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源氏物語 原文つまみ読みシリーズ #帚木 #雨夜の品定め #芸術論

こちらの記事は、YouTube動画「砂崎良の平安チャンネル」の同名コンテンツをテキスト化し、解説を追加したものです。併せてご利用くださいませ。

このシリーズでは、源氏物語の原文を1、2文ほど取りあげ、その響きと含蓄をお楽しみいただきたいと思っています。今回チョイスしたのは2巻「帚木(ははきぎ)」より、「雨夜(あまよ)の品定め」の芸術論の一部です。

「雨夜の品定め」とは

「雨夜の品定め」とは光源氏ら男性4人が、とある雨の一夜、女性談義をしているという場面。ただおしゃべりしているだけのシーンなので、しばしば見過ごされがちなんですが、読めば読むほど味のある箇所です。

「品定め」は、平安貴族の大好物。現代のように、情報誌等がある時代ではないので、コネで聞けたこと、古書で読んだ知識、自分で積んだ経験など、諸情報を頭に収めている人は、文字どおり「生き字引」、貴重な情報源でした。知識を有するだけでは足りず、古詩を引いたり和歌を作ったりして、みごとな弁舌で聞き手たちを説得する、プレゼン力も問われました。いわば、「その人の総合力」が出る勝負。源氏物語でも、春と秋の比較、書、絵(絵巻)などの品定めが描かれ、各キャラの個性を際立たせると共に、当時の社会をヴィヴィッドに伝えてくれています。

…前置きが長くなりました。今回は、男性らがオンナ談義をしているうちに、話が「人生とは/芸術とは」まで拡大していく、そのくだりから2文を取りあげます。本で確認したい方は、2017年刊行の岩波文庫『源氏物語』の1巻P.108をご確認ください。(読みやすくするため漢字変換・読点追加しています)。

今回の原文

人の見およばぬ蓬莱(ほうらい)の山、
荒海の怒(いか)れる魚(いお)の姿、
唐国の激しき獣(けだもの)の形、
目に見えぬ鬼の顔などの
おどろおどろしく
作りたる物は、
心にまかせて、ひと際(きわ)
目おどろかして、
実(じち)には似ざらめど、
さてありぬべし。

世の常の山のたたずまひ、水の流れ、
目に近き人の家居(いえい)ありさま、
「げに」と見え、
なつかしく、やはらいだるかたなどを
静かに描きまぜて、
すくよかならぬ
山のけしき、
木深(こぶか)く世(よ)離(はな)れて畳みなし、
け近き籬(まがき)の内をば、
その心しらひ・おきてなどをなむ、
上手はいと勢ひ殊に、
悪者(わろもの)は及ばぬところ多かめる。

源氏物語 2巻「帚木」より

【現代語訳 by砂崎良】

人が見ることのできない、仙人らの理想郷「蓬莱山」や、
荒海の怪魚の姿、
大陸の恐ろしいケダモノの見た目、
人の目には見えない鬼(モノノケ)の顔などを、
おおげさに描いた絵は、絵師の想像のままに出来て、
見る人の目をいっそう驚かせて、
実物には似ていないだろうが、
まあ、「それでよい」となってしまうでしょう。

世にありふれた山の様子や、水の流れ(川や遣水等)、
見慣れた人家やそのありさまを、
「まことにもっとも」と(見る人が思うくらいに)描き、
親しみを感じるような、やさしいニュアンスなどを
穏やかに描き混ぜて、
(遠景の)なだらかな山容は、
木々が茂り、人跡未踏なふぜいで山脈に描きなし、
近景の花壇の中は、心遣い・画法を(見せて描くの)をこそ、
名人は、出来栄えが格別で、
未熟者は及ばないところが多いようでございます。

国宝源氏物語絵巻「東屋一」。この襖絵(黄色マーク)に、「遠景に山…」という、当時スタンダードだったらしい大和絵がうかがえる。

原文で読むということ

原文で読むというと、抵抗感を感じる方が多いようです。確かに、学問的に突き詰めるとトコトン奥深い領域です。そもそも何をもって「原文」と呼ぶのか、現在に伝わっている文章はどの程度「作者」が書いたものを留めているのか、辞書に載っている語義に誤りはないのか、平安中期の暗黙の常識を見落としているのではないか等々、言い出したらキリがありません。ただ、そういうことは専門家がやってくださっています。我々一般人が読み味わって、原文ならではの魅力を愛でるには、学校文法で十分です。というより、古文の授業レベルの知識でも、かなり、楽しむことが出来ます。

この原文の見どころ・魅力

まずは、「品定め」ならではの、流れるようなリズム感が見事です。想像力で描くものとして、蓬莱山、怪魚、異国の獣、魔性をトントンと列挙していくところとか、対比して里山、川、民家などをスルスル挙げていく滑らかさとか、メロディーを帯びてさえいるような流麗さです。さすがのプレゼン力ですね。

遠景の山、近景の家など、具体的な対象を次々繰り出して説得力をあげる一方、「おどろおどろし」「なつかし」などでフィーリングに訴えることも忘れない。さすがですね。ちなみに源氏物語全般に見られる特徴ですが、「景色や季節を描写しながら心情にアピールする語を混ぜて、読者の感情を引っぱり込んでいく」、この感情移入法は作者さんの、天才が感じられるところです。

「雨夜の品定め」の特長

男性たちがくっちゃべっていくうちに、秘めてた思い出や繰り言などまで言ってしまい、果てはぐだぐだになって夜が明ける…という、何ともリアルな「男子の生態」シーン。それが雨夜の品定めです。ただし、愚痴やら身勝手な願望やらを各自が述べていく間に、人柄や人生観が見え、組織論や男女のありかたなど今にも通じる【哲学】まで語られます。まるでスルメのように、長くて味がジワジワ沁み出てくる、そんな魅力を是非お楽しみください!

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