かばん
表でかそけき音がして、なじみの野良猫だろうと玄関を開けたらカッパがいた。こうらをこちらに向けて背伸びしていたが、あっと声を出し暗がりに隠れた。
「あやしいものではありません、すみません」
植木鉢の影からそれは言った。
「親戚の集まりで仙台まで行くのですが、お土産を入れていくかばんがなくて。それで」
そしてすうっとやけにとがった細長い指で物干し台の方を指した。
「あそこにかかっているおかばんを、ずうっとかかっているし、お使いにならないのでしたら、あれをお借りできたらと思って……」
見れば、洗濯ばさみを入れる色褪せたプラスチックのバスケットである。
「すみません。見つかる前にお返しすればいいと思って、こんなこと、いけませんね。ごめんなさい」
それはぺこりと頭を下げて、暗闇に半ば消えた。
「いいわよ、持っていって」
再び現れた。
でもちょっと待ってと、わたしは靴箱の上に洗濯ばさみを空け、今日中に食べてと、夜食にするつもりだったコンビニおにぎりを入れた。カッパはいいんですかと跳びはね、恐縮し、何度も振り返っておじぎをして、最後には小さく手を振って消えた。
長い余韻のあと、にゃあと足元でなじみの声がした。