あかりを、つけないで。
午前二時のロビーに集ふ六人の五人に影が無かつた話/石川美南
「あかりを、つけないで」
と、そのか細い声は言った。真夜中のロビーは暗闇で、目的を果たせるのかと訝しんだが反論はしなかった。
彼らはある稀覯本に「会わせてくれ」とやってきたのだが、ぼくは書物のことは何もわからない。異国暮らしの叔父の遺品に、美しい青い表紙の本があったというだけの中継点だ。
滞在先のホテルからInstagramにあげた画像にすぐに五通のメールが届いた。申し合わせたような文面で、会わせてくれ、すぐにと。
闇が増しているような気がする。ぼくを含めて六人の人間がいるはずだけれど何も見えない。ただ声はする。意味ははっきりしない。衣擦れみたいな音はしている。だが少し裾が長すぎやしないか。
用心にと小口に触れたままの右手のそばを、小さな手の気配がせわしなくまさぐる。
彼らはページをめくり、文字を撫でる。掌で、指で、あるいは舌で。ねっとりと。そういう感じがする。
五枚の舌が文字をねぶる。味わい尽くす。インクを写し取るように指で押す。掌でいやらしく感触を楽しむ。めくる。めくる。とまらない。最後まで。
ぱたん、とドアを閉める音で我に返った。それは本を閉じる音とよく似ていた。ぼくはしばらくの間、闇の中に本と二人きりでいた。全くの静寂。暗闇。本の中。本の外。
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