【1月のSB新書】ヤマザキマリ×ラテン語さん『座右のラテン語』徹底解剖!!
そもそも『座右のラテン語』って?
『テルマエ・ロマエ』や『プリニウス』(とり・みき氏との共作)、『オリンピア・キュクロス』などの漫画や、数々のエッセイで知られる漫画家・随筆家のヤマザキマリさん。『テルマエ・ロマエ』や『プリニウス』の舞台に顕著なように、古代ローマやその公用語であるラテン語への造詣も深く、作品中にも多くラテン語を登場させています。
一方のラテン語さんは、ラテン語研究者。「ラテン語さん」のペンネームで主にX(旧Twitter)でラテン語を語源に持つ身近な言葉や、ラテン語が使われた固有名詞など、あっと驚くラテン語雑学を日々披露されています。SB新書では去年、初著書『世界はラテン語でできている』を刊行し、8万部を超えるベストセラーとなっています。
そしてこの度、ラテン語さんの初著書『世界はラテン語でできている』に推薦文を寄せ、巻末特典として短い対談を行った縁が発展して、おふたりが愛するラテン語とその名句を語り合う一冊の対談本ができました。それこそが『座右のラテン語』、というわけです。
では、次からは、その「はじめに」と「おわりに」を本記事で特別に公開します。
はじめに――ヤマザキマリ(『座右のラテン語』より)
40年前からイタリアで暮らし始め、今は古代ローマや古代ギリシャを舞台にした漫画を描いていますが、だからといってラテン語を専門的に勉強してきたわけではありません。自分の知識はラテン語を学んだイタリア人の夫から教わったか、または完全な独学によるものです。ですが、ラテン語と接する機会については、日本に生まれた日本人でありながら、他の人よりも多かったように思います。
家族が代々カトリックなので私も幼児洗礼を受けていますが、この時にはセシリアという古代ローマ時代に実在していた聖女の洗礼名が与えられました。教会での礼拝もラテン語が用いられていましたし、グロリア・イン・エクチェルシス・デオ(天のいと高きところには神に栄光あれ)などというラテン語の聖歌を、意味もよく分からぬまま、声高らかに歌っていました。ラテン語というものの存在については、そんなわけで子どもの頃から認識はしていましたが、そのうち自分がそのラテン語を使ったタイトルで、古代ローマを舞台にした漫画を描くことになるとは、もちろん想像もしていませんでした。
ラテン語さんがお書きになった『世界はラテン語でできている』の巻末対談のなかで、日本でも実は多くのラテン語が無意識のうちに使われている、という話題になりましたが、例えばボーナス、モニター、アルバム、オーディオ、といったラテン語は、その多くが戦前戦後、英語などの外国語経由でもたらされた言葉です。もともと英語だと思っていた外来語が、実はそのまま古代ローマ時代から存在していたラテン語だということは、なかなか知られていません。そう考えると、私の漫画の主人公のように、もし現代の世界に古代ローマ人が突如現れても、こうしたラテン語の言葉をいくつか耳にするだけで、何を喋っているのかうっすら感知できたりするのではないか、などと思ってしまいます。モニターやオーディオといった言葉が聞こえれば、視覚と聴覚の何かについて喋ってるんだな、くらいは憶測がつくでしょう。イタリア語やスペイン語が話されている地域では、コミュニケーションのハードルはさらに低くなるはずです。
夫の親戚のおじさんの口癖である「Idem.」(同じく、同じ)という言葉も、日常会話のなかで今も普通に生き残っているラテン語の1つです。古代ローマ人の挨拶言葉である「Salve.(サルウェ)」も、イタリア語発音ではサルヴェとなりますが、イタリアでは誰もが日々何気なく使っている言葉です。無料を意味する「gratis」も、日記やスケジュールを意味する「agenda」も発音もそのまま引き継がれている言葉です。
そして、イタリア人たちと接していてよく耳にするのが、ラテン語の格言です。私くらいの世代ではもうそれほどではありませんが、戦前戦後あたりで生まれた人たちのなかにはこの格言を意味する「proverbio」を日常会話で用いたがる人たちが少なくありません。こういう人たちは、例えば目の前でダラダラ怠けている人を見ると「Tempus fugit!(時間は逃げていくぞ)」などと格言で説教をする傾向があったりします。
思い起こせば、14歳でひとりきりでヨーロッパを旅していた時に出会ったイタリア人の老人(この人の孫とのちに結婚)は、一ヶ月もの滞在期間があるにもかかわらず、私がフランスとドイツしか訪れていないことを知って突然腹を立て、いきなり大声で「Omnes viae Romam ducunt!」とラテン語で叫びました。びっくりして固まっている私に英語で「すべての道はローマに通ず! 忘れないようにどこかに書いて、このセンスのない旅を仕込んだ母親に見せなさい!」と言うので、慌ててこの文言を記したのを覚えています。
実はあれが自分の人生において初めての、生で耳にした「ラテン語格言」であり、実際その後の私の人生は、彼の説教が示唆した通り、ローマ時代に通ずる結果となったのでした。
イタリアを含む地中海沿岸の地域には、古代から現代に至るまでの歴史の軌跡がすべてミルフィーユのような層となった街が当たり前に存在しています。かつて暮らしたシリアのダマスカスは現存する歴史上で最も古い都市ですが、そこで暮らす人々を見ていると「ああ、古代もこんなだったんだろうな」と思うことがしばしばありました。そうした経験が、私の漫画にも自然に生かされていると思います。
こちらの本で私とラテン語さんが紹介する数々の格言もまた、そのような時代の層の上で生きる私たちに、人間の生き様や考えというのは実はどの時代も大した変化はなく、どんな苦悩や困難と向き合うことになっても挫けずに生き延びていくための教訓として、こうした古の人々による言葉が重宝し、大切に残されてきたということを感じさせるものばかりです。イタリア人が今でも時々こうしたラテン語の格言をまるで今の言葉のように口にするのは、まさにその証と言えるでしょう。
彼氏と喧嘩をして落ち込んでいる私に、フィレンツェ時代の老恩師が肩をとんとん叩きながら「Tempus omnia medetur.」と言って慰なめてくれたことがありました。時間がすべて解決するだろう、という意味ですが、今の時代にいたるまで、どれだけの人々がこの言葉で失意や悲しみから立ち上がり、そして同じような立場の人にこの言葉をかけてきたのでしょうか。格言の普遍性は圧倒的です。
格言は、いわば人間の観察記録の縮約版です。古代に生きた人々が残した格言を読めば、実に客観的に我々人間という生物の社会における性質を知ることができますし、人としての驕りや欺瞞を自省し、慎ましくありながらも、それでもこの世に生まれてきてよかったという幸せや喜びを感じながら、明日を生きていく糧となるはずです。
そんな格言も含めラテン語の魅力にすっかり魂を奪われたラテン語さんと、平たい顔族でありながら漫画の道をローマに繋げた私との、古の知識人たちが残してくれた珠玉の格言をめぐるやりとりを、どうぞじっくり最後までお楽しみください。
おわりに――ラテン語さん(『座右のラテン語』より)
この本を手に取っていただき、そして読んでいただきありがとうございます。数々の格言を紹介しましたが、ローマ人は意外と現代日本に生きる我々と考え方が似ていたのだと感じたのではないでしょうか。人類400万年という時間の長さを考えれば、2000年なんて短い期間なのです。さらに、ヤマザキ先生が話していた現代イタリア人のものの見方から、古代ローマ時代から変わらないイタリアの側面を皆さんも多く知ったと思います。
それと同時にラテン語で書かれた作品自体に注目すると、そのような文学作品がローマ帝国滅亡後もヨーロッパで広く読まれていたこと、さらにそれを後世に残していこうと思った人が現代まで続いていることは特筆すべきことだと思います。古代ローマの作家も、2000年後に自分たちの作品が遠く離れた日本で読まれているとは想像もしていなかったことでしょう。
また、本書で話題になった格言の引用元となっている文学作品あるいはラテン文学全般に興味を持ったら、ぜひ元の作品も読んでみてください。多くの作品が日本語でも読めます。元の作品を読めば、自分自身に深く刺さる言葉、生き方のヒントになる言葉が他にも見つかるかもしれません。
さらに、ラテン語自体を学ぶのもおすすめです。実際にラテン語を学んで原文で作品に触れることができれば、古代ローマのラテン語の響きをそのまま感じることができます。それだけではありません。ラテン詩には決まった韻律がありますが、翻訳ではどうしても反映することができません。ラテン語やラテン詩の韻律を学べば、引用句をより深く学べて、古代ローマのリズムも楽しむことができるのです。
ラテン語は比較的難しい言語ではありますが、習得は決して不可能ではありません。本書をきっかけにラテン語を学ぶ人が増えることになれば、私にとって大きな喜びです。
『座右のラテン語』の内容はこんな感じです!
「はじめに」と「おわりに」でもおふたりが触れているように、本書はおふたりが気に入りの、まさに「座右の」ラテン語名句を持ち寄り、それらについて語り合った一冊です。
その中面は、こんな感じになっています。
カバーデザインのひみつ
本書の表紙を飾るイラストは、ヤマザキマリさんの描き下ろしです。ラテン語さんはラテン語監修、ヤマザキマリさんはイラストと、おふたりで分担されて1冊の本になっているのですね。
帯コピーは、あまりに有名な格言「すべての道はローマに通ず」をもじったものですが、ローマが登場する格言、おそらく多くの方はもう1つご存知なのではないでしょうか?
そうです。「ローマは一日にしてならず」というのもありますね。そういえば、以前にはこんな本も…。
さて、ヤマザキマリさんのイラストに惚れ惚れしたところで、書籍をひっくり返して、帯の裏側はこんなデザインになっています。
Amazon限定特典のご紹介
最後におまけのご紹介。本書で紹介するラテン語名句を使ったスマホ用壁紙5種が、Amazonで紙書籍をご購入いただいた方にダウンロード特典として付与されます。どんな壁紙かはご購入してからのお楽しみに。
2025年4月24日までの期間限定です。