1日目
ここ何日か、ミドリちゃんには会っていない。それはすなわち、私の体調が良いことを意味していた。
会っていないからなのか、ミドリちゃんのことをよく考える。ふと思ったが、ミドリちゃんはいつもニコニコしている。なぜこんなにも幸せそうに生活できるのだろう。落ち込むことなどないのだろうか。
生きていると、失敗することばかりである。自分がダメ人間であることをいつも突きつけられる。失敗した後、毎回、ものすごく反省するのに、すごく落ち込むのに、改善はしない。また、同じ失敗を繰り返す。なぜこんなにダメなのだろう。
多分、自分の能力不足で、この状態になっているし、絶対に自分が悪い。100%自分のせいである。他人に迷惑をかけているから、人前で落ち込むことはできない。でも、確かに、私は失敗で傷ついている。
自分をコップのような器だとすれば、仕事や家事、自分がやりたい事などのタスクは液体で、終わると使った分のエネルギーの量やかかったストレスの量が、自分という容器に注がれるシステムというと1番しっくりくる。
落ち込んでいたり、反省している状態は、この容器いっぱいに液体が注がれている状態だと思う。自分の器から液体が溢れたとき、自分は普段しないような行動をしてしまうのだと思う。他人や物に当たってしまったり。多分、この液体が涙なのだろうとか思ったりもする。
人は失敗する生き物だから、仕方がないのかもしれないけど、それは改善しなくていい理由にはならないことは分かっている。大切なことは、この落ち込んだことによってできた傷や反省を、無駄にしないことだと思う。また、この液体が溢れる前に、自分の中で処理することだと思う。
では、どうすればこの液体は無くなるのだろうか。答えは、おそらく人によって違うのだろう。私には私のやり方があって、あの人にはあの人のやり方がある。これを探すことが、人生を楽しむ秘訣なのだろう。
自分が悪いことは、分かっている。だって、失敗しなければ、こんなに落ち込むことはないのだから。でも、失敗するのだ。何回も何回も。きっと、それが私だと受け入れなければいけない。
そんなことを考えていると、ミドリちゃんが台所から出てきた。冷しゃぶサラダを腕に抱えている。食欲があまりないことがバレているらしい。
「出来たよ」
そういうミドリちゃんの口角は、あがっていた。