぶしいほどだった。わたしは――

例2
彼は朴訥としてわたしに別れを告げた。わたしの眼は涙で曇り、彼がどんな表情をしているかはよくわからなかった。わたしはうつむき、涙はこぼれて地面に落ちた。コンクリートの隙間に、小さな名も知らぬ青い花が1輪咲いていた。わたしは――

あなたは傍線の箇所にどんな行動選択を入れましたか? もし違う行動選択が入ったならば、あなたにとって視界に入る花というのは行動選択に影響を及ぼす重要な変数であるということだ。

僕の読書人生は『大泥棒ホッツェンプロッツ』から始まった。登場人物たちの行動原理には、たくさんの食べ物が登場する。ジャガイモの皮が剥き終わっていないことで激高する魔法使い。夜空でサラミを食べると心が落ち着くこと。僕の小説嗜好を決定づけた小説だと言えるだろう。

僕は、食べ物によって行動選択が変容する小説が大好きだ。食べ物という変数を重要視する作家が大好きだ。デュマ・池波正太郎・村上春樹。

だから、僕は論文であれ小説であれ、彼らが持ち出す新変数に着目する。主人公たちは、あるいはボランティアでスーパーを営む沖縄の人びとは、いったいどんな変数で動いているのだ?そこにそのテキストの新規性がある。

まず何であれテキストに触れてみるとよい。そこにはおそらく何らかの新変数が示されている。あなたはその新変数に、説得力を感じるだろうか? 感じるなら、それはあなたにとって良書(現代の良書)であるといえるだろう。

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