教育の実施主体に関する法律⑥/教員に関する法律(働き方改革)
今回は、前回の積み残しである、学校における働き方改革を取り上げます。
取り組みの全体像
中央教育審議会の答申
教員の多忙に対する個別的な取り組みはそれよりも前からありましたが、「学校における働き方改革」というかたちで包括的な施策が示されたのは、2019年1月25日付中央教育審議会答申です(概要はこちら)。
答申では、以下の5つの施策について提言が行われました。
①勤務時間管理の徹底と勤務時間・健康管理を意識した働き方の促進
・ICT等による客観的な勤務時間管理
・同日に文科省が公表した上限ガイドラインの実効性確保
・ストレスチェック等の労働安全衛生管理体制の整備
・意識改革のための研修実施や評価制度の改革 等
②学校及び教師が担う業務の明確化・適正化
・学校及び教師が担うべき業務の範囲を整理(下図)
・効率化できる業務の洗い出し 等
③学校の組織運営体制の在り方
・最も多忙な校長等の負担に配慮し、中間層にもリーダーシップを移譲
・増加している若手を支援、指導する環境整備
・事務職員やサポートスタッフの活用
・教員個人に細分化された校務分掌の見直し 等
④教師の勤務の在り方を踏まえた勤務時間制度の改革
・給特法の基本的な枠組みは維持
・一年単位の変形労働時間制の導入 等
⑤学校における働き方改革の実現に向けた環境整備
・教師や事務職員その他のスタッフ等の充実、配置促進 等
その後の展開
2019年12月、給特法の改正が公布されました(2021年4月全面施行)。
これにより、上記①の上限ガイドラインが同法7条に基づく「指針」に格上げされるとともに、上記④の一年単位の変形労働時間制の導入が可能になりました。
2020年7月には給特法施行規則が改正され、一年単位の変形労働時間制の詳細が定められました。これに伴って、上記指針が改訂されています。
当該指針については、別途Q&Aが公表されています。
上記②の業務範囲の整理については、2020年7月、学校管理規則の参考例が示されています(教諭等についてこちら)。
また、上記③のスタッフの活用に関連して、2021年8月、「教員業務支援員」等の職種が学校教育法施行規則に追加されました(設置は任意。詳細はこちら)。他方で、教員不足も深刻な問題です。これについては次回取り上げます。
その他、答申の内容を受けて、各種通知や取組状況調査結果、好事例集等が公表されています。詳細については文科省ウェブサイトをご参照ください。
2023年5月には、それまでの働き方改革に係る施策の取組状況を踏まえ、更なる働き方改革のあり方や教師の処遇改善のあり方、学校の指導・運営体制の充実の在り方について中央審議会に対して諮問がなされました。当該諮問を受けて「質の高い教師の確保特別部会」が設置され、2024年3月現在においても審議が継続中です。当該部会の設置時点における論点整理の概要はこちらをご参照ください。
また、2023年8月28日、長時間勤務の教師が依然多いという実態や、教師不足の状況をふまえ、同部会において「教師を取り巻く環境整備について緊急的に取り組むべき施策(提言)」が取りまとめられました。
当該提言においては、まずできることを直ちに行うという考え方のもと、緊急的に取り組むべき施策として以下が掲げられています。
・学校、教師が担う業務の適正化の一層の推進(上記②)
- 「3分類」を徹底する上での「対応策の例」の公表
- 授業時数の点検、学校行事の精選
- ICT活用による校務効率化の推進
・学校における働き方改革の実効性の向上等
- 保護者等との連携協働(学校運営協議会の活用、不当要求対応支援)
- 健康及び福祉の確保の徹底(指針の徹底等)
- 取組状況の「見える化」(勤務時間管理方法の周知・徹底)
・持続可能な勤務環境整備等の支援の充実
- 教職員定数の改善(教科担任制の強化等)
- 支援スタッフの配置充実(教員業務支援員の全小・中への配置等)
- 処遇改善(主任手当、管理職手当の増額等)
- 教師のなり手の確保
小括
上記のとおり、学校における働き方改革は総合的な施策のパッケージとなっていますが、大雑把に分類すると、以下の3つに分類できるように思われます。
1人あたり業務量を削減する施策:主に上記②、③、⑤
勤務時間に上限を設ける施策:上記①のうち業務時間の上限設定
教員の健康管理等に関する施策:上記①のストレスチェック等、1年単位の変形労働時間制(※)
※ 1年単位の変形労働時間制については、リフレッシュの側面に着目して「健康管理等」に分類しています(詳細は後述)。
各種施策のうち、労働条件に直接関わるのは、勤務時間の上限制と1年単位の変形労働時間制になりますが、これらはいずれも給特法7条に基づく「指針」(単に「指針」といいます。)に詳細な記載があります。
指針の正式名称は「公立学校の教育職員の業務量の適切な管理その他教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員 の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針」であり、その内容は、業務時間の上限に関する部分と1年単位の変形労働時間制に関する部分の2つに大別されます。
業務時間の制限
在校等時間
指針においては、「在校等時間」に上限が課せられています。
「在校等時間」とは、在校している時間(+校外での研修・引率、テレワークの時間)から、休憩時間・業務外の時間を除いた時間と定義されます(正確には指針第2章第1節⑴参照)。
前回のnoteにおいて、文科省の解釈では、超勤4項目以外の業務はすべて教師が自主的に行っているものであり、これらの業務を行った時間は労働基準法上の労働時間にはあたらないと整理されていることを説明しましたが、「在校等時間」には、教員が自主的に行った(とされる)業務に要した時間も含まれることがポイントです。
上限規制の対象に含めるということは、実態としては指揮命令下に置かれている(=労働基準法上の労働時間にあたる)ことを認めているようなものではないかとの批判があり得るところですが、あくまでも「在校等時間」は労働基準法上の労働時間とは異なるものと整理されています(Q&A問4)。
制限の内容
指針においては、1日の在校等時間から所定の勤務時間を除いた時間が、1か月で45時間以内・1年で360時間以内に収まることを原則としています。
また、一時的又は突発的にそれ以上の超勤が必要となる場合であっても、1か月で100時間未満・1年で720時間以内、45時間超となる月が年間6回以内、連続する2-6カ月の各期間について平均80時間以内の各要件を満たさなければなりません。
これは、民間の労働時間の上限規制と同じ規律です。ただし、違反時のペナルティが明確でなく、上限規制に少しでも違反するとペナルティが生じるというわけではない(ように見える)点(Q&A問19)が民間の場合とは異なります。
在校等時間の把握は、ICTやタイムカード等の手段により客観的に計測することが求められます(第2節⑵、Q&A問7)。
また、持ち帰り業務は原則として行わないこととされています(第3節⑶、Q&A問13)。
なお、前回のnoteで説明したとおり、地方公務員の勤務条件は条例で定められますので、指針の内容に沿った方針を各教育委員会の教育委員会規則等で定めた上で、必要な条例を整備等することとされています(第2節⑴、第3節⑷)。
令和4年度の勤務実態調査
文科省が集計した2022年10月・11月のデータによれば、教諭(主幹教諭、指導教諭を含む)の総在校等時間は下表のとおりです。
指針における勤務時間外の在校等時間の上限は1月あたり45時間であり、1週間に換算すると約10時間22分となります。これに勤務時間である38時間45分を足した49時間7分よりも1週間の総在校等時間が大きくなっている場合、指針の原則を超過していることになりますが、上記資料によれば、小学校では64.5%、中学校では77.1%の教諭がこれに該当します。
10・11月が比較的忙しい月であることを考慮しても(文科省資料12頁)、教員の多忙はまだまだ解消されていないことが分かります。
1年単位の変形労働時間制
変形労働時間制とは
教員の場合、「週5日・1日あたり7時間45分勤務」が原則的な労働時間となりますが、1年単位の変形労働時間制は、この原則を修正して、繁忙期と閑散期でメリハリをつけようとするものです。
例えば、10月は忙しいので毎日8時間45分勤務しなければ仕事が終わらないが、8月は暇なので毎日6時間45分勤務すれば一日の仕事が終わってしまうという学校を想定すると、何もしなければ、10月は毎日8時間45分勤務することになり、8月は定時の1時間前に仕事が終わるものの、定時までは帰れないということになります。
このときに、10月の所定勤務時間を8時間45分とし、その代わり8月の所定勤務時間を6時間45分にすることができれば、8月は毎日1時間早く帰れることになります。このように、繁忙期に頑張る分、閑散期に楽をするというのが変形労働時間制の基本的なコンセプトです。
教員の1年単位の変形労働時間制の場合、休日のまとめ取りが出来るような設定にしなければならないので、実際には上記のような「8月は毎日1時間早く帰る」設定はできず、「8月の所定勤務時間は7時間45分のままだが、代わりに休みが3日増える」といった設定になります(数字の設定が厳密ではありませんが、説明の便宜上簡略化しています)。
勤務日・勤務時間の設定に関する細かいルールについては、文科省の手引きをご参照ください。
学校における導入の意義
上記の説明にあるように、この制度の導入によって業務や勤務時間が短縮されるものではありませんが、仮に閑散期があるのであれば、閑散期の暇な時間(本来は学校で手持ち無沙汰に過ごしていたはずの時間)を寄せ集めて休みに出来ることになりますので、教員のリフレッシュにつながったり、教職の魅力向上に資するといった意義を持つことになります。
逆に、閑散期がないのであればこの制度は有効に機能しません。そこで、文科省は、上記のとおり、夏休みにおける業務の削減に向けた各種の施策を並行して打ち出しています。
その他
1年単位の変形労働時間制は、恒常的な時間外労働がないことを前提とした制度とされていますが、この点について、文科省は上記の見解を示しています。そもそも超勤4項目以外の業務は「時間外労働」にはあたらないのだから、この論点はそもそも問題にならないという趣旨なのか、(超勤4項目以外も「時間外労働」にあたるものの)恒常的な時間外労働が多少はあっても1年単位の変形労働時間制の導入が無効になるものではないという趣旨なのかは判然としないものの、いずれにせよ「業務の削減を徹底した上で」の導入は可能と考えられているようです。
最後に、余談ですが、1年単位の変形労働時間制の導入は、労働時間に関する文科省の解釈と整合しないところがあるように思われます。「10月は毎日8時間45分勤務しなければ仕事が終わらない」としても、労働時間との関係では、7時間45分の労働と1時間の自主的業務と評価されることになります。そうだとすれば、自主的業務のために、所定勤務時間を8時間45分に延長する理由はないはずだからです(延長するということは、自主的業務を勤務時間(=労働基準法上の労働時間)内に行うべき業務と評価することを意味するが、その前提には自主的業務が労働にあたるという判断があるように思われるため)。このあたりにも、政策立案上の悩みが表れているように見えます。
補足:部活動の地域移行
ガイドラインの策定
部活動に関しては、顧問業務が教員多忙の一因になっているとの問題意識から、2018年に「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」及び「文化部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」が策定されましたが、学校における働き方改革の実施等を受けて、2022年12月、両ガイドラインを統合した「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」が新たに策定・公表されました(概要はこちら。動画も分かりやすいです。)。
このガイドラインにおいては、主に、これまで各学校内で実施されてきた部活動を、地域の多様な主体が運営・実施する「地域クラブ活動」によって代替すること(「地域移行」)を目標に、直ちにこれを実施することが難しい場合には、部活動指導員の活用や複数校間での合同部活動の実施による学校部活動の適正化(「地域連携」)を進めるべきことが述べられています。
また、休日における学校部活動の地域移行・地域連携については、2023年度から2025年度が改革推進期間とされています。
ガイドラインの主な対象は中学校であり、学校部活動の地域連携については高校も対象とされています。
このガイドラインの内容を受けて、都道府県、学校の設置者、校長の各レベルで方針を策定することとされており、各学校は、活動方針、活動計画及び活動実績をホームページへの掲載等により公表するものとされています。
教員の働き方との関係
教員の働き方との関係では、以下の記載が重要と思われます。
保護者負担の増加
地域クラブ活動への移行に伴って、保護者負担は増加することが見込まれます。これについて、文科省の広報誌に以下の記載があります。
教員の兼職兼業
教員は、教育委員会の許可を得れば兼職兼業することが可能です(教育公務員特例法17条)。
学校内部活動が地域クラブ活動に移行した後も、地域クラブ活動への従事を希望する場合には、教育委員会の許可を得て、地域クラブ活動における指導等を行うことができます。この場合、地域クラブ活動の運営団体の性質に応じて、教員は委託(委嘱)を受け、又は雇用契約・業務委託契約を締結して、報酬ないし賃金を得ることになります。
地域クラブ活動に係る兼職兼業を行う場合、時間外在校等時間と兼職兼業に係る労働時間の通算が45時間以内となることが望ましいとされています(手引き11頁)。その他、兼職兼業についての詳細については、文科省作成の手引きをご参照ください。
おわりに
以上の内容に関連して、教員のWell-beingに関するレポートが出ていましたので、ご紹介します(パーソル総合研究所「教員の職業生活に関する定量調査」)。
次回は、教員に関する法律の最終回として、教員不足と非正規教員に関する問題を取り上げます。