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【試し読み】ソ・イジェ『0%に向かって』でたどる〈音楽〉と〈独立映画〉

李箱文学賞や若い作家賞など、デビュー数年にして数々の名だたる文学賞を受賞している注目の若手作家ソ・イジェのデビュー短編集『0%に向かって』を、2024年10月末、左右社より刊行いたします。日本版の刊行に先立ち、試し読み+ミニプレイリスト+独立映画ガイドを公開!ぜひ本書をお手にとって"ソ・イジェワールド"をご堪能ください。

ソ・イジェ……1991年、韓国・清州(チョンジュ)生まれ。ソウル芸術大学映画学科卒。在学中に小説を書きはじめ、2018年に中編「セルロイドフィルムのための禅」が『文学と社会』新人文学賞を受賞し、デビュー。2021年に「0%に向かって」で若い作家賞、本書で今日の作家賞を受賞。続く2022年には「頭蓋骨の内と外」で2年連続となる若い作家賞、「壁と線を越えるフロウ」で李箱文学賞優秀賞、『0%に向かって』でキム・マンジュン文学賞新人賞を受賞と、デビュー数年にして数々の名だたる文学賞を受賞している。



プレイリスト🎧

ソテジワアイドゥル

明日も撮影なのに酒なんか飲んでる場合じゃねえだろと首を横に振る奴らもいた。俺たちはまだ若いから、悪くない未来があるから【*ソ・テジ作詞作曲、ソテジワアイドゥル「Come Back Home」1995】いいんだという歌の一節を口にして、舌なめずりして酒を待ちわびる奴らもいた。ユミ先輩は全部撮り終えるまで酒はやめとけばと言ってきたけど、俺は生返事さえせず、その忠告を気にするほど明日について悩んだこともなかった。

「セルロイドフィルムのための禅」


Eazy-E

あ、俺、最近Eazy-E聴いてんだよね。奴はそう言い、俺はもうすぐ警官になる奴がギャングスタラップなんか聴いてどうすんだと言った。もうすぐ警官になる奴として永遠に生きるくらいなら、いっそギャングスタになった方
がマシかも、奴は言った。

「SoundCloud」


スティービー・ワンダー

スティービー・ワンダーの『Talking Book』(1972)をとことん聴きまくった。スティービー・ワンダーだったら、俺レベルでも昔から知ってた。けど俺は有名な曲をいくつか知ってただけで、こうやってアルバム一枚を通して聴いたのははじめてだった。CDプレーヤーで音楽を聴いたのもはじめて。なんつーか、こうやって聴くのも新鮮だなと思った。あれだ、軍隊に入って、トイレの床は歯みがき粉でキレイになるって知ったときくらい新鮮な衝撃。ミントの歯磨き粉。クールな心地。スティービー・ワンダーは俺より何十年も前に生まれてたけど、その音楽はいつだって新しい感じがした。俺は耳からイヤホンを外して考えた。過去は心地よく、現在はつまらない、未来は新しい、って表現は間違ってんのかも。過去は新しく、現在はつまらない、未来は心地いい、この表現の方が正しいのかも、そう考えた。軍隊に来てから考えごとばっかしてるよな、俺、とまた考えた。まもなく俺は驚くべき事実を発見した。どっちにしたって現実はつまらねえ。ワオ、俺って天才かも。

「SoundCloud」


テンプテーションズ

「モータウン、好きなんですか? いいですよね、テンプテーションズ」。テンプテーションズの曲【「Papa Was a Rollin' Stone」『All Directions』 1972】を聴きながら、あの娘がテンプテーションズいいですよねと言った理由について考えたけど、改めて考えてみると、俺はあの娘がテンプテーションズを好きな理由について考えてたんじゃなくて、テンプテーションズを好きだと言ったあの娘の姿を考えてたんだった。

「SoundCloud」


N.W.A.

中古のアルバムを中古で売ったら、また中古のアルバムになるんですかね。そう聞くと、一度中古になったら永遠に中古だとオーナーは言った。悪いけど値段はつかないぞ。だいじょうぶです。金が欲しいんじゃなくて、家を片付けたかっただけだから。オーナーは頷き、その気持ちよく分かるぞ、と言った。俺もな、元はと言えば若い頃集めたアルバムを売っぱらいたくてこの店を始めたんだ。中坊の頃にはじめてN.W.A. の曲を聴いて、アルバムを集めはじめて、高校に入ったらもう止まらなくなった。

「SoundCloud」


Yozoh

ミドリって名前も素敵ですよね。ミドリサワーが飲みたくなる名前だし。あの娘は首を振った。シンガーソングライターYozohの名前は太宰治の『人間失格』に出てくる葉蔵で、わたしは村上春樹の『喪失の時代(*)』に出てくるミドリなんです。小説を読まない俺には何言ってるのか一切分からなかった。けど、名前が文学的ですねと言っておいた。あの娘は文学的ってどういう意味なのか分からないと言った。正直俺だって文学的ってのが何なのかは分からなかったけど、ここまで言っといてそう打ち明けるわけにもいかず、分かってるふりをした。美しいってことですよ。あの娘は、美しさだってどういう意味なのか全然分からないと言った。たまに分かるような気がするときもあるけど、分かるような気分はそんなに長続きしない、だから結局すべてがよく分からない状態に留まってる気がするんだ、と。俺はあの娘がいったい何を言っているのかよく分からない状態に留まっていた。だがしかし、にもかかわらず俺は、あの娘といる時間、つまりあの娘と話してるその時間が心地よかった。 *ノルウェイの森

「SoundCloud」


ギリボイ

レコード屋で手放してしまったアルバムを、もう一度買えるんだろうか。― 考えながら、俺は向かってる。―クリスマスシーズン。弘大のストリート。店のスピーカー。鳴って、人々が集まる。街角でギリボイの曲がスト
リーミングで回ってる。弘大の街角に、ギリボイになりたくてギリボイの服を真似たギリボイたちがいる。

「SoundCloud」


コナドゥル

カラオケを出て、母さんはわたしに尋ねた。母さんの歌、よかった? わたしは親指を立てて答えた。もちろん、マグマが湧いたよ。母さんがチョ・ハムンだね。母さんがマグマだよ。母さんがコナドゥル(健児たち)で、母さんがファルジュロ(滑走路)だよ。母さんは首を振って、まったく何言ってんだか、と言った。あんた、ふざけないでよ。ふざけてなんかないってば。本気だよ。でもさ、昔のバンドは名前もすごいよね。世界をひっくり返しそうな名前だもん。本当にそうだったんだよ。誰もが運動圏で、誰もが詩人だった。

「グループサウンズ全集から削除された曲」


マグマ

  日よ上がれ 日よ上がれ
  澄みわたって 日よ昇れ
  美しい日よ
  すべての闇をのみこんで
  あどけない顔で昇れ 
  
【チョ・ハムン作詞作曲、マグマ「日よ」、1980年『MBC大学歌謡祭』。パク・ドゥジンの詩「日」をマグマのボーカルであるチョ・ハムンが改詞】

「グループサウンズ全集から削除された曲」


ペッサゴン

こないだ弘大で偶然LEGIT GOONSを見たんだって。なんであんたが弘大にいるわけって聞いたら、自分でもよく分からないって言ってた。ペッサゴンと写真も撮ったんだって喜んでた。バカなこと言ってんじゃないよって言ってやった。姉ちゃん、姉ちゃん、もっとデカい家なんかより、もっと高層の家なんかより、俺はやっぱり我が家が一番【ペッサゴン作詞、iDeal 作曲、ペッサゴン「My House」二〇一八】、だって。バツ悪いから歌とか口ずさみだしてさ。弟だから言うんじゃないけど、マジでかわいいの。

「(その)場所で」


独立映画リスト🎥

『なぜ独立映画監督はDVDをくれないのか?』

『君と劇場で』 予告

『死体たちの朝』 予告

面白い話してあげよっか、ジへが言った。家庭教師してる家の子がさ、『なぜ独立映画監督はDVDをくれないのか?』(ク・ギョファン、2013)【日本語タイトルは『監督!僕にもDVDをください!』】を見たらしくて、こう聞いてきたんだ。先生、独立映画って何ですか? 資本から独立してる映画のことだよって説明してやるじゃん。で、その子がまた聞いてくるわけ。じゃあ、なんで資本から独立するんですか。クリエイターの自由を保障するため。多様性の確保。商業映画では扱えないテーマを扱うため。ときに個人的な話もできるように。いい失敗ができて、失敗してもまた新たなスタートが切れるように。金があるほどいろんなことができるけど、金のせいでできないこともあるってもんなんだよ、って。そう言ったら、その子は納得いかない顔して首を傾げてた。話が難しすぎるって言い出してさ。だからその子に独立映画の監督が主役の作品をいくつか【*ガース・ジェニングス『リトル・ランボーズ』2007/ユ・ジヨン、チョン・ガヨン、キム・テジン『君と劇場で』2017/イ・スンジュ『死体たちの朝』2018】おすすめしてやったわけ。その子、次の週にはもう全部見てて、こう言ってきた。先生、独立映画の監督になったら、本当にあんな風に不幸になるんですか? だから言ってやった。うん、そりゃ不幸になるよ。でも、監督になれなくても不幸なんだよねー。ジヘはそう言って、笑っるでも泣いてるでもないような表情をしてみせた。いや、なんだよその顔は。メソッド演技ですけど、とジへは言った。次の日、その子からもう来なくていいって言われちゃったよね。

「0%に向かって」


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