級長と副級長
この曲は何ていうのと電話越し
きみの鼻唄それはショパンだ
母の入院する病院のロビーでピアノコンサートがあったそうだ。戻ってきたよ、というメールが来てからほどなくして電話が鳴った。いきなり、ふんふんふ~んと鼻唄が始まる。
「これ、何て曲かしら」
そう言ってまた歌い出す。時々、誰かに話しかけられているのか笑い声も混じる。
母は高校3年生のとき級長をしていたそうだ。言われてみれば、それっぽい雰囲気がある。青春時代の愛読書は『少女パレアナ』。孤児となった女の子が「よかった探し」をしながら明るくたくましく生きていく物語だ。それで母はどこへ行ってもパレアナのようによかった探しをする。
「4人部屋でよかったわ。寂しくないもの」
「入院してよかったわ。久しぶりに本を最後ま
で読めたもの」
今日も、コンサートに行ってよかったとデイルームから電話をかけてきた。途中でたびたび通りすがりの人から声をかけられているようで、
「そうなの。歌ってるの。コンサートの最後に
聴いた曲がわからないから娘に聞いてるんで
すよ、ほほほ」
という具合だ。
ちなみに父のほうは小学5年生のとき副級長をしていたそうで、我が家では一時期、母を級長、父を副級長と呼ぶのが流行っていた。級長の不在に副級長は平気なふりをしているが、電話がかかってくると小走りで駈けてくる。
結局、鼻唄の正体はショパンの幻想即興曲だとわかった。ベートーベンの月光だと思ってたわ、と言って母はうふふと笑った。本当にうちの級長にはかなわない。
【きょうの書き出し短歌】
もう書くことがない。